アドレナリン(森本佳和)
連載
2009.06.08
知って上達! アレルギー
【第3回】アドレナリン
森本佳和(医療法人和光会アレルギー診療部)
(前回からつづく)
さて,アレルギーの王様といえば,アナフィラキシーでしょうか。アナフィラキシー症状には呼吸困難,意識消失などがあり,突然発症して致死的な結果となることもあります。アナフィラキシーを実際にみる機会は多くありませんが,何科の医師であれ,その対処法は十分に知っておく必要があります。
このアナフィラキシーが目の前の患者さんに起こってしまった場合,何をすればいいでしょうか。もちろん,気道確保を優先した救命措置です。これはしっかり対処されたとして,投与すべき重要な薬剤5つは何でしょうか? 答えは……1にアドレナリン,2にアドレナリン,3,4がなくて5にアドレナリンです。5つと言っておきながら1つですみません。それほど大切なアドレナリンが今回のテーマです。
アドレナリンは危険な薬?
アドレナリンは副腎から分泌される血圧上昇物質として,日本人の高峰譲吉が世界で初めて結晶化に成功しました(図)。以前の日本薬局方では「エピネフリン」という名称が用いられてきましたが,これは米国の学者が提唱した呼称で,2006年の第十五改正日本薬局方では,高峰が命名した「アドレナリン」が正式名称として採用されました。ずっと以前の第六改正日本薬局方(1951年)に収載された際にはエピネフリンとアドレナリンの間をとったような「エピレナミン」という名称がつけられており,これが現在でも使われることがあります。これらは名称は違いますが,要するに同じ物質です。
図 アドレナリン(=エピレナミン) |
このアドレナリンの話をすると,医師にも“強い危険な薬”と認識されていることをしばしば感じます。蘇生に用いるイメージが強いからだと思われますが,この薬が危険視されることのほうが危険かもしれません。アドレナリン投与が原因となった死亡報告例は私の知る限り存在しませんが,アドレナリン投与をしなかった,あるいは遅れたことが原因となった死亡報告例は多数存在します。私自身,抗生剤やアスピリンなどの脱感作療法をよく行っていたため,アナフィラキシーを多く経験しています。そのたびにアドレナリンを使用していましたが,症状をすばやく改善させ,問題となる副作用もほとんどなく,とても使いやすい薬という印象を持っています。
生命がかかっている緊急の状況において,“何やら恐ろしい危険な薬”という認識で,その使用を躊躇すべきではありません。というのも,アドレナリンは,「迅速で,躊躇ない」投与が大事なのです。アナフィラキシー性ショックの場合の死因となるのは,末梢の気道閉塞が多いといわれています。これを防ぐのに最も効果の高いのがアドレナリンで,早期のアドレナリン投与によって重篤な末梢気道閉塞の発生を防ぐことが重要です。
また,二相性のアナフィラキシー反応の予防効果についても触れておきます。ほとんどのアナフィラキシー反応は単相で,暴露後30分以内に始まって早期段階で改善します(即時型反応)。しかし,およそ10%の患者に,2回目の症状出現が数時間後から半日後にみられることがあります(遅発型反応)。この遅発型反応は重篤で,薬剤の反応性が悪いといわれています。早期症状の段階でアドレナリンの投与が遅れた場合や投与量が少なかった場合に二相性のアナフィラキシーが起こりやすいという報告があり,早いうちにアドレナリンを投与することが重要です。
いつ起こるかわからないアナフィラキシーに備えて,アドレナリンにすぐアクセスできるようにしておきましょう。1アンプル100円未満の安い薬ですから,複数の場所にも備えておけます。投与量は成人で0.3mg筋注です。「0.3」,つまり「おうさま」と覚えましょう。小児にはその半分の0.15mgです(体重15kg以上)。「0.01mg/体重kg」という場合もありますが,緊急時にはまず1回打って,必要ならその後で計算してください。
また,現場で容易に投与できるのが自己注射用アドレナリンです。米国では20年以上前から発売されていましたが,日本では2003年に,ハチ刺症に承認され(商品名:エピペン(R)注射液),その後2005年には,食物や薬剤が原因のアナフィラキシーへの使用も認められました。ここで注意すべきは,アドレナリンは体内ですばやく分解されてしまうことです。アレルギー反応が改善したからといって安心せず,すぐに医療機関を受診すべきです。「エピペンを使用したときは救急車を呼ぶときですよ」と指導してもいいかと思います。
副交感神経優位なアレルギー疾患
さて,今回のテーマはアドレナリンなので,交感神経-副交感神経の作用からアレルギーを考えてみましょう。交感神経優位な疾患というと何が挙げられますか? 例えば心疾患,特に虚血性心疾患ですね。交感神経優位な状態,つまり高血圧,頻脈,興奮などが長く続くと心疾患の可能性が高まります。せっかちでイライラしやすく,激情的な人格と心疾患の関連性もよく知られています。いよいよ心機能不全となると,さらに交感神経優位となって悪循環に陥ります(だからβブロッカーが心不全や心筋梗塞の予後をよくするわけですね)。
対して,副交感神経優位な疾患のひとつには,アレルギー疾患が挙げられます。例えばじんましんを例にとりましょう。じんましんは発赤を伴う膨疹が典型的ですが,これは肥満細胞からのヒスタミンと副交感神経末端からのアセチルコリンの働きによるといわれています。実際,アドレナリン投与によってじんましん症状は改善しますし,名前がそのものずばりの「コリン性じんましん」という,主に熱によって誘発されるじんましんもあります。この名前によらず,多くのじんましんはコリン性(副交感神経優位)です。
また,気管支喘息が早朝に多いのも副交感神経が優位になるからだと聞いたことがあるかもしれません。気道分泌が多くなることも副交感神経の腺分泌促進作用で説明できますね。治療にも,サルブタモールなどのβアゴニスト(交感神経刺激薬)や臭化イプラトロピウムなどの抗コリン薬が使われますし,もちろん,アドレナリンそのものも用いられます。
アレルギー疾患は副交感神経優位の疾患という考え方でとらえておくと,治療薬を考える上で役立ちます。例えば,アレルギーによく用いられる抗ヒスタミン薬には抗コリン作用があります。抗ヒスタミン薬の服用でのどは渇くし,前立腺肥大の尿閉や緑内障の悪化を起こしうるわけです。抗ヒスタミン薬を用いる際には,副作用に注意するためにも「抗アレルギー作用-抗ヒスタミン作用-抗コリン作用」の3作用を1セットで覚えておきましょう。アレルギー自体が副交感神経優位であることを考えると,この関係も理解しやすくなります。
副交感神経優位なアレルギー疾患というわけですが,そのアレルギー疾患の王様であるアナフィラキシーに対抗して,交感神経作動薬の王様のアドレナリンを投入して戦うわけです。王様がお出ましになりましたら,「迅速で,躊躇ない」投与をお願いします。
(つづく)
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