医学界新聞

連載

2009.05.11

知って上達! アレルギー

第2回
きれいすぎる社会とアレルギー

森本佳和(医療法人和光会アレルギー診療部)


前回からつづく

米国アレルギー・臨床免疫科専門医の資格を持つ筆者が,臨床において出合うアレルギーと免疫学について,最近の知見や雑学を交えながらわかりやすく解説します。アレルギーに興味を持って,ついでに(?)アレルギーの診療スキルをアップさせていただければこれに勝るものはありません。


アレルギー。いまや,その言葉を知らない人のほうが少ないのではないでしょうか。もともとAllergy(アレルギー)という言葉は,オーストリアの小児科医クレメンス・フォン・ピルケが1906年に発表した論文中に提唱した,allos(異なる)とergeia(反応)の二つのギリシア語から創られた造語です。はじめはこの新しい言葉の意味するところが難しく,受け入れられるのにはかなりの時間がかかったそうですが,現在ではアレルギーの意味は一般の人々を含めて広く理解されています。

国民の3分の1がアレルギー疾患を持つ

 アレルギーという言葉が広まった背景のひとつに,アレルギー疾患の急増があります。アレルギー性鼻炎は1960年代から増加し始め,1970年以降急増し,今なお増加し続けています。1998年に行われた全国の耳鼻科医およびその家族の調査では,通年性アレルギー性鼻炎の有病率が18.7%,スギ花粉症が16.2%,スギ以外の花粉症が10.9%とされ,アレルギー性鼻炎全体で29.8%という結果が出ています(註1)。

 また,全国の小・中学生の調査でも,アレルギー性鼻結膜炎,アトピー性皮膚炎の症状を合わせると,小・中学生とも約3分の1がアレルギー疾患を有しているという結果が報告されています。皆さんの身近にも花粉症やアトピー性皮膚炎でお悩みの方がたくさんおられると思います。

 なぜこのような現象がみられるのでしょうか。諸説ありますが,今回は免疫学の勉強を兼ねて,衛生仮説(hygiene hypothesis)をご紹介しましょう。

 1989年にStrachanは,兄弟姉妹の数が多いほど(また下の子ほど)気管支喘息,湿疹の有病率が低下することから,幼少時の感染機会の増加によってアレルギー疾患の有病率が減少する可能性を報告しました(註2)。つまり,幼少時に非衛生的な環境にあって感染の機会が多いほどアレルギーが減る(逆に環境が衛生的で感染の機会が少ないほどアレルギーが増える)という仮説,これが衛生仮説です。

 その後,この仮説を支持する研究が多く発表されています。疫学調査でも,アレルギー疾患の有病率は,先進諸国において開発途上国よりも高く,都市部において農村部より高く,また生活様式の西洋化に伴い増加することが示されています。

 マウスを用いた実験でも,例えばマイコプラズマなどの微生物に感染させた後にアレルゲン感作を行ったマウス群では気道過敏性などのアレルギー反応が有意に低下することが確かめられていますし,ヒトの疫学的研究においても,A型肝炎ウイルス,トキソプラズマ,ヘリコバクター・ピロリ菌など病原体への感染既往のある群では,アレルギー疾患の有病率が低いことが報告されています。これはなぜなのでしょうか。

「不潔アレルギー」がアレルギーを助長する

 ここから基礎的な免疫のお話をさせていただきます(覚悟はいいですか?)。皆さんご存じのように,免疫系は生体から異物を排除しようという働きを持っています。この免疫応答系にはヘルパーT細胞の分類でTh1とTh2が含まれます。Th1細胞は細胞性免疫に関係し,感染症に対して強い反応を持ちます。一方,Th2細胞は液性免疫に関係し,即時型アレルギーに関与しています。つまり,大ざっぱにいって感染症に対する力を持つのがTh1,アレルギーを起こすのがTh2です(日本で市販されている抗アレルギー薬のトシル酸スプラタストはTh2サイトカイン阻害薬に分類されていますね)。

 このTh1とTh2は互いに抑制的といわれています(図)。例えばTh1の活動性が高まるとIFN-γを含めたサイトカインが多く産生されてTh2が抑制されます。逆に,Th2が高まるとIL-4やIL-10といったサイトカインが産生されてTh1が抑制されます。

 Th1とTh2の相互作用

 幼い時期の免疫応答はTh2型が優位なのですが,この世の中で細菌感染を含むさまざまな刺激を受けてTh1型が発達し,Th1とTh2のバランスがとれるといわれています。おそらく幼少時に細菌感染にさらされている環境にいれば適切にTh2が抑制されるのでしょうが,非常に衛生的で「きれいな」環境にいると,Th1が働く機会が少なくなり,Th2優位のまま成長することになってアレルギーが発病しやすくなるのです。

 この仮説のとおり,アフリカなどの発展途上国や,インドの牛糞を壁や床に塗り固めた家に住んでいる地域ではアレルギー疾患の有病率は大変低いものとなっています。対して日本を含めた先進国(特に都市部)でアレルギー疾患の有病率は高く,また上昇を続けています。日本の生活をみてみると,人々は鉄骨やコンクリートで建てられた家に住み,ゴミをきれいに処理し,除菌するためのクリーナーを使用し,努めて身辺を清潔に保とうとしています。このようなライフスタイルは高い快適性を持ちながら,アレルギー疾患を増加させる一因となっている可能性があります。

 「アレルギー」という言葉は,花粉症,喘息,アトピー性皮膚炎などの病気だけでなく,拒否反応という意味でも用いられます。勉強が嫌いな人の「勉強アレルギー」とか,病院が嫌いな人の「病院アレルギー」などですね。不潔なものを嫌う「不潔アレルギー」といった文化が,これからもますます「アレルギー」疾患を増やしていくのかもしれません。きれいすぎる環境というのも考えものですね。

つづく


註1)中村昭彦,浅井忠雄,吉田博一,馬場廣太郎,中江公裕:アレルギー性鼻炎の全国疫学調査――全国耳鼻咽喉科医および家族を対象として,日本耳鼻咽喉科学会会報,105(3),215-24,2002.
註2)Strachan DP:Hay fever, hygiene, and household size. BMJ 1989; 299:1259-60.

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