MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2009.05.11
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
上山 敬司,中川 克二 著
A4・頁96 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00788-7
《評 者》坂井 建雄(順大教授・解剖学)
実存する人体の構造を画像でいかに表現するか
解剖図anatomical illustrationsには,ヴェサリウスの『ファブリカ』(1543)以来の長い歴史がある。木版画から始まり,16世紀後半から18世紀までの銅版画,19世紀のリトグラフと木口木版画を経て,20世紀の写真製版による解剖図に至るまで,印刷技術の発展は解剖図のあり方に大きな影響を与えた。
21世紀のコンピューターによる情報技術が可能にした驚異的な解剖図は,『プロメテウス解剖学アトラス』(医学書院,2007-2009)の中に見ることができる。人体のあらゆる構造について,理想の姿を追究して画像化したものである。基盤となる骨格の上に,筋,血管,神経,内臓,中枢神経などの構造が歪みなく積み重ねられ,さまざまな角度から描かれている。一つひとつの図に,誰かが描いたという人為を感じさせない,自然の表情が表現されている。アルビヌスの『人体骨格筋肉図』(1747)も,同様に理想の人体を追究した解剖図譜であり,銅版画による解剖図の最高傑作と目されている。解剖図の歴史については,拙著『人体観の歴史』(岩波書店,2008)を参考にしていただきたい。
人体解剖図の歴史には,理想の姿を求めるものと対極にあるもう一つの伝統がある。それは,実在する人体の構造を求めるものである。いくら詳細に描いたとしても,理想を追究すれば絵空事になってしまう。実際に存在するのは,個性豊かな一人ひとりの人間の身体である。銅版画の解剖図ではビドローの『人体解剖学105図』(1685),最近のものでは解剖体の写真を用いたローエン・横地らの『解剖学カラーアトラス』(医学書院,2007)などが,この方向を追究したものである。しかしこれらの解剖図に描かれているのは,死んだ身体であり,生きている人間の身体ではない。それが,実在の人体を描こうとする解剖図の抱える大きな問題点であった。
しかし現代の画像診断技術は,この障害を乗り越えることで,生きている人間の身体を解剖図として描くことを可能にした。前置きが長くなってしまったが,ここに紹介する『3D画像で学ぶ人体』は,そのような歴史的な意義を持つ書物である。
本書には,CTとMRIのマルチスライスイメージから再構成された3次元の画像をもとにした,多数の解剖図が掲げられている。骨格を取り出したもの,造影剤を入れた血管系を取り出したもの,3次元の画像の中に断面図をはめ込んだもの,臓器の輪郭線を手作業で同定し再構成したものなど,手段を尽くして,さまざまな種類の器官を描き出している。どの画像にも,実在する人体からとられた緊張感がにじみ出ている。付録で添えられたCD-ROMは,再構成された3次元画像を動画として見せてくれるもので,紙面に印刷された画像だけではわからない立体感が得られ,さらに大きな迫力がある。
本書の内容は7章に分かれている。「体幹部」「頭頸部と脳」「顔と頸部」「胸部」「骨盤と腹部」「上肢」「下肢」と全身を網羅している。収載された画像は,骨格,血管,中枢神経については質・量ともに充実しているが,内臓,骨格筋,末梢神経については物足りなさを感じる。これは画像診断の技術が持つ,そもそもの制約によるものである。
そして本書の画像の最大の特徴は,生理的および病的を含め,変異を含む人体の構造がそのまま表現されているところである。気管は拡張して彎曲している。椎骨動脈は左右で太さが異なり,右は第4頸椎で横突孔に入っている。冠状動脈にはバイパス術が行われている。腰椎が6個ある。これらは解剖学教育の一般的な教材としては使いにくい点である。しかし,人体は実際にはこのように変異に富むものだという大切な教訓を与えてくれる。
画像診断をもとにした,生きている人体の解剖図が現れた。掲載されている画像は,これまでの解剖図では得られない実在感を漂わせている。これをどう使い,どのように医療や医学教育に生かしていくか,それこそ現代の医学者に突きつけられている大きな課題ではないだろうか。
菊井 和子,大林 雅之,山口 三重子,斎藤 信也 編
《評 者》吉川 ひろみ(県立広島大教授・作業療法学)
ケアを提供する人に役立つ教材
本書は,2006年と2007年に雑誌『訪問看護と介護』に連載された「事例で考える医療福祉倫理」を基に,前半の解説と新たな5事例が追加されたという。事例の登場人物は,それぞれが背景を持ち現実感がある。看護師,介護士,ケアマネジャーなど,施設や在宅でケアを提供する人が質の高い実践を行うための教育教材として役立つ書である。病院では病気の治療を最優先するが,施設や在宅では当事者のよりよい生活が最優先課題となる。本書の事例に登場するのは,治療できない病気を抱え,日常生活に他者のケアを必要とする人々である。看護師の責務は,健康の回復・保持・増進,病気予防,苦痛緩和(p13),ケアは,困っている人の援助に留まらず,ケアする人とケアを受ける人が共に成長し自己実現するプロセス(p30)と述べられている。病気の根治治療によって得る健康を望めない場合,当事者がどのような状態をよい状態(well-being)とするかを知らずして,健康の回復も保持も増進もできない。苦痛緩和,困りごと解決,成長,自己実現も,当事者にとってはどのような状態になることが,それに相当するかを知る必要がある。ところが,平均的で典型的な患者やケア受給者を想定して,「よかれと思って」判断し行動することが身に付いているケアの専門職は少なくない。読者は,本書の事例について自ら解決案を考える中で,自身のパターナリズムや,医療福祉の現場で習慣化している思考パターンに気付くかもしれない。本書の執筆者には,看護や介護の立場の人と生命倫理学の立場の人が含まれている。執筆者たちが自身の実践を問い,思考し,気付き,将来の実践に臨むというプロセスが,本書に記されているようにも思える。
本書の事例編について紹介しよう。40代で統合失調症を発症したAさんが60代になり直腸がんを発病,手術をしたが肺と肝臓への転移があり,80代の認知症の母親の介護ができなくなった。60代の弟夫婦が同居を始めたが,弟はアルコール依存症で,弟の妻は統合失調症の既往がある。以上のような事例提示に続き,この事例の問題点は,Aさんが「頭の病気」を理由にがん治療を拒否する,弟が高圧的でAさんに何もさせず,訪問看護師の提案を聞こうとしない,と指摘する。また,こうした複雑な事例を理解する方法として,Aさん,弟,訪問看護師それぞれについて,現在の状況の認識,大切にしていること,当事者が望むこと,を整理することを提案する。さらに,3種類の解決試案を提示し,解説を加え,関連トピックを紹介し,生命倫理学の観点からのコメントがある。
看護や介護の現場で働く人々が本書を通して,何に注目し,どのような行動をとることが倫理的かについて,考える習慣が身に付くことを期待する。さらに,将来ケアを受ける可能性のある潜在的な当事者を含めて,こうした事例検討が行われることの必要性も感じる。
B5・頁176 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00736-8
DVD+BOOK Beck&Beckの
認知行動療法ライブセッション
古川 壽亮 日本語版監修・解説
《評 者》堀越 勝(筑波大大学院・臨床心理学)
感動に近い驚きを呼び起こすベック親子の面接を収録
「百聞は一見に如かず」:Beck & Beckの認知行動療法ライブセッションを見て
医学書院から『Beck & Beckの認知行動療法ライブセッション』の書評を依頼され,認知療法の創始者アーロン・ベックの30年前の面接とその直系,ジュディス・ベックの最近の面接を画像で見ることになった。本書は前述の2枚のDVDに古川壽亮先生の解説書が付属する構成になっており,解説書には療法の説明だけでなく,面接内での会話がすべて逐語録として収められている。これらのDVDを見ての反応には,私自身,感動に近い驚きを禁じ得なかった。日本でべック親子の面接をライブで見ることができることの重要性を改めて認識することができた。2枚のDVDを流して見ただけでも見逃せないと思う部分が多々あったが,その内の2つだけをリストすることで書評に代えたいと思う。
「見ると聞くとは大違い」:認知行動療法は感情を重視する
かつてアーロン・べックは,フロイトが「無意識への王道は夢である」と言ったのに対し「認知への王道は感情である」と言った。一般に認知行動療法というと,面接中にいろいろな用紙を出しては自動思考などを探り当てる作業という印象を持たれがちである。しかし,見ると聞くとは大違いで,本家本元のベック親子は面接中,敏感に感情を追いかけ,実に共感的であることに気付く。また,その感情をうまく使って認知にたどりつく様子を目の当たりにすることができる。認知行動療法には,歪んだ認知を同定し,その認知の歪みを修正したり,問題解決法を実施したりする前にやるべきことがあるということである。ジュディス・ベックがこの療法は基本的な面接スキルをマスターした上で実施するように言っていることが納得できる。DVDを見ることによって,主義や理論としての「認知行動モデル」という骨格に,療法としての肉付けがどのようになされるのかを学ぶことができる点がとにかく素晴らしい。
「百聞は一見に如かず」:ソクラテス式問答による協力的実証主義の妙技
認知行動療法の効果を左右するものの一つに,介入側の受け答えがある。ソクラテス式問答は認知行動療法を支えるコミュニケーション技法であるが,それはこの療法の土台となる協力的実証主義を確かなものにするために必要不可欠なスキルと言ってもよい。臨床現場で何を行うかだけでなく,誰がそれを行うのかが重要なのである。つまり,介入者自身がどのようなスキルを身につけているかによっては,認知行動療法は生きた療法ではなく,取ってつけたような事務作業やお説教になってしまう。質問をすることで相談者が自らの答えに到達するとするソクラテス式問答について,これまで日本ではあまり取り上げられることもなく,練習も行われてこなかった。これらのDVDを見ることによって,そのソクラテス式問答の何たるかを知るためのヒントをそこここに見つけることができる。
紙面の都合で多くを語ることはできないが,あとはDVD上で直接二人のベックに出会っていただきたいと思う。「百聞は一見に如かず」とはよく言ったもので,似非認知行動療法家の口上を百遍聞くよりも本物を見ることがどれだけ重要であるかは,私のような聞きかじりの臨床家にもわかる単純明快な事実である。最後に,本筋からは外れてしまうが,字幕を見ながら,英語のヒヤリング練習に興じるのも悪くないことを付け加えておきたい。ジュディス・ベックの会話でまず耳を慣らし,難解なアーロン・ベックの会話を上級編にして挑戦する。見ることで認知行動療法に対するこれまでの認知を新たにし,そして聞くことでソクラテスの耳を養う。利用方法によっては,十分に元が取れる価格設定でもある。英語の授業は英語でという本物時代の到来を先取りするためにも,ぜひ入手して見ていただきたい貴重なDVDである。
四六変・頁204 定価9,975円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00650-7
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