ケースで学ぶ医療福祉の倫理

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長寿国日本。今後も人口に占める高齢者の割合は増していき、日常生活を営む上で何らかの援助を必要とする人たちは多くなっていく。家族の介護力が低下した現在、医療的ニーズに応えながら生活面のケアを提供する「医療福祉」への期待は高まるばかりである。医療福祉の現場で起こる複雑でデリケートな問題の数々、特に倫理的ディレンマをともなう問題をどうしたら解決できるのか。解決のための試案をあげて論じた。
編集 菊井 和子 / 大林 雅之 / 山口 三重子 / 斎藤 信也
発行 2008年09月判型:B5頁:176
ISBN 978-4-260-00736-8
定価 2,420円 (本体2,200円+税)
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はじめに─本書を使われる皆さまへ

 20世紀の中ごろまで、医療と福祉はその理念、用語、方法を異にする別分野の活動と考えられていました。医療は救命・延命を目的とする診療活動であり、福祉は障害者や貧困者に恩恵を施す社会施策というのが一般的な理解でした。しかし、現場では、早くから医療と福祉は密接な関係があることが認識され、特に障害を抱えた人たちには協同でケアを提供してきた歴史があります。また、貧困の克服こそが疾病予防の最も有効な手段であるということも、公衆衛生と社会福祉の共通理解となっています。
 わが国の医療と福祉は現代科学の進歩と高度経済成長を基盤に発達し、その結果、日本は世界一の長寿国という輝かしい成果を上げることができました。しかし、このことを少し別の視点で見れば、それは人口の中に多数の高齢者や障害者など、日常生活を営む上で何らかの援助を必要とする人を含む社会が到来したということでもあります。以前は第一に支援者の役割を担うのはまず家族と考えられていましたが、近年、家族の介護力は低下し、家族もまた、何らかの支援を必要とすることが稀ではありません。
 そうした中で、医療と福祉を切り離して考えることは意味を失い、医療職者と福祉職者がチームを組んで援助を必要とする人のニーズに応えることが要求されるようになり、ここに「医療福祉」という新しい発想で医療と福祉の統合をはかる必要性が強く認識されるようになってきました。つまり、医療プラス福祉という意味での「医療・福祉」ではなく、医療的ニーズに応えると同時に生活面でのケアを提供する「医療福祉」が必要とされる時代に直面しているのです。
 医療福祉の現場は高齢者、障害者、難病患者、およびその家族など、今日の社会でもっとも厳しい状況におかれた人たちと出会う場です。彼らの担う重荷は、医療で完治させることも、福祉で完全に解決することもできない困難なものです。私たち、医療福祉の専門職者は、協同でケアを提供することによって、この苦しい状況を、彼らが自分自身の力で少しでも緩和させることを支援するのです。しかし、それは理念としては妥当なことであっても、現実にはそれほど容易なことではありません。
 医療福祉には多くの人がかかわります。ケアの受け手はあらゆるレベルの健康問題や社会問題を抱えて地域社会で生活している人々であり、ケア提供者は医師、看護職者、介護職者、ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、ホームヘルパー、行政担当者、ピアグループメンバー、家族、友人など、多職種の専門職者やボランティアなどです。この複雑な人間関係の中で、支援者も被支援者も相反する期待や揺れ動く思いのあいだで板ばさみになり、しばしば混乱が生じます。たとえば、基準にそった支援が高齢者の希望に添わないこともあれば、障害者への援助が自立をさまたげるものとなることもあります。また、良かれと思って提案したプランが却って当事者間の葛藤を増す場合もあります。
 もし現場で判断に迷う事例に出会った時、常に指針となる法律や倫理基準があって、すべてそれに従って淡々と解決策を決定し、実行するのが善いことだと単純化できるならば、悩みも少なくてすむかもしれません。しかし、現場の状況はさまざまで、1つひとつの支援が合法か違法か、善か悪か、幸せにつながるか不幸を招くか、単純に割り切れるものではありません。合法的で倫理原則に適ったものであっても、本人が満足しないものであれば、その支援は虚しいものになります。反対に、解釈によっては違法と疑われるものであっても、それが患者(クライアント)の利益になり、笑顔につながるものについてはどう考え、どう判断すればいいのでしょう。
 現場では、こういった困難な事例に出会っても、それぞれの事例の背景に潜む複雑な状況や、関係者の認識、価値観、希望などの対立点を明確にできないままに日常業務が流れ、支援者、被支援者のどちらにも胸の奥に不満やしこりが残ることが稀ではありません。
 では、どうすればいいのでしょう。
 複雑で深刻でデリケートな問題を抱える事例に対しては、これさえ当てはめればたちどころに倫理問題が解決するという唯一最善の方程式というものはありません。残された方法は、関係者が集まって問題を整理し、知恵を出し合い、慎重に議論を重ね、不公平感や罪責感に悩みながら、協同作業で答を出していくしかないと思います。議論の過程で、ほのかな明かりが見え、苦悩が希望に転換する可能性が生まれてくるはずです。関係者の悩みは深刻かつ多相的であると同時に、それを克服して解決への道筋が見え始めた時の喜びは格別なものです。それが医療福祉の現場での倫理問題の特徴なのです。
 本書のねらいは、医療福祉という複雑な領域で現在活躍中の方々や、医療福祉を学ぶ方々が現場で困難な倫理的課題に出会ったとき、どのように問題解決をしていくかを考える際の教育資料となることです。つまり、ここに掲載された事例の解決案はあくまでも試案でしかありません。これを唯一の正解としてそのまま取り入れるのではなく、この案をたたき台としてそれぞれの場でさらに検討し、各自が自分自身で、もっと有効でもっと善い案を考え出していただきたいと願っています。

 本書は、『訪問看護と介護』(第11巻7号~第12巻6号)の連載「事例で考える医療福祉倫理」をもとに企画編集されました。第1部「手引き編」は医療福祉の倫理に関係する理論をわかりやすく解説するため新たに書き下ろしたものです。第2部「ケース編」は連載事例に加筆修正した9事例と、近年話題になっている課題に焦点を当てた5事例で構成されています。各事例は、当事者のプライバシーを尊重して本人が特定できないように状況設定を加工してあります。そこに潜む問題の本質をそこなわないようにまとめられているので、これから医療、福祉の現場で活躍するであろう学生の皆さまにとっては、現実感のある事例検討資料となると同時に、それを理解するために必要な倫理学の基礎知識が学べる格好の教科書になったと思います。わが国の医療福祉の未来を担う若者が本書を手にすることで、倫理的センスを身につけるきっかけとなれば編者・著者の望外の喜びとするところです。
 また、本書はこれから医療福祉を学ぶ方々だけのものではなく、現在、医療福祉の現場で真摯に患者さんや利用者さん、またその家族と向き合いながら、お仕事をなさっている皆さまにとっても役立つものと考えます。事例編をご覧になるとわかるように、各々のケースは複雑で錯綜しており、まさに皆さま方が日常遭遇するリアリティのあるものとなっています。これまでの生命倫理、医療倫理のケースブックのように、典型的な倫理問題を理解しやすくするために設けられたシンプルな事例と異なり、現場の声をそのまま反映したような事例とそれに基づく解決試案は、日々、悩みながらもよりよいケアを求めて業務を行っている現場の皆さまに強く訴えるものがあると自負しています。本書を職場に備えることで、皆さまのケアがより深いものになれば幸いです。
 なお、本書で用いる用語については、事例が多岐にわたることから、無理に統一せず、各領域でもっとも相応しく多用されている用語を使用しています。たとえば、ケアを受ける人を患者、利用者、家族、クライアントなど、ケア提供者を専門職者、医療者、福祉職者など事例によって使い分けていることをご了承ください。

 編者一同

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はじめに──本書を使われる皆さまへ

第1部 手引き編
第1章 「医療福祉の倫理」とは
 1.生命倫理について
  I.生命倫理(バイオエシックス)とは何か
  II.生命倫理の展開
 2.看護倫理について
  I.看護とは
  II.看護倫理ディレンマの特徴
  III.看護実践に活用できる看護倫理理論
  IV.看護倫理問題解決に向けての課題
 3.医療福祉の場で起こる倫理問題について
  I.医療福祉の場で起こる倫理問題の特徴
  II.生命倫理、医療倫理、看護倫理、福祉の倫理との関係
 4.ケアの倫理について
  I.ケアの思想
  II.ケアの倫理
第2章 医療福祉倫理事例の問題解決プロセス
  I.医療福祉現場における倫理問題の解決にむけて
  II.解決試案の作成
  III.実施・評価・修正

第2部 事例編
Case 1 医療難民
 医療ニーズが低いことから退院を迫られ、途方にくれる高齢者夫婦
Case 2 個人情報保護
 在宅ケアにおける家族のプライバシー保護と多職種間の情報共有
Case 3 ALS患者の人工呼吸器の装着
 患者が治療を選択するための意思決定に参加せず、医療者が「最善の利益」を見出せない
Case 4 在宅医療と救急
 かかりつけ医か救急医療機関か、母親の受診をめぐる兄弟の意見の相違
Case 5 統合失調症患者とキーパーソン
 がんを発病した統合失調症の姉とアルコール依存で適切な介護ができない弟
Case 6 在宅終末期医療
 延命処置を望まず、終末期を自宅で迎えたい患者と、介護力に不安をもつ家族
Case 7 認知症の独居高齢者
 認知症を自覚できない独居高齢者の在宅支援をめぐって,支援者間に生じたズレ
Case 8 介護放棄
 介護放棄されながらも虐待を認めず、支援を受け入れない高齢の母親
Case 9 利用者間のトラブル
 デイケア利用者間のトラブルへの対応におけるディレンマ
Case 10 終末期医療の決定
 家族の希望により人工呼吸器を装着したが、なおも苦しそうな本人に悩む家族
Case 11 医療ネグレクト
 白血病を発症したダウン症患児の治療を拒否する両親
Case 12 超低出生体重児と医療
 在胎23週5日、468gで出生した女児。重篤な頭蓋内出血のため、治療中止の検討
Case 13 嚥下障害と胃ろう
 嚥下障害があるにもかかわらず胃ろうを拒否し,むせながら長時間かけて経口食を続ける患者
Case 14 予後の告知
 予後を伝えることができなかったため、最後の時間の過ごし方に課題を残した家族

第3部 資料編
国際看護師協会(ICN)看護師の倫理綱領
日本看護協会 看護者の倫理綱領
日本介護福祉士会 倫理綱領
日本精神保健福祉士協会 倫理綱領
ソーシャルワーカーの倫理綱領
日本作業療法士協会 倫理綱領
日本理学療法士協会 倫理規程
日本言語聴覚士協会 倫理綱領草案
世界医師会(WMA)ジュネーブ宣言
世界医師会(WMA)ヘルシンキ宣言
世界医師会(WMA)リスボン宣言
日本医師会 医の倫理綱領

おわりに
執筆者略歴
索引

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現場のリアリティあふれる事例で医療福祉現場の倫理を学ぶ (雑誌『保健師ジャーナル』より)
書評者: 中島 紀恵子 (日本看護協会看護教育研究センター)
 市民ニーズの声が聴こえているようなタイトルである。ここ20年足らずの間に,「介護」が誰でも使う言葉になったのに比べれば,「医療福祉」の共通理解は“いま一歩”のところで低迷しているように思える。

 医療プラス福祉という意味での「医療・福祉」ではなく,「医療的ニーズに応えると同時に生活面でのケアを提供する(序文)」のが「医療福祉」なのだという強いマインドをもって本書は書かれた。そこに込められた著者のメッセージは,医療福祉ケア/サービスを必要とする多くの高齢者,障害者,難病患者とその家族,ならびにその場面に携わる,職種を異にする大勢の関係者がそれぞれ「はたして誰の益なのか」と思い悩み,揺れ動く思いの間で,倫理的ジレンマを抱えてしまう問題に対し,読者もチームの1人になったつもりで学習に参加してほしいというものであろう。

 本書と対話しながら読み進めることを優先するなら,第2部の事例編を先に読むほうがよいかもしれない。事例検討はチーム学習そのものである。そしてチーム学習は「対話」で始まる。また,対話が本当の意味での「共同思考」をうながす。対話によって,ケア提供側,患者,家族はそれぞれに「私」を語る自由と寛容さを手にすることができ,その流れのなかでいま,その人にとって本当に助け合って生きることの意味を発見できる。それは,共同思考をともにしてきた者たちの共同行動から起きた発見であるから身についた記憶になる。

 本書は,『訪問看護と介護』に連載された「事例で考える医療福祉倫理」を第2部の事例編(筆者の理解でいえばチーム学習編)とし,第1部に手引きとしての理論編,第3部に資料編を新しく書き下ろしてつけ加えた。

 看護倫理教育のあり方として,専門的実践能力や倫理的・法的実践に関しての“基準”となる理論と,ルールを十分に活用できる一定のスキルを身につけられるリアリティのある学習の訓練を欠かせないという認識を新たにした。事例検討では,患者,家族,異なる職種を含めたシナリオ作りと演じ手を用意した模擬学習でないと対話はやせていく。諸問題をナラティブに語ることと聴くことのスキルが未熟なところでは,ケア提供者側の倫理的葛藤の所在はクリアにならない。そうなるとケア提供側は,できる限り相手の益をめざすために,相手の気持ち,意思,存在そのものを人間として尊重するというケアの世界に普通にあることに熱中できないだろう。このような方法に関して本書との対話を楽しみながら読み進むなかで,医療福祉現場のケアリングを適切にアレンジするには社会的視点に立った正義(公平さ)の扱いにも関心を向ける必要があると思った。これを欠くと医療福祉活動における倫理的の質を点検できない。また,介護支援センターなどの地域保健現場,医療福祉現場における「連携」の倫理的意味は深まらないだろう。こんなふうに考えさせられる,ヒント満載の本に久々に出会えた。

(『保健師ジャーナル』2009年5月号掲載)
倫理への関心から『事例』は紐解かれ,事例への対応から『倫理』が導かれる (雑誌『看護教育』より)
書評者: 田村 恵子 (淀川キリスト病院ホスピス主任看護課長)
 本書を手にとり,まず目に留まったのが,タイトルにある「医療福祉」という言葉である。「医療福祉ってなに?」と疑問を抱きつつ本書の扉を開くと,はじめにその意味や意図が次のように述べられている。「わが国は日本は世界一の長寿国となったが,このことは一方では高齢者や障害者など日常生活を営む上で何らの援助を必要とする多くの人が生きていること意味している。このため従来のような医療と福祉の考え方ではなく,医療職者と福祉職者がチームを組んで援助を必要とする人のニーズに応えることが必要とされている。このように医療と福祉の統合をはかった新しい発想が『医療福祉』である」と。たしかに,医療は地域完結型への移行が急速に進んでおり,多くの人たちは医療ニーズと生活援助が必要な状態で生活を営んである。すでに現場では,「医療福祉」の視点からチームでの取り組みが行われ,試行錯誤を重ねながらケアが行われている。新しい発想だが,現場で切実に求められている考え方であると納得できる。

 次に,「ケースで学ぶ」のタイトルに導かれて『第2部 事例編』へと向かう。14事例が掲載されており,各ケースのテーマを見ると,どれも臨床で遭遇し,しかもどう対応すればよいのかと悩んだ経験のあるテーマばかりである。どこから読み始めようかと悩んだ末に,やはり私の専門であるがん看護に関するケースから読んでみることにする。ケースの経過と問題点を通じて,私自身の経験が想起され「そうそう,こうしたことって悩むな」と共感する。続く,解決試案と根拠では,「なるほど」と大きく頷いたり,「あのときはどんな対応をしたかな?」と振り返りを行ったりして,考察を深めながら新たな視点に気づいていく。さらに,「この問題の捉え方や解決方法は,倫理的視点からどう考えることができるのか」との問いには,「生命倫理学の観点から」を読み,ポイントをしっかりと押さえて,思索にふけることができる。どんどんケースに引き込まれて,じゃあ次のケースでの対応はどうなっているのかが知りたいという気持ちが湧き上がってくる。また,ケースを読み進める中で,「あれ? この考え方って何だったかな」と思ったときには,『第1部 手引き編』で必要な知識を補い再びケースに向かう。この「手引き編」という命名も親しみやすい。難しいかなと感じる理論などへの心理的なハードルが少し低く感じられ気に入っている。

 臨床で日々倫理的な問題と直面している医療福祉職者はもちろんのこと,これから医療福祉の世界に足を踏み入れようとする初学者にとっても,「医療福祉の倫理」という切実で複雑な問題を解決するヒントが至る所にちりばめられている一冊である。

(『看護教育』2009年6月号掲載)
ケアを提供する人に役立つ教材
書評者: 吉川 ひろみ (県立広島大教授・作業療法学)
 本書は,2006年と2007年に雑誌『訪問看護と介護』に連載された「事例で考える医療福祉倫理」を基に,前半の解説と新たな5事例が追加されたという。事例の登場人物は,それぞれが背景をもち現実感がある。看護師,介護士,ケアマネジャーなど,施設や在宅でケアを提供する人が質の高い実践を行うための教育教材として役立つ書である。病院では病気の治療を最優先するが,施設や在宅では当事者のよりよい生活が最優先課題となる。本書の事例に登場するのは,治療できない病気を抱え,日常生活に他者のケアを必要とする人々である。看護師の責務は,健康の回復・保持・増進,病気予防,苦痛緩和(p.13),ケアは,困っている人の援助に留まらず,ケアする人とケアを受ける人が共に成長し自己実現するプロセス(p.30)と述べられている。病気の根治治療によって得る健康を望めない場合,当事者がどのような状態をよい状態(well-being)とするかを知らずして,健康の回復も保持も増進もできない。苦痛緩和,困りごと解決,成長,自己実現も,当事者にとってはどのような状態になることが,それに相当するかを知る必要がある。ところが,平均的で典型的な患者やケア受給者を想定して,「よかれと思って」判断し行動することが身に付いているケアの専門職は少なくない。読者は,本書の事例について自ら解決案を考える中で,自身のパターナリズムや,医療福祉の現場で習慣化している思考パターンに気付くかもしれない。本書の執筆者には,看護や介護の立場の人と生命倫理学の立場の人が含まれている。執筆者たちが自身の実践を問い,思考し,気付き,将来の実践に臨むというプロセスが,本書に記されているようにも思える。

 本書の事例編について紹介しよう。40代で統合失調症を発症したAさんが60代になり直腸がんを発病,手術をしたが肺と肝臓への転移があり,80代の認知症の母親の介護ができなくなった。60代の弟夫婦が同居を始めたが,弟はアルコール依存症で,弟の妻は統合失調症の既往がある。以上のような事例提示に続き,この事例の問題点は,Aさんが「頭の病気」を理由にがん治療を拒否する,弟が高圧的でAさんに何もさせず,訪問看護師の提案を聞こうとしない,と指摘する。また,こうした複雑な事例を理解する方法として,Aさん,弟,訪問看護師それぞれについて,現在の状況の認識,大切にしていること,当事者が望むこと,を整理することを提案する。さらに,3種類の解決試案を提示し,解説を加え,関連トピックを紹介し,生命倫理学の観点からのコメントがある。

 看護や介護の現場で働く人々が本書を通して,何に注目し,どのような行動をとることが倫理的かについて考える習慣が身に付くことを期待する。さらに将来ケアを受ける可能性のある潜在的な当事者を含めて,こうした事例検討が行われることの必要性も感じる。

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