とんだ勘違い:「スペイン風邪」も風邪のうち?(齋藤中哉)
連載
2009.01.12
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修
〔 第5回 〕
とんだ勘違い:「スペイン風邪」も風邪のうち?
齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)
前回は,急速進行性糸球体腎炎(RPGN)に学びました。「風邪」診療に必要な「劇症疾患に対する免疫」もだいぶ備わってきたころでしょう。今回は,患者にも医師にも獲得免疫がない場合,どういう事態になるか,考えを巡らせてみます。
■症例
Oさんは19歳・女性,農学部畜産学科の2年生。「風邪を引いた後,喘息の発作が出た」。小児喘息の既往あるが,最近10年間,発作なし。
ビニュエット(1)
|
喘息以外の疾患の可能性は?
生来健康なOさんは,咳が出て息苦しくなる疾患といえば,喘息以外に経験がありません。「喘息の再発」と考えて無理もありません。担当医も喘息の既往と喘鳴に直接に焦点を当てています。しかし,喘鳴→喘息の飛躍は誤診の定番で,喘鳴の存在は肺炎,心不全を除外しないことに注意しましょう。喘息だとしても,10年ぶりの再発ですから,誘因の評価(喫煙,気道感染,アレルゲン,服薬,運動,生活環境,ストレス水準)が重要で,それなしに的確な治療は導けません。「農学部畜産学科」は,環境因によるアレルギーと人畜共通感染症の2柱を思い起こさせます。上気道カタルを伴わない突然の高熱,全身の関節痛,筋肉痛は,冬季であれば,真っ先にインフルエンザを疑いますが,「季節はずれ」の場合,皆さんはどう対応しますか?
ビニュエット(2)
|
なぜ保健所に連絡したのですか?
インフルエンザ流行は冬季。すなわち,北半球で11月から4月,南半球では5月から10月。低湿がウイルスの生存に適しているからです。では,寒冷乾燥期以外に,インフルエンザは発生しないでしょうか? 答えは「否」。国立感染症研究所・感染症情報センターによれば,2008年6月から7月にかけて,高齢者救護施設(青森県)でAH3亜型インフルエンザ49名,大学(岡山県)でAH3亜型インフルエンザ34名,小学校(千葉県)でB型インフルエンザ25名が集団発生しています。地理をタイ,インドネシア,ベトナムなどに移せば,高温多湿な熱帯および亜熱帯でも通年でインフルエンザが発生していると理解されますし,歴史をひも解けば,スペイン風邪(1918-1920年)もSARS(2002-2003年)も,春から夏にかけて大流行しました。
A医師が保健所に連絡した理由は次の2点です:(1)病歴から鳥インフルエンザH5N1亜型の国内発生が疑われ,緊急検査が必要。(2)Oさんの呼吸が窮迫しており,感染症指定医療機関での入院治療が必要。2008年,鳥インフルエンザH5N1亜型は4類/5類感染症から2類感染症に指定変更されていますので,ご注意ください。
ビニュエット(3)
|
鳥インフルエンザが豚を介して拡がりますか?
鳥インフルエンザH5N1亜型は鳥に対して強毒であるのみならず,1997年,香港で最初の鳥→人感染(18名中6名死亡)が報告され,警戒が高まりました。インフルエンザAは人畜共通感染症です。鳥ばかり取り上げられていますが,豚も宿主で,鳥型と人型の双方に感受性を持つことから,遺伝子再集合の場となっています。すなわち,鳥型H5N1が豚に感染し,抗原連続変異により人型H5N1になる可能性があると同時に,H5またはN1を持つ鳥型,人型,豚型が重感染し,抗原不連続変異により人型H5N1の組み合わせが生じる可能性があります。実際のところ,鳥インフルエンザH5N1亜型の豚への感染と病死は,東南アジア各国で発生情報があるものの,国際的には「未確認」です。
鳥インフルエンザH5N1亜型の診療
(1)渡航歴,接触歴に注意。潜伏期間2-8日。上気道症状よりも下気道症状が重篤かつ早期に出現。排菌は発症前から始まっている。
(2)発症後4-10日で急性呼吸促迫症候群(ARDS)に陥る。死亡率は60%前後で,10代で78%と最高。
(3)ワクチン(通常/プレパンデミック/パンデミック)と抗ウイルス薬リン酸オセルタミビルにより治療と予防を併行する。国内での有効性は未知。
新型インフルエンザの世界的流行(pandemic)は周期的に繰り返されています。スペイン風邪,アジア風邪(1957-68年),香港風邪(1968年-現在),ソ連風邪(1977年-現在)。いずれも豚→人経路による世界的流行の可能性を指摘する学説があり,「歴史は繰り返す」の教訓に学ぶとすれば,鳥ばかりに気を奪われず,豚を含め,すべての宿主に対する警戒が必要です。では,次回まで,ごきげんよう!
■沈思黙考 その五
The unclean spirits came out of the man and went into the pigs, and the herd of about 2,000 rushed down the cliff into the sea and drowned there. -Mark 5:13-
調べてみよう! 1)Acute Respiratory Distress Syndromeの診断基準と治療
|
(つづく)
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
-
連載 2010.09.06
-
PT(プロトロンビン時間)―APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)(佐守友博)
連載 2011.10.10
最新の記事
-
寄稿 2024.09.10
-
対談・座談会 2024.09.10
-
対談・座談会 2024.09.10
-
在宅医療ケアにおいて,手技・デバイス管理に精通することの重要性
寄稿 2024.09.10
-
レジデントのための患者安全エッセンス
[第6回] 患者に安全な医療を提供するうえで,自己管理もちゃんとしたい連載 2024.09.10
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。