医学界新聞

インタビュー

2008.11.03

【interview】
古家仁氏(奈良県立医科大学麻酔科学教室教授 日本麻酔科学会常務理事)に聞く

麻酔科医は常に手術中の患者さんの代弁者であれ!
――患者さんの安全を護るために,痛みを軽減するために。


 年々増加する手術の安全な実施を支える麻酔科医。近年,ペインクリニックや緩和医療など麻酔科に対する国民のニーズは高まり,麻酔科医のさらなる育成にも期待が集まる。このようななか,初期研修から専門医レベルまでの知識をコンパクトにカバーした『臨床麻酔レジデントマニュアル』が発刊された。

 本書の編集者である古家仁氏に,麻酔科診療の現状や,若手の医師に麻酔科の診療技術から学んでほしいスキルなどについてお話を伺った。


――古家先生は,奈良医大にご着任されてから,臨床研究,教育を精力的に担ってこられました。

古家 奈良医大は比較的遅く1974年になって麻酔科ができました。82年,心臓外科の発足をきっかけに麻酔科をてこ入れするということで私の前に国立循環器病センターからお一人の先生が赴任され,その後私に声がかかり,85年に同センターから転任しました。当時は医局員が15人程度という小所帯で,それこそ朝から晩まで臨床にかかりきりでした。

 研究室を見ると,何もない。当然,いままで研究を行っていなかったわけですから,研究資金も何もない状況で,当初はビーカー,試験管を買うお金もなかったほどでした。

 そこでとにかく臨床研究を開始していろいろな学会で発表を行い,奈良県立医科大学という名前と研究内容について知ってもらいました。それに10年ぐらいかかりましたが,95年ごろには医局員が40-50人になり,余裕も出てきてそれなりの研究ができるようになりました。現在は80人ほどおりまして,ようやくひとつのかたちができたかなという状況です。

 私どもの特徴として,麻酔科外来の充実があります。90年から術前麻酔科外来を重症症例に開始し,96年からは予定麻酔患者全例の術前術後診察を麻酔科外来で行い,研究成果にも結びついています。

――麻酔科学教室の先生方のサブスペシャリティについて,最近の傾向はどのようなものですか。

古家 私が奈良医大に着任した当時は循環が中心でしたが,循環に関してはある程度,研究がなされてきて,現在では脳神経系,脳虚血や脳のモニタリングなどが中心になっています。

――いま,女性医師の勤務支援という課題があります。24-34歳の麻酔科医の4割を女性が占めるとも伺いますが,奈良医大には「ママ麻酔科医」制度があるそうですね。

古家 子育てをしながら他の常勤医と同じ条件での勤務は,難しいですね。子どもが大きくなって,常勤でも大丈夫という年齢になるまでは,だいたい非常勤で交代制勤務をしています。

 「ママ麻酔科医」制度では当直,オンコールなしで,8時-17時30分の勤務という条件です。認定医や専門医の取得を支援しており,子育て中の女性医師も専門医になっています。

麻酔科診療を取り巻く現状

――わが国の麻酔科診療の現状をどのようにご覧になっていますか。

古家 日本全体の医療従事者は,明らかに少ないと思います。いままでは,皆の犠牲のもとで何とかやりくりしていたような状況です。状況は麻酔科も一緒です。さらに施設の大小を問わず,麻酔科医は手術があればずっとついていなければなりません。各科の先生方の手術日はそれぞれ週に2回程度であっても,麻酔科医は手術があれば毎日業務があります。

 海外,特にアメリカでは,外科医の数と同じぐらい麻酔科医がいるといわれています。1施設に10人外科医がいれば,麻酔科医も10人いるのが普通です。日本では,外科医10-20人に対して麻酔科医が1-2人という状況がずっと続いてきました。日本の麻酔科は外科医主導で成り立ってきた経緯があるために,現在のような状況が生まれたと思います。

 そうすると,麻酔科医はどの程度必要なのでしょうか。日本麻酔科学会の会員は現在約1万人ですが,そのうち約6000人が麻酔科専門医です。現在,日本の1年間の手術件数は,全身麻酔が200万件ぐらい,脊椎麻酔などを含めますと約300-400万件と推計されています。一方,日本では脊椎麻酔を外科医や産婦人科医が行うケースもありますが,海外ではすべて麻酔科医が行い,他科の医師が行うことはありません。日本でも同じような状況を実現しようとすると,1万-1万2000人程度の麻酔科専門医が必要になります。

 また6000人の麻酔科専門医すべてが手術麻酔を行っているわけではありません。ICU,ペインクリニック,緩和,救急,教育,病院管理職などの部門で働く麻酔科医も相当数いるわけです。おそらく専門医の20-30%は手術麻酔以外の部門にいると考えられます。さらに実際に専門医が手術麻酔を担っている割合は多く見積もっても6割ぐらいと考えられますから,麻酔科医不足は明らかです。

 現在,医療資源の集約化が進められています。これが進めば,もう少し麻酔にかかわる医師を効率的に配置することが可能になるので,多少は麻酔科医不足が解消できるのではないかと思います。

――現在,特に中小病院の麻酔科医不足を背景に,フリーランスの麻酔科医の存在や,麻酔看護師の育成が論議となっています。

古家 医療現場には手術が必要な患者さんが多数いるのに麻酔科医がいないという,非常に困った状況が生まれています。施設内に麻酔を担当する麻酔科医がいないので,フリーランスの麻酔科医を要請する。それはそれで,麻酔の経験がほとんどない麻酔科以外の医師が麻酔をするより安全ですから,国民の役に立っていると思います。

 ただ,そのフリーランスの麻酔科医がどういう状況で勤務しているのかが問題です。かなり高額の報酬を得ているのではないかなど,マスコミではセンセーショナルに書かれました。

 実際にフリーの麻酔科医がどれぐらい...

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