医学界新聞

連載

2008.10.20

研究以前モンダイ

〔 その(19) 〕
研究発表に役立つ原理的な視点

西條剛央 (日本学術振興会研究員)

本連載をまとめ,大幅に追加編集を加えた書籍『研究以前のモンダイ 看護研究で迷わないための超入門講座』が,2009年10月,弊社より刊行されています。ぜひご覧ください。


前回よりつづく

研究発表とは何か?

 研究においてプレゼンテーション(研究発表)とは何のために行うのでしょうか? 個人的な趣味としては,自分さえ知ってしまえば知的好奇心は満たされるためそれで十分でしょう。しかし「研究」というからには,他者が批判的に吟味し,利用できるように知見を公共化する必要があります。

 その研究発表の技術は,知見を得る過程における技術とはまったく異なる性質のものでもあります。したがってその技術を十分に磨いておかないと,せっかく重要な知見を得ても,公共的な知にならないという残念なことになるのです。研究発表とはすでに完成した研究を相手に届けるといった付加的な行為ではなく,他者にとっていまだ存在していない知見を研究として存在化させる行為なのです。

 さて,研究発表の目的はその都度設定されるべきですが,いかなる研究発表においても共通して重視されるべき「メタ目的」があります。それは何でしょうか?

 ……それは「他者にその研究の価値を認めてもらうこと」です。その観点からいえば,研究発表とは「他者に研究の価値を認めてもらうための手段」ということがいえるでしょう。研究発表の細かいテクニックについては優れた著書がたくさん出ていますのでそれを参照していただくとして,ここでは関心相関的観点から多様なプレゼンテーションの原則となるコツを説明したいと思います。

口頭発表の場合――相手に関心をもち,相手の関心を踏まえて発表する

 本連載に通底する原理は「関心相関性」でした。それはあらゆる価値は,身体・欲望・関心といったものと相関的に(応じて)立ち現れる,という視点です。したがってそれは研究の価値を伝えるための視点としても活用できます。

 発表の一般的な形式としては「口頭発表」というものがあります。広い会場で口頭発表する場合,いろいろな関心をもっている人が聴いていると考えたほうがよいでしょう。したがって,そのような場合はまずそのなかでもどのような関心をもっている人に伝えたいか,どのようにすればそういう人の関心に響くか,という視点から発表の準備をすることになります。

 学会などであればその名称などからどのような人が集まるのか推測することも可能です。また,参加したことがある人や運営サイドにアクセスして,情報収集しておくのもよいでしょう。

 発表の際,原稿を棒読みしていたり,下を向いてパワーポイントの説明を続ける発表を見かけることがありますが,これはあまり効果的とはいえません。なぜいけないのかといえば,そうした発表は「聴衆が誰であろうと関係ない」という無関心な態度を意味するためです。言い換えれば「自分は聴衆である皆さんには関心をもっていません」というメタメッセージを発信し続けているということなのです。

 聴衆は「自分じゃなくていいんだったら,聴く必要はないな」と思うことになります。聴衆に関心をもってもらうためには,まずこちらが聴衆に関心をもつことが前提になります。その上で相手の関心を高めるように工夫することが大事になるでしょう。

なぜ「時間厳守」は鉄則なのか

 さて,関心に応じて(相関的に)価値が決まるという観点からみると,発表に与えられた時間をオーバーするということはどういう意味をもつのでしょうか。結論をいえばほとんどの場合,それはマイナスの効果しかもちません。なぜなら,多くの人は研究内容もさることながら「一定の時間内に興味のあることを聴きたい」という別の関心をもっているためです。

 「5分で聴ける」と思っていた発表が,10分,15分と規定時間を過ぎていったならば,よほど研究内容に関心がない限り,次第にうんざりしていくものです。したがって,時間厳守は「鉄則」としておくべきであり,時間をオーバーするぐらいなら,発表しないほうがよいと思っておくくらいでちょうどよいでしょう。

ポスター発表の場合――要点を簡潔にまとめなければならない理由

 ポスター発表という形式があります。これは大きな会場にドア1枚分ほどのスペースを与えられ,そこに作成してきたポスターを掲示し,決められた時間に在席して説明を求められたら逐次発表していく,というものです。

 この場合,あまり長々と説明するのは得策ではありません。なぜならこの発表形式の場合「ちょっと話を聴いてみようかな」といった程度の軽い関心の人が多数を占めていると考えられるためです。したがって,要するに何を目的としてどのような方法を用いたところ,何がわかったのかを簡潔に説明するのが基本となります。

 またポスター発表には個別に対応できるという特徴があります。このため聴きに来た人に対し,こちらから「本研究のどこに関心をもたれましたか?」といった質問を交えることで,相手の関心を見定めつつ説明の強調点を調整していくことが可能です。これにより,限られた時間のなかでより相手の関心に沿った説明がしやすくなるでしょう。

研究発表を見やすく,聴きやすくするために

 研究発表をする際に「見やすさ」「聴きやすさ」を考慮することの大切さは多くの解説書でも強調されており,研究発表をする人なら誰もが当然のこととして気をつけているはずです。しかし,実際には次のような研究発表に出くわしたことはないでしょうか?

 小さくて聞こえない声,早口過ぎてわからない説明。字が小さく,詳細な図や表が説明もなく貼ってあるポスター。背景が派手で文字が見えにくく,1ページに文字を詰め込みすぎて読む気がなくなるパワーポイント。自分の調べたことをすべて伝えたいという熱意のあまり,情報量をつめこみすぎてしまい,結果として何も伝わらないといったことはよくあることです。

 このように,実際の発表では,普通に考えれば当然考慮すべきことができていないケースは驚くほど多く見られます。つまり「当然やるべきことを知っていること」と,「それを常に実行できること」との間には,天と地ほどの隔たりがあるということでしょう。

 プレゼンテーションとは,自分ではなく,“他者に伝える行為”です。今さらこの当たり前のことを強調するのは「どんなに他人の気持ちになろうと思っても,原理的に自分の外に出ることができない以上常に盲点はある」ということを,深く認識する必要があるためです。

 ではどうしたらいいのでしょうか?実践的な結論は簡単で「他者がどのように受け取るのかは,他者に聞いてみるのが一番」ということになります。研究発表の質を高めるためには,他者に見せ,聴いてもらい,アドバイスをもらうというシンプルな方法が最も効果的なのです。

質疑応答のコツ

 一般的に,研究発表の後には質疑応答が行われます。これは,発表の目的である「他者に研究の価値を認めてもらう」絶好の機会です。というのも,質問とは,質問者の関心に基づいて発せられるものであるため,それに適切に答えられれば,その人の関心を満たし,研究の価値を認めてもらうことにつながるからです。したがって質疑応答は“おまけ”などではなく,研究発表のクライマックスといっても過言ではないといえます。

 繰り返しますが「価値」とは,どこかに転がっているモノではなく,各人が見出すコトです。したがってその質問者がどういった関心をもっているかを見極め,できる限りそれに応えることが大切です。質問者の関心がどこにあるかは,質問の冒頭の自己紹介の部分に注目してみましょう。「自分は○○に所属しているものです。××を専門にしていて,長年△△の現場をみてきたのですが」といった情報から,質問者がどのような関心に基づき質問(批判)しているのかを推測していくことができるはずです。

まとめ

 いかなる形式であれ,研究とは知見を公共化する営みであり,それは広い意味でのコミュニケーションです。したがって日常の対人関係において,見にくい,聞きにくい,服装が乱れている,時間を守らない,聞いたことに答えない,よそ見をして話すといったファクターがスムーズなコミュニケーションを妨げることがあるように,それは研究発表や質疑応答にもそのまま当てはまるのです。「研究発表とは他者とのコミュニケーションである」といったいわれてみれば当たり前のことを忘れないことが,研究発表を成功させる,最も汎用性の高い原理的なコツといえるでしょう。

この項つづく

西條剛央氏 関連情報
 『ライブ講義・質的研究とは何か SCQRMアドバンス編』(新曜社)公刊後の多数のご要望に応え,西條氏による4日間の質的研究集中ワークショップが開催されます。九州でも開催予定です。詳細は「構造構成主義アカデメイア」のHPを参照してください。
 URL=http://url.ms/yoj

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