医学界新聞

対談・座談会

2008.10.20

糖尿病患者の行動変容,心理サポートの実践
臨床知の結集に向けて

稲垣美智子氏(金沢大学教授・大学院 医学系研究科保健学専攻)
大倉瑞代氏(京都大学医学部附属病院)
竹内紗奈衣氏(社会保険神戸中央病院)
法月章子氏(旭川医科大学病院)


 2000年に日本糖尿病療養指導士の認定が開始され,翌年には日本看護協会が糖尿病看護認定看護師の育成を開始した。認定を受けた看護師たちは,糖尿病患者の療養をサポートする専門家として院内や各地域で積極的な活動を展開している(参考資料)。認定看護師らの研究発表・実践報告の場である日本糖尿病教育・看護学会(JADEN)も発展を続けており,本年9月に「わざの創造とエビデンスの融合」をテーマに開催された第13回学術集会では,層の厚みを感じさせる力強い演題が続いた。

 本紙では,本年の学術集会長を務めた稲垣美智子氏をスーパーバイザーに迎え,糖尿病療養指導士と糖尿病看護認定看護師のダブルホルダーである3名の看護師による座談会を企画した。臨床実践における課題について,看護師の腕のみせどころといえる「患者に寄り添った心理サポート」の視点から事例検討を行ったほか,後段では専門性の高い看護師の今後の役割について考察が行われた。


稲垣 まずは自己紹介を兼ねて,皆さんの地域での取り組みについて,簡単にお話しください。

竹内 卒後5年目に日本糖尿病療養指導士(Certified Diabetes Educator of Japan;CDEJ)を取得し,院内で初めてのCDEJとして患者教育の教室立ち上げなどの活動を行うなか,さらに専門知識を身につけて活動を広げていきたいとの思いから,日本看護協会の研修を受けさせてもらいまして,8年目で糖尿病看護認定看護師となりました。現在は病棟に勤務しながら月に2回外来看護を担当しています。糖尿病クリニカルパスの作成に向けて,検討を進めています。このなかで将来的には地域医療との連携にもつなげていきたいと考えています。10月からは,糖尿病以外の認定看護師とともに看護専門外来を立ち上げました。

大倉 私は毎日外来での療養指導とフットケアを中心に,患者さんに実際のケアを提供することと,院内スタッフに対するレベルアップ研修を行っています。糖尿病の専門病棟ではない病棟の看護師を対象とする糖尿病看護の基礎的な能力を向上させる研修と,今年からはエキスパート研修として,糖尿病の専門病棟の看護師に対する研修も実施する予定になっています。

 地域連携に関しては,退院調整専任の看護師と協力して地域連携や在宅調整を行っていますが,他地域の方を受け入れづらい部分があるようで,効果的なかかわりの難しさが課題になっています。

法月 当院は日本最北の医大の附属病院です。近隣に関連施設が少なく紹介が難しい現状があり,地域の病院と同様に独居高齢者や生活保護の方も受診されますし,前方・後方支援も行うというセンター的な役割を担う中核施設となっています。私は現在,病棟に勤務しながら週に1度「糖尿病看護外来」を担当しています。

 また当院では大規模臨床研究J-DOIT3(糖尿病予防のための戦略研究 課題3),DNETT-JAPAN(糖尿病性腎症の寛解を目指したチーム医療による集約的治療に関する大規模臨床研究)に参加しています。J-DOIT3は看護介入の比重が高い研究デザインになっていますが,私たちの施設でも介入の効果が目に見えて得られています。

稲垣 では「臨床知の結集にむけて」というテーマについて,皆さまが経験した糖尿病患者に対する心理・行動を中心とした介入事例を検討しながら考えていきたいと思います。

患者さんとともに,身体と心理の関係性を読み解く

大倉さんの事例】40代女性,1型糖尿病。インスリン持続皮下注入(CSII),HbA1c8-10%のコントロール。1か月間隔の外来受診時に療養指導を行う。患者からは「食事療法がうまくできず,空腹感に負けて食べてしまう。私は意志が弱い人間です」と血糖コントロールに関し,自尊心が低下し無力感を感じる言葉を聞いた。日々自己管理に努力している話を十分に聴き,認めることで,効果的な方法を一緒に考えていきたいという姿勢を示した。一緒にSMBG(血糖自己測定)を振り返り,低血糖が空腹感に影響していることがわかり,インスリンの調節を行った。低血糖を予防することができ,空腹感が軽減した。患者は,意欲的に自己管理に取り組み,間食の調節を行い,HbA1cは改善傾向。患者の努力を認め,コントロール感を得ることができるような援助をしていきたい。

大倉 この方は本人の気づかないところで低血糖を起こしていて,それが空腹感につながっていました。患者さんの意志が弱いから食事療法ができないというわけではなくて,血糖値の不安定さに起因する空腹感なのですね。自己管理がうまくできていないという患者さん自身の自己評価が,本当に正しいのか,看護師が客観的に見て調節していくことが,心理的支援と並行して必要だと強く感じていて,コントロールできている感じを実感してもらえるように支援していくことが大事だということを学ばせてもらった症例でした。この方は1型ですが,2型にも共通する視点だと思います。

稲垣 患者さん自身でさえ気づいていない「体からくる我慢できない空腹感」を,大倉さんが見出して,具体的対処方法を示すとともに,患者さんを励まし,生活全般の自信まで回復していったという事例ですね。患者さんは,心理的に意思が弱いからうまくいかないと,自分を責めていたのかもしれませんが,そうではなくて,その背景に何があるのかを読み取ろうとした。

 その結果,身体的なセルフケアとして血糖値の測定をきちんとしてこられるという患者さんの「強み」を見出し,そのデータに着目したのですよね。身体的なアセスメントをしっかりと踏まえたうえでの心理支援の重要性というメッセージですね。

竹内 糖尿病手帳を拝見したり,ご自宅でのセルフケアのお話を伺うと,多くの患者さんが非常に努力しておられるにもかかわらず,「自分はできていない」ということだけに意識が向いて,無力感を感じている患者さんは多いですね。ですから「できている部分はどこなのか」ということを,私たちが評価してご本人に伝えることが非常に大事だと思っています。

稲垣 そうですね。もうひとつ重要なことは,患者さんはどうして大倉さんに「私は意志が弱い人間です」と言ってくれたのでしょうか? 誰にでも言っているとは思えないのですがいかがでしょう? そこに心理的サポートのための大事な視点があると思います。

法月 その言葉が聞けてからデータが改善してきたのではないでしょうか。ここまでの,悶々とした期間への介入がすごく難しかったのではないですか?

大倉 CSIIを装着している患者さんなので,ポンプの操作などで困っていないかなどと置かれている状況を推測しながら,なるべく患者さんに声をかけるという段階から支援を始めていたと思います。それから診察室で患者さんが先生に話しにくいことを代弁したり,診察前に面談をして「今日はここを先生と相談しよう」と問題点を整理したり,「ここで先生に認めてもらおうね」というところを一緒に考えたり(笑)。

稲垣 ふたりはひとつの目標に向かっていく同志になっているのでしょうね。この場合は1型の病態をわかったうえで,発達段階的な要素も押さえて支援を行ってきたという経緯が影響していると思います。その間の会話が大切で,その中で大倉さんは一緒に悩んだり,サポーティブに語りかけてくれる人だと患者さんにわかってもらえたことが大きいのではないでしょうか。患者さんは「身体的な仕組みを知っていて,役に立つ助言をくれる人だ」と感じたときに看護師に全幅の信頼を置くということですね。

竹内 患者さんにご自分の病気によって身体に起こる変化を理解してもらうのは本当に難しいことですよね。

大倉 この方も高校生の息子さんの受験に関する悩みなどのストレスが血糖値に反映することを自覚していませんでした。心理的な困難を解決するために,身体の側からアプローチしていくという段階もありました。

稲垣 1型の患者さんの血糖コントロールでは,食事よりストレスが原因での血糖値変動もありますから,血糖値変動が「自分の心のせいだけではない」こと,すなわち病態を理解することが重要ですね。その支援が行えたことをケア評価として残すべきでしょう。

 努力を認めて,「達成できる」という希望を持たせればよいというケア評価の結論だけでは,もったいないと思いました。

私たちは義務的な“声かけ”をしていないだろうか

法月さんの事例】外来では病棟からの継続看護が50例程度,外来で開始した継続看護が50例程度あり,1日平均5例程度の患者に看護介入をしている。過去のデータから入院患者は退院後9か月ごろからデータ悪化を認めたため,継続して1年間程度はデータの推移を見て介入していた。しかし,毎月声をかけ生活の振り返りをしてもデータの改善を認めず,介入することに困難を感じた症例があり,カンファレンスで数か月患者と距離をおくことを検討し実施したところ,データの改善を認めた例が数例あった。外来で声をかけなかったことは,危機感や見捨てられ感につながるのだろうか。それとも“劣等生が声をかけられる”思いがあるのならば安心感になるのだろうか。

法月 継続看護の難しさを感じさせられた事例です。私は外来で継続看護を週1日だけ担当し,その曜日以外は外来看護師が日替わりで担当しています。

 少し前から,「毎月毎月,声をかけても,データが変わらない」という話が外来看護師から聞こえてきました。外来での声かけをやめた途端にデータが改善していく例もあり,外来看護師は「頑張って声をかけていても,手を引いた途端にデータが改善するのはどうしてだろう」「患者さんは『自分はデータが悪いから名前を呼ばれるんだ』という劣等感を持っているのではないか」などと困惑しているようです。

 声をかけて話ができる関係になるまでには時間もかかります。現在,外来はパート看護師の比率が高く,いつも違う看護師に声をかけられるという印象を持っている患者さんもおられるようです。

稲垣 看護ではよく“声かけ”という言葉を用いますが,実はすごく多義的な行為だと思いませんか? 「漠然と」「注意をするため」「心配して」――さまざまな意味合いが“声かけ”という言葉の中に含まれているのですね。ですから何をしたくて声をかけているのか,どんな声をかけているのかを常に自分に問わないといけません。

大倉 医師からもよく聞かれます。「どういう患者さんが気になって,どういう基準で声をかけているの?」って。医...

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