医学界新聞

寄稿

2008.10.13

【特集】

市立豊中病院の実践例から考える
院内メディエーションの成功の鍵とは


 「人と人との紛争を,中立的な立場で,当事者間の対話を促進することによって仲介する」メディエーション。これまで法曹界が担ってきた手法が,患者の権利意識の高まりや,医療者-患者間におけるコンフリクトの増加などにより,医療界においても注目を集めるようになってきた。今年6月に出された「診療関連死の死因究明制度」の大綱案では,中立的な第三者機関として,医療事故調査委員会を院外に設けるという方向が打ち出されたが,その一方で,院内の初期対応こそが重要だという視点から,院内医療メディエーターにも関心が寄せられている。本紙では,2005年に院内医療メディエーターを取り入れ,継続してメディエーションを行っている市立豊中病院の実践例を紹介する。


 現在,市立豊中病院で院内医療メディエーターを務める水摩明美氏が,医療安全管理室長に指名されたのは3年前。同院に看護師として30年あまり勤務し,当時は病棟師長を務めていた。医療安全管理室の開設にあたっての指名だったが,医療安全にはさほど関心は持っていなかったという。それまでは,医療事故や患者からの苦情などの対応は事務職が行い,複雑になると医療安全委員会で検討されていた。裁判をどれだけ抱えているか,示談金をいくら払ったのかなども,知らされることはなかった。

 医療安全管理室は現在,院長直轄の部署として,水摩氏の他に,看護師長1名,事務職1名の計3名が,専任で業務にあたっている。医療安全管理室の業務は,危険予知トレーニング(KYT),5S活動,RCA分析,院内教育,開設時から続けている医療安全ニュースの配信など,多岐に渡る。こういった日々の地道な活動が,職員との信頼関係を築くために重要だという。

 病棟の見回りも欠かさず行う。初めのころは,拒否こそされないものの,「医療安全? 何しに来たん?」と言われた。今は,「何かあったん? 僕,何かした?」と,職員の方から笑顔で声をかけてくる。病棟を回る際には,他の診療科で起きた事故等の情報提供も行っている。そうすることで,相談しやすい環境をつくっているのだ。

いつでも“任せとき”

 水摩氏は,そもそもなぜ医療安全管理室長という立場でメディエーターになったのだろうか。

 医療安全管理室に配属されて間もないころ,「患者の家族が怒って,訴えると言っている」と,医療安全管理室に医師から相談が持ち込まれた。この経験が実はメディエーションであったことが後に分かるのだが,水摩氏は医師から事情を聞き,「任せとき,先生」と患者のもとに行き,家族といろいろな話をした。「なんでこんなことで死ななあかんねん」「あの元気な親父が死ぬわけがないやん」と,家族に詰め寄られた。外来師長として4年間,ひとつ間違えば苦情やクレームになるような場面に真っ先に走り,患者対応に携わってきた水摩氏は,これを当然のこととして受け止めた。「ご家族の気持ちを聞いたり,文句を言われるのは,普通やと思ってたもの」という。

 患者は「あんな医者なんか辞めさせろ! 訴えてやる」と怒っている。当事者の医師は,「どうしよう」と萎縮している。水摩氏は,家族も医師もかわいそうだと思った。説明会には,主任部長と当事者,家族が出席したが,家族は納得せず,病理解剖後に再度話し合うことになった。病院が検討会を立ち上げ,原因究明を行っている間も,家族とはこまめに連絡をとり続けた。

 2度目の説明会で,水摩氏は司会を務めた。医師が「患者さんが亡くなってしまったことは,本当に残念に思っている」と気持ちを伝えたところ,家族は「きちんと説明してもらえたことに対しては,感謝している」と答え,それ以降の連絡はなかったという。

 その後も,医療安全管理室に持ち込まれる患者からの相談や苦情,職員からの相談に適宜対応していたが,解決できないことや分からないことも出てきた。そんな時に出合ったのが“メディエーション”という技法だった。

 2006年から,日本医療メディエーター協会の認定コースの「トレーナー編」1期生として,和田仁孝氏(早大紛争交渉研究所),中西淑美氏(阪大コミュニケーションデザイン・センター)らに学び,メディエーターとしての立ち位置や技術を教わった。また,自分が行ってきたことは間違っていないという確信も持てたという。

あっちつかず,こっちつかず

 2007年は,32件の苦情・クレームに対して,14件のメディエーションを行った。すべての苦情について,メディエーションを行うわけではない。十分に話を聞くことで納得する患者も多い。メディエーションを提案するのは,医療者と患者が話し合うことでしか,解決の糸口をつかめないと判断したときだ。その場合はメディエーター立ち会いのもと,患者-医療者間の対話の場を設け,納得のいく合意と関係性の再構築を支援する。

 メディエーションを行う際には,事前に患者のカルテをすべて読み,状況調査を徹底的に行う。必要があれば,事故調査委員会等で検討し,病院としての見解をまとめる。時には当事者に対し,「本当に間違っていない?」と確認することもあるが,同時に「病院としての意見が伝わるよう,私がフォローします」と伝える。患者や家族にもすべての経過を聞き,「分からないところはきちんと説明してもらいましょう。私も応援します」と伝える。

 「あっちつかず,こっちつかず」と水摩氏は笑うが,この姿勢がメディエーターには常に求められる。争点を整理して自分に気持ちを向けさせ,何かあったら自分を見るように働きかける。その上で,その場の雰囲気をつくりあげ,ナビゲートしていくのだ。

 メディエーションでは,まず患者側に思いを語ってもらう。ある程度要点が出てきた時点で初めて医療者が見解を述べる。「謝罪してもいい。するならきちんと頭を下げて」。そうやって,両者に共感し,微妙な距離を行きつ戻りつしながら進めていく。

 メディエーションは,本来看護師が持っているスキルを十二分に生かせる場だと水摩氏は言う。患者自身が気持ちを変えて,乗り越えて,前向きに言葉を発していくように支援するコミュニケーションスキルを持ってい...

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