医学生へのアドバイス(17)
連載
2008.10.06
連載 臨床医学航海術 第33回 医学生へのアドバイス(17) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
前回は科学的文章の作文技術について述べた。今回は人間としての基礎的技能の2番目である「記述力-書く」の最終回として,作文技術を学んだのになぜ科学的文章が書けないのかを考えてみたい。
人間としての基礎的技能 | |
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記述力-書く(7)
修練
前回科学的文章の作文技術はそのバイブルとも言える『理科系の作文技術』で学習すればよいことを述べた。しかし,実際には大学の授業ではこの根本的な科学的文章の作文技術自体を教えてくれることはまったくなかった。ということは,大学の授業はこの根本的な科学的文章の作文技術を学生が各自自ら学習することを前提としてカリキュラムが組まれているのである。だから,大学では講義や実習でいきなり学生にレポートが課されるのである。そして,学生は卒業までに数多くのレポートを書かされることになる。
このように数多くのレポートを課すのには意味がある。それは,作文するための思考方法や表現技術は,原理だけ理解していても到底身につくものではなく,幾度となく繰り返し繰り返し修練しなければ決して身につかないものだからである。書いて,書いて,書きまくらなければ,絶対に身につかないのである。それは,画家が何回も絵を描いたり,音楽家が常に楽器の練習をしたり,野球選手が100本ノックするようなものなのである。だから,医学生も1つひとつのレポートをつまらないレポートと思わずに修練だと思って書いてほしい。この修練を乗り越えたものだけが,文章によって自由自在に表現可能になるのである。
筆者の学生時代には,ワープロもインターネットもなかった。したがって,レポートはすべて手書きであった。シャーペンで文章を書き,図や表は今のようにコンピュータで描くことはなく,定規を使って手で描いた。間違えたら消しゴムで消してそのたびごとに描き直していた。A4のレポート用紙を何冊も買った。解剖や病理の実習ではスケッチした。これは今でもおそらく同じだろうと思う。カルテもボールペンで手書きで書いた。何本もボールペンを使った。外傷の患者はカルテに絵を描いて記録した。患者の手足などフリー・ハンドで描くのが難しく,山芋のような手足になっていたが……。何回も右手がしびれて動かなくなるくらい書いたのを憶えている。
現代はワープロの時代である。文章や図・表もワープロで書くようになった。昔よりも書き直したり編集したりするのが非常に楽になった。だからといって,書く修練をしなくていいというわけではないのである。得意のコピペ(コピー・アンド・ペースト)を繰り返しても,一向に文章力はつかないはずである。
卒業論文
もうひとつ医学生が文章力を身につけられない原因は,医学部卒業に「卒業論文」がないことであろう。他学部の学生は,最終学年で研究室やゼミに配属されて,そこで1年間研究を行い,ミッチリとしごかれて最終的にその成果を「卒業論文」という成果として発表するのである。ところが,医学部には「卒業研究」も「卒業論文」もない。最終学年は医師国家試験のための試験勉強にほとんどが費やされるのである。実際に医師の研究や論文執筆の教育は卒後に行われる。その研究教育や論文執筆教育も大学院に入学して教育を受けたものでなければ,正式には教育を受けないことになる。この問題はもっと突きつめれば,医学生や医師の研究教育はいつどのようにするのかという問題になる。しかし,ここではこれ以上この問題を議論することは本題の「記述力-書く」ことから外れるのでやめる。
ただ,大学の看護学部は,「卒業論文」と「国家試験」の両方を課している。ということは,大学の看護教育は大学の医師教育よりも高いレベルを目指しているとも解釈できるかもしれない。
文学的文章
今まで科学的文章について考えてきたが,それならば文学的文章についてはどうであろうか? 科学的文章に対して,文学的文章は主観を交えて必ずしも事実に基づかずに想像力で物事を記述する能力である。だから,科学的文章と違ってあいまいな表現が許される。いや,むしろ逆にあいまいな表現や誇張が効いた表現の方が好まれるのである。それは,ちょうど似顔絵が写真よりも本物の特徴を捉えているのに似ている。
このような文学的文章はいったいどのような技術で書くものなのであろうか? それは,医師でありかつ作家である先生にお聞きすることにしよう。筆者は作家ではないので,文学的文章の書き方について述べる資格はないから。
(次回につづく)
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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