小児科学,小児科医療の今を考える(大関武彦,神川晃,近藤直実)
対談・座談会
2008.09.29
【座談会】 小児科学,小児科医療の今を考える | |
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このたび『小児科学 第3版』が,大関武彦氏(浜松医大),近藤直実氏(岐阜大)の編集のもと発刊された。
医療の過度な専門化が問題点として指摘される近年,新臨床研修制度におけるスーパーローテートの開始など「患者さんをひとりの人として診る」,全人的医療を行える医師を養成する動きが出てきた。一方,以前からその重要性を指摘してきた小児科は,「全人的医療の上に立脚している科と言っても過言ではなく,医療本来のあり方を追求している診療科とも言える」と大関・近藤両氏は主張する。
本紙では大関氏を司会に近藤氏,神川晃氏(神川小児科クリニック)の3名での座談会を企画。小児科医不足が喫緊の課題となっている現在,これから小児科医を志す研修医や,若い小児科医に小児科の意義を見直してほしいとのメッセージを送る。
■小児科医療に今ある危機と問題点
大関 今,小児科医不足が全国で深刻さを増していますが,その背景には日本の医療全体の問題ともかかわるさまざまな要因があると考えています。
本日は大学病院,開業医それぞれのお立場から,現代における小児科学および小児医療の問題点と,今後進むべき方向についてお話しいただきたいと思います。
さっそくですが,小児科医不足の理由の1つに,小児科医に求められる医療の領域が救急医療から専門医療まで非常に幅広いことがあると思います。
中でも小児救急医療は来院患者数も多く,症状の程度も多岐にわたるため,すべての患者さんが高次医療機関である病院に集中すると,勤務医の負担が増大してしまいます。患者さんの適正受診もカギとなるでしょう。
神川 われわれ開業医は,初期医療を行い,より高度な医療を必要とする患者さんを病院に送るというゲートキーパー的な役割を担っています。われわれが日中に「問題ない」と判断して帰した患者さんが,小児疾患の特殊性から夜に急変し,救急病院を受診しご迷惑をおかけすることはあるかと思います。患者さんと保護者への医療情報提供が不足したための救急外来受診には開業医にも責任の一端があると思います。
そのような事態を防ぐためにも,初期医療を担う医療機関と,高次医療を担う病院がスムーズに連携できるようなシステムの構築が求められます。難しい課題ですが,今,日本小児科学会が進めている,地域の基幹病院と診療所の連携システムにおいて,開業医がどういう形で協力できるかが一番の問題だと思っています。
大関 手術や手技などは年々着実に標準化されていますが,医療体制には地域の特性もかかわるため,どこでも通用するプロトタイプを作成するのは困難です。それぞれの現状を勘案しながら,その地域に適した形態にして運用せざるを得ないでしょう。
近藤 小児救急医療は救急医療全体において非常に大きなウェイトを占めています。ですから,小児救急の適正受診が広がれば救急医療全体の改善にもつながります。現在地域ごとで,医療体制の整備が少しずつ進んでいるのではないかと思います。
小児科医不足はなぜ生じる
近藤 現役小児科医のドロップアウトに加え,新たに小児科医を目指す若手が減っていることも,小児科医不足の大きな原因の1つだと思います。若い医師が小児医療に携わりたいと思いつつも二の足を踏んでしまう現状には,小児科医自身のQOL悪化が大きな原因となっているのではないでしょうか。私どもの周囲でも,二次,三次医療に携わる若い小児科医が大変疲弊しています。そのためには,一次救急に携わる医師と連携し,力を借りることが必要だと思います。
神川 以前,高次救急医療従事者の負担を減らす目的で,一次救急医療施設を増やす取り組みが地域の医師会主導で行われました。しかし,結局は潜在患者の「掘り起こし」になってしまい,トータルの患者数が増えただけで,二次,三次救急の患者数は減らなかったのが実情です。
今,小児科勤務医の疲弊が盛んに言われていますが,その最大の原因は何なのでしょうか。モンスターペイシェントのように,医療に過剰な要求をする患者さんとのコミュニケーションの困難さや,提供する医療が正当に評価されないことも大きな理由の1つだと思います。しかし「子どもを助けたい」という強い使命感を凌駕するほど,モチベーションを下げてしまう原因とは何でしょうか。今,大学病院の現場で何が起こっているのでしょうか。
大関 問題はいろいろありますが,ひと言で言えば過重負担です。特に当直回数や来院患者の多さといった物理的負担が大きいと感じています。
近藤 大学では,診療に加えて教育や研究が業務に含まれますが,それぞれの要求度も昔より高くなっています。患者さんには「病院に行けば治るのが当たり前」という感覚が浸透していますし,教育は手取り足取りやらねばなりません。また国立大学の独立行政法人化で評価も厳しくなり,加重は増える一方であるにもかかわらず,入局者は減少し,常に人員不足です。人手が足りないから疲弊する,疲弊するからさらに人手が減る。悪循環ですね。
それともう1つ,今の若い世代との価値観の違いがあります。本日お集まりの先生方は,私も含め,若い頃は受け持ち患者さんにはつきっきりで泊り込みも当たり前,というのが普通だったと思います。比べて今の若い医師の中には,非常に時間にシビアで,「勤務時間が終われば,その日は終わり」という医師もいます。社会的にも物の考え方が変わってくるなかで,若い人たちの価値観も変化している。しかし,それを嘆くばかりでは仕方がないので,彼らの生き方を受け入れながら医療に参加してもらう方法を考えることも大事だと思っています。
神川 約30年前私が医局に入局したとき,指導医の言葉でいちばん印象的だったのは「医師が信頼されるのは,自分の時間を切り売りしているからだ」というものでした。その言葉を聞いてから,“若い医者”でも信頼を得るために,特に重症患者を受け持った場合はなるべく四六時中病院にいるようにしました。「いつも子どもを診てくれている」ということが分かると,親御さんも次第に心を開いてくれるのです。
業務負担を軽減するために仕事を分担することも必要ですが,仕事に対してあまりドライになってしまうと,医師と患者との関係はさらに結びにくくなるのではないかと危惧しています。
大関 確かに,以前は医師は医局に在籍し,医局の指示に従って病院を移ったり,上級医に言われたことを果たすために,自分の生活をある程度犠牲にしながらでも頑張る,というのが典型的なパターンでした。しかし最近では医局に入らない医師も多いですし,社会全体として,プライベートの時間を重視する傾向が見られるようになってきました。これは決して悪いことではないのですが,われわれ古い世代の人間としては,そういう新しい人たちの感覚も理解しながら,新しい世代に合致した働き方というのを,若い医師と一緒に考えていかなければならないと思います。
■小児科医のQOL改善へ向けて
女性医師の継続勤務支援
大関 日本の医療界で特徴的なのは,女性医師の離職率が高いことでしょうか。特に小児科では女性医師の割合が他科に比べて高いため,小児科医不足に大きな影響を与えていると考えられます。
近藤 確かに,働きつづける女性医師の数は,欧米に比べて少ない印象があります。医学部に入る女性は増えましたが,結婚を機に医師を辞めてしまったり,子育ての後に復帰できなくなるケースが多いですね。今,それに対して女性医師の復帰をサポートするシステムもでき始めています。
神川 例えば,東京女子医科大学では24時間体制の院内保育所があり,女性医師や看護師の職場復帰を支援していますね。先生方の病院では何か取り組みをしておられますか。
近藤 週に1-2回ほど,退職した女性医師を女性医師バンクのような形で関連の病院へ派遣しています。
大関 当院でも女性医師の子育ての段階に応じて,外来診療だけならできる人,あるいは当直はできないがフルタイムで働ける人など,個々の事情に合わせた支援を行っています。復職したいけれどもう一歩踏み出せない,という医師に実際に働いてもらうには,子どもの成長段階に即して多様な勤務形態を考えていかねばなりません。能力のある女性医師が働けなくなると病院側としてもマイナスですし,女性医師もせっかく得たキャリアを失ってしまいます。お互いのメリットのためにも支援が必要です。今,全国それぞれの医療機関で,工夫がなされているのではないかと思います。
経済的バックアップの必要性
大関 もう1つ,小児医療の充実のために必要なのは,経済面でのバックアップです。小児科の不採算性は長年指摘されてきましたが,近年は多少改善され...
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