医学界新聞

連載

2008.06.09



名郷直樹の研修センター長日記

53R

研修医と付き合うのはめんどくさい

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長
東京北社会保険病院 臨床研修センター長


前回2780号

□月▲○日

 3週間の新研修医オリエンテーションが終わる。3週間は長いか短いか。3週間は長くて短い。最初の2週間は病院内でのオリエンテーション。看護師と同じプログラムでやる新しい試みだ。医師も看護師も本当は仲良くなりたいのだ。これはうまくいかないはずはない,という予想だが,本当のところはどうか。そして先週は1週間のへき地診療所研修。それぞれの研修医が,病棟での研修が始まる前に,全国津々浦々のへき地診療所へ出かけて,そこを臨床現場での研修のスタートとする。早期体験研修,というやつか。英語でEarly Exposure。直訳すると早期曝露研修ということになる。別に英語はどうでもいいのだが,早期体験研修というより,確かにとおりがいいような気がする。なぜだ。やはり日本語じゃだめか。英語か。欧米か。アメリカか。でもやっぱりアメリカは嫌いだ。またまた脱線しそうだが,今日はやめておこう。今日はあくまで本線で。

 その長くて短いオリエンテーションも今日で終わり,明日からいよいよ病棟へ。最終日の今日は,先週のへき地診療所研修の報告会。毎年やっているんだが,毎年意外な報告がある。医師になったばかりのほとんど素人の研修医が,あるいは一応免許を手にしたほとんどプロの研修医が,いろいろなことを見てくる。意外なことを感じてくる。思わぬ視点で発表する。そこへ私が突っ込みを入れる。そんな報告会。その中での,一つの事件。事件というほどのことじゃない。一つの出来事。

 ある診療所で,患者付き添い研修という研修を行った研修医の報告。外来患者さんに付き添って,診察から,検査,会計,さらにはそのままくっついて自宅まで,という研修である。その付き添った患者から,研修医に向けた一言。

「研修医の先生がついて回るのはめんどくさいんだよね」

その話を聞いたほかの研修医からどよめきが上がる。その研修医は,その話を,ショックを受けた話として語る。

「今回の研修で,一番ショックな出来事でした」

そんなふうに言う。ほかの研修医もそう思うのだろうか。発表が終わるが,私自身は,そのほかの話はほとんど吹っ飛んで,その話だけが印象に残る。終わった後の議論では,多分これが話題になるんじゃないか。そう予想する。そして議論が始まると,案の定その話題になる。

「どういう状況でそう言われたんですか」
「研修医がこうしてくっつくのはどうですかと聞いてみたんです。そうしたらめんどくさいと言われました」

なんとなく悲惨な出来事,そういう空気である。研修医はつらいよ,そういう感じ。しかし,さっきの話を聞いていたときの私の思いは,「なかなかやるな,研修医」,そういう感じなのである。今日は私の思いが明確すぎて,いつものわかったような,わからないような話ではない。はっきりとわかったことがわかる。知るを知る,これ知れるなり,である,ではない。知らざるを知らずとす,これ知れるなり,である。結構やばいな。知ったつもりになっているだけかもしれない。でも今日は知っているということにしよう。

「ちょっと私からもいいですか。さっきの面倒くさいと言われたのは,皆さんにとってやはり少し厳しいコメントですか。邪魔者扱いされる研修医,研修医はつらいよ状態でしょうか。どうですか」

あまり反応はない。意味がわからない,というところだろうか。そこで勝手に続ける。

「普通は初対面の人に面倒だなんてわざわざ言うだろうか。もちろん面倒なことは事実なのだろうが,それを言うかどうかというのはまた別の問題じゃないだろうか。ここでは,診察から帰宅するまでの短い時間で,患者さんとのいい関係がつくられていたからこそ,患者がこう言ったのじゃないだろうか。本当に面倒で関係が悪くなっていたら,わざわざそんなこと言わないと思うのだがどうだろうか。そこにいたるまでの患者さんとの関係はどうだった?」
「結構いろいろな話ができて,いい感じだったのですが」
「そうだろう。全部が面倒で,全部が面倒でないというわかりやすい話じゃない。面倒だという正直な気持ちを引き出せるまでに,いい関係が結べていたということだと思うよ。これはなかなかいけてる話だと思う。長い診療所の経験から言っても,患者側から面倒だなんて言えるのは,患者との関係がいいからこそ言える面が大きいんだ」

研修医が,うなずいているようないないような。

 患者が言いたいことを言う,そこまで言いたいことが言える関係ができている。お互いに何でも言える,場合によっては怒れるような関係,研修医はそういう関係を患者と結びやすいのだ。それを武器に,怒られながら研修しよう。

「というわけで,これから病棟での研修がいよいよ始まる。病棟でも,患者から面倒だと言われながら研修しよう。面倒だという医療に対する正直な思いを患者の腹に隠させるな。そこを引き出す,それが研修医の役割だ」

ちょっと一人で盛り上がりすぎ。

次回につづく

「研修センター長日記」が単行本になりました!!
EBMや医師・患者関係について大幅に加筆しています

書名
「人は死ぬ」それでも医師にできること
へき地医療,EBM,医学教育を通して考える

著者
名郷 直樹

判型:A5
:260
発行年:2008年05月
定価:2,310円(本体2,200円+税5%)
ISBN:978-4-260-00577-7

病院中心の医療は患者に多くの福音をもたらしましたが,一方,人々から「自然な死」を遠ざけました。本書は12年間,へき地医療を実践し,その間,本邦のEBMの第一人者となった異色の著者による珠玉のエッセイ集です。研修医教育に転じた最初の1年を日記の形で振り返り(本紙連載),さらに,EBMや医師・患者関係に鋭い考察を加えています。

連載に追加した項目
私のEBMはここから始まった:9編/忘れられない患者たち:4編/なぜ医師になるのか,なったのか-はじめに問いたい/医学部入学以前,入学試験での大事件-山上さんのこと/医学生としての日々-病棟嫌いの学生時代/初期研修医としての日々-切れ切れの記憶/万物は流転する-地域医療研修センターのめざす地域医療/地域医療指向型初期研修12の軸-新しい医学モデルに基づく教育/研修医を励ますのか励まさないのか,微妙な言葉集

本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook