時代の要請に応えるジェネラリストを育てる(伴信太郎,大原昌樹,向原茂明)
対談・座談会
2008.06.02
【鼎談】
時代の要請に応えるジェネラリストを育てる
伴信太郎氏(名古屋大学医学部附属病院 総合診療部教授)=司会
大原昌樹氏(綾川町国民健康保険陶病院院長) 向原茂明氏(長崎県福祉保健部 医療政策課参事監) |
地域医療の「崩壊」が社会問題として取りざたされるようになった昨今,医師不足・医師偏在をめぐる議論は尽きない。しかし,地域医療の現場を経てジェネラリストの育成に携わる伴信太郎氏(名大)は,「『新医師臨床研修制度が原因だ』『産婦人科医逮捕をきっかけに産婦人科医が減少した』といったやや感情的,一面的な議論に偏りがち」と指摘する。
本紙では,伴氏を司会に,長年地域医療の場で活動してきた大原昌樹氏(陶病院)と向原茂明氏(長崎県福祉保健部)による座談会を企画。この15-20年の地域の実情と,地域医療再生のカギとなる「総合医」育成についてお話しいただいた。
伴 まず,簡単な自己紹介から始めたいと思います。私は,米国で家庭医専門医のライセンスを取得し,国立長崎中央病院で臨床に従事したのち,川崎医大,名大の総合診療部で若手ジェネラリストの教育に携わってきました。現場で働いた年数は短いですが,地域医療とずっとかかわりを持ってきました。
大原 私は,1985年に自治医大を卒業し,2年間の臨床研修で皮膚科等のマイナー領域を含めて全科をローテーションしました。その後18年間,地域の病院で内科診療とともに在宅医療やへき地巡回診療,保健活動等を行い,老人保健施設でも10年間ほど医師をやっていました。
現在院長をしている陶病院は,総病床数63床・医師7人の小さな病院です。内科,耳鼻科,小児科を主な標榜科としており,特に在宅医療や高齢者ケアに力を入れています。
向原 私は,1976年北里大の卒業です。1970年に,長崎県が離島に勤務する医師のための医学修学生制度という奨学金を始めましたが,私は北里大でその制度を用いた第1回生です。国立長崎医療センターで2年間,内科,外科,小児科などスーパーローテート研修をしたあと,長崎県の離島に計8年勤務して,地域医療を実践しました。その後,国立長崎医療センターで総合診療科の医長として約10年,厚労省の地方機関で2年ほど行政を学び,戻ってきてから副院長を5年,県立病院の院長を3年間務め,地域医療の難しさ,医師確保の大変さを経験しました。昨年から県庁の福祉保健部の参事監として医師確保,医療計画といった方面の行政に携わっています。
向上する医療レベル,増える医療需要
伴 お二人は,地域医療の臨床の第一線におられたので,ここ15-20年の経過をよくご存じです。地域の医師不足・偏在は需要と供給のアンバランスによって生じますが,近年の地域の医療の現状はどのように推移しているでしょうか。
向原 この20年ほどで,高齢化に伴って1人の患者さんが持つ疾患が増え,それに対応して求められる医療レベルも向上しました。昔は1人の患者さんに1人の医師で十分対応できたのが,今では4-5人の医師が携わらなければ適切な医療が提供できない状況です。
私がいた離島でもそうですが,20年前の地域医療のレベルは非常に低いものでした。しかし,日本全体の医療の質向上に合わせて,離島にもCTなどの医療機器が導入され,超音波の検査もルーティンになるなど,医療水準は格段に上がりました。それに伴い,医療需要は確実に増えてきていると思います。
大原 私も20年前,研修が終わり初めて行った病院は,415床に医師30人という規模でした。そこで内科医として20-25人を受け持っていましたが,医療の高度化や業務の増加につれ,1人で10人持つのがやっとという状態になり,この20年間で医師の数は3倍になりました。特に大病院の医師の需要が増えてきたと感じます。
伴 医療の高度化に伴う医療需要が,医師不足を招いたということですね。もう1つ,「地域医療は,実は昔から崩壊していた」という意見もあります。
大原 確かに,自治医大が作られた目的が地方の医師確保ですので,もともと地域に医師不足があったことは間違いないですね。ですから,離島や山間へき地に,県から医師を派遣するという仕組みは以前からありました。
ただ,近年取りざたされている「地域医療の崩壊」は少し性質が異なっていると思います。よく言われる新臨床研修制度も要因の1つだとは思いますが,ほかにもいろいろな要因があるのではないでしょうか。
過重な労働や,訴訟などを嫌い特定の診療科が敬遠されたり,開業志向やフリー医師の出現など,医師の考え方の変化も顕著になっています。女性医師の増加や大学病院の独立行政法人化も関係があると思います。
向原 長崎県の離島の現状をお話しすると,現在,離島医療保険組合――すなわち離島の9つの病院で,病床数があわせて約1000床,医師が110人ほどいます。私がいた30年前は,医師の数は全部で20人でした。30年で約5倍になったということです。
つまり,この30年で提供される医療の質と量は明らかに向上したにもかかわらず,医師も患者さんも,これで満足しているわけではないのです。もっと医師がほしい,もっと専門医がほしいという要求がいまだにあります。
県全体で医師養成を支援する
伴 長崎の離島医療保険組合では医師が20人から110人に増えたということですが,この背景には,長崎県全体での医師養成への取り組みがあると思います。
向原 1970年に始まった,長崎県独自の医師養成制度である医学就学生制度は,県が単独で奨学金を貸与し,その貸与期間の2倍の期間,離島・へき地で勤務してもらうというものです。自治医大でも,72年の開学時から同様の制度がとられています。
長崎県では,現在その2つの制度を用いて,自治医大の卒業生2-3人,県の奨学生3-5人が離島やへき地へ行っているので,比較的安定した医師の供給がされています。
伴 私も,長崎県で働いていた頃にその制度を経験して,愛知県で研修医のへき地研修プログラムをつくる際に参考にしました。特定の大学や病院ではなく,県全体で医師の養成を支援することは,パブリックなイメージが強く,研修医にも受け入れられやすいようです。
香川県はいかがでしたか。
大原 香川県は,長崎県のような進んだ制度はなく,これまで自治医大の卒業生を中心になんとか回していたというのが実態です。しかし,昨今の産婦人科・小児科不足で自治医大の卒業生がそちらに回ってしまい,田舎の診療所や国保病院へ行く人が減っています。自治医大だけではとてもカバーできないということで,他大学の学生にも来てもらえるよう,地域枠や奨学金制度などの取り組みを始めたところです。
■補完しあう総合医と専門医
伴 奨学生や自治医大生といったジェネラルに診る医師と,大学から来る専門医との関係や役割分担はどうなっているのでしょう。
向原 長崎県では,現在約110人の医師が離島で勤務していますが,自治医大卒は40人ほどです。ほかは大部分が大学から派遣された専門医で,その他10人が個別採用された医師です。
この構成のいいところは,「プライマリ・ケアを担当する養成医」と「大学からの専門領域を持った医師」とが一緒の場で働くことで,お互いを補完しあうという点です。総合医だけでは専門性に乏しいですし,専門医だけでも守備範囲が狭くなる。それをお互いが補いあうことは,素晴らしいことだと思います。
以前勤務していた地域の中核病院では,ほとんどが大学からの派遣でした。そこでは患者さんはそれほど専門領域を必要としないのに,医師は専門医として来ているので,どうしてもギャップが生じてしまいました。医師は「自分の領域ではないから」とモチベーションが下がり,患者さんのほうにも不満が残る。そういう点では,離島の診療所と,専門医だけが診ている病院とでは,患者さんの満足度が違うと感じています。
大原 当院の7人の医師は内科が5人,小児科,耳鼻科が1人ずつです。
内科医のうち3人は,自治医大の卒業生で,以前に診療所や在宅の経験があります。あとの2人は大学や大病院で循環器や血液を学んできた,もともとは専門医ですが,彼らも内科一般を診療し,当直も幅広く対応します。私どものような小規模の病院では「自分の専門しか診ない」という専門医は望ましくありません。
とはいえ,実際はやはり得意不得意があるので,「この患者さんは診られない」ということも時々あります。ですが総合的に診られる医師がいるので,お互いに助け合い,病院としては「何でも診られる」体制を整えています。診療所においても,ひとまず何でも受けて,困れば専門医に紹介するほうがよいでしょう。
伴 今まで地域医療を見てきて考えたのは,500床以下の病院では,内科ではジェネラリストが中心になり,スペシャリストはコンサルタントのようなかたちでかかわるといいのではないかということです。ある程度規模の大きい病院であれば,循環器や消化器が1つのグループを形成するスタイルもいいとは思いますが,いかがでしょう。
向原 その地域の特性と,求められている医療によるでしょうね。専門医のバックアップ,連携にどのくらいの時間を要するか。脳卒中や心筋梗塞といった一刻を争う疾患では,どうすればよりスムーズに専門医と連携できるかで,サポート体制を考えるべきだと思います。
私がいた病院では,その地域全体で脳外科や循環器といったチームを組み,24時間・365日の急患に対応できる体制をつくっていました。この体制のおかげで,地域の医療ニーズに応えることができたと思います。
棲み分けを促進する制度づくり
伴 医療需要増化の原因の1つとして,患者さんが比較的安易に医療機関を受診されるということが,ジャーナリズムではよく指摘されます。
大原 私の地域では,比較的受診を遠慮される方が多いようです。問題になるとすれば夜間の救急だと思いますが,当院は当直が1人ですので,診療時間を6時までと少し遅めに設定し,なるべくその時間までに来院してもらうように工夫しています。
向原 今,長崎では小児の準夜帯の救急センタ...
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