問題を構造として捉えるチカラ(青木眞,富家恵海子)
対談・座談会
2008.04.07
【対談】問題を構造として捉えるチカラ |
青木 眞氏(感染症コンサルタント/サクラ精機(株)学術顧問)
富家 恵海子氏(『院内感染』著者/(株)日本リサーチセンター取締役) |
富家 私が『院内感染』を書かざるを得なかった1980年代後半は,「院内感染」という言葉は,一般人はもちろん,医療者にさえ認知されていませんでした。医療者はポビドンヨード液の入った洗面器で次々と手を洗い,近くに下がっているタオルで拭いてから患者さんを診ていました。抗菌薬も無計画に使用され,「感染症は副次的なもの,起きても仕方ない」という発言さえありました。
でも,患者はその副次的なもので命を落としたり,入院が長引いたりするわけです。「一般人がおかしいと思っているのだから,医療者はもう少し考えてくれませんか」というのが,私の問題提起でした。でも,中には「なんだかおかしい」と悩んでいた医療者もたしかにいたのですね。
青木 感染症の教育が不十分な環境で抗菌薬の使い方に悩んだり,苦しむ患者さんを目にしながらも,なす術がないまま亡くなったりする経験をしてきたのだと思います。
富家 そういう真っ暗闇の状況の中で,『レジデントのための感染症診療マニュアル』がたしかな灯りを示してくれたのでしょうね。今回,若手医師の寄稿を読んで感動しました。青木先生の存在を“心の中のメンター”だとか,教訓を伝える“親父”だとか,いろいろな表現で語っていますが,私はもう少しかわいらしく,“初めて自分の立ち位置を教えてくれた,安心して相談できる母親”なのだと思います。
青木 私としては,ただただ感慨無量です。これらの寄稿を一生大事にして,落ち込んだ時には読んで,「こうやって感染症の道に進んでくれる人が出てきたのだ」と自分を奮い立たせることでしょう。
感染症診療における「4つの軸」
富家 この本の特徴として,最初からディテールに入るのではなく,基本的な大原則を示していますよね。私たち一般企業でも必ずそうするのですが,新しいことを学ぼうとする人にとって,基本原則から学ぶのはとても大切なことです。
青木 それは教える側にとっても同じでした。ある指導医からは「この本を読んで,“4つの軸”で整理すればいいのだとわかった」と感想をもらいました。4つの軸とは,(1)どの臓器に感染症があるか,(2)原因微生物は何か,だから(3)それに対する抗菌薬は何か,そして(4)熱や白血球で治療成果や感染症の趨勢を判断してはいけない,ということです。
これまでは「抗菌薬を乱用してはいけない」と言いつつも,実際に感染症診療を進めるフレームワークが見えなかったのです。そのフレームワークが教える側にも教わる側にも備わったのであれば,筆者として望外の喜びです。
富家 それは院内感染についても同じですね。
青木 そうです。まだ感染管理が黎明期の頃は,「院内感染が問題だ」と言って一生懸命対策を講じているのですが,実体を表わすパラメータがなかった。それは「抗菌薬を乱用してはいけない」と言いながら,そのためにどうすればよいのかわからない臨床感染症の状況と似ていました。そこで,感染管理においては富家さんの協力も得て,サーベイランスの導入を提唱したのですね。
富家 私はふだん調査研究の仕事に携わっていますが,ベンチマークを取らなければ何が起きているかさえわからないですよね。
青木 実はこの国の医療カルチャーは,ベンチマークなしでディスカッションする傾向があるのです。それは,たぶん他の分野においても同じなのでしょうね。
■臨床医が“途方に暮れる”最大の理由
富家 本の序文に「感染症診療の現場で“途方に暮れ,焦り,諦めかけている”研修医・若き医師,医学生を対象としている」という言葉があります。これはご自身の体験も含まれるのですか?
青木 うーん,私も若い時は途方に暮れましたね(笑)。
臨床医が途方に暮れる最大の理由は,「自分の立ち位置が見えないから」。すなわち,「自分はこの問題の構造において,どの部分にいるのか」がわからないから途方に暮れるのです。
例えば,全身転移の末期癌の患者さんが亡くなりそうな時,その現実に対して途方に暮れ,焦るとします。ところが,疾患全体の構造からすれば,実は寿命をまっとうしようとする時期の場合もあります。そこでどんな医療を提供しようと,患者さんのアウトカムは変わらない。こうやって状況が整理できていれば,途方に暮れません。
――「途方に暮れる」といえば,不明熱の患者さんを前にした研修医の姿もイメージされます。
青木 不明熱は,熱の原因が不明ということよりも,どの臓器から熱が出ているかがわからない,つまり先ほどの1番目の軸が不明なのです。1番目の軸が不明だとわかることによって,2番目の軸は「不明熱だから結核」だとか,「不明熱だから黄色ブドウ球菌による心内膜炎だ」というふうに答えが出ます。つまり,不明熱の診療の基本は「不明熱を診ている」という立ち位置をきちんと踏まえること。右往左往するのは,自分が不明熱を診ているという立ち位置がはっきりしていないからです。
私だって,不明熱の原因がわからないことはいくらでもあります。ただ,統計的に調べていくと,原因がわからない不明熱というのは,実は予後がいい。ですから,「危ない不明熱の原因は全部除外した」という立ち位置が宣言でき...
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