地域に看取りを取り戻す(蘆野吉和,川越正平,角田直枝)
対談・座談会
2008.03.31
【鼎談】すべての“自宅に帰りたい患者”の希望をかなえるために地域に看取りを取り戻す |
蘆野 吉和氏(十和田市立中央病院院長)=司会
川越 正平氏(あおぞら診療所院長) 角田 直枝氏(日本訪問看護振興財団事業部長/がん看護専門看護師) |
2006年度の診療報酬改定では,在宅療養支援診療所制度,地域連携退院時共同指導料などが新設され,「病院死」から「在宅死」に向けた大きな制度の転換が行われた。また2008年度の診療報酬改定では,在宅療養生活の支援がうたわれ,在宅医療や終末期医療に関する項目が新設されるほか,訪問看護サービスのより一層の充実をめざして,評価の新設・強化が行われる。
国民が忘れてしまった“地域で死にゆく”ということ。この実現に向け,医療者にはどのような連携,心がまえが求められているのだろうか。そして解決すべき課題は何だろうか。地域・在宅での医療・看取りを支援し,地域の医療者への教育も積極的に手がける3氏に,地域に看取りを取り戻すために必要な方策についてご議論いただいた。
蘆野 2006年の人口動態統計によると,年間の総死亡数108万人のうち自宅で亡くなった方はわずか12.2%の13万人だそうです。昭和50年代に病院と自宅の死亡比率が逆転して以来,病院で医療が患者の最期まで関与する時代が続き,結果的に,病院で最期を迎えるのは当然であると,医療者も,国民も皆そう思ってきました。
しかし2006年の診療報酬改定で,在宅療養支援診療所制度が新設されるなど,終末期患者の看取りを在宅で行っていく方向に保険制度は大きく転換しました。
また昨年,がん対策基本法が施行され,がん治療の体系と目標が示され,がんの初期から終末期までの切れ目ない医療提供体制の整備が打ち出されました。医療費削減,医療機能の分担が強調されるなか,施設間の連携を前提とした病院から在宅に向けた急激な流れが起きています。
いま,在宅の現場ではどのような状況が起こっているのでしょうか。
川越 在宅医の立場から申し上げますと,これまでは最初からあきらめて,病院でそのまま亡くなっていた方を,「在宅という受け皿があるらしいよ」という感じで,適切な言葉ではないかもしれませんが,ポンと放り出すことが散見されるようになりました。以前よりも悪い状態でも自宅に帰ってくる患者さんが増えた印象があります。
蘆野 突然「もう治らないから」といわれて退院し,患者さん本人や家族から相談された訪問看護師が慌ててかかりつけ医を探すことが多いとも聞きます。
角田 そうですね。ここ1-2年,退院の連絡から実際の退院までの時間がとても短くなっていて,「明日退院です。なんとかなりませんか」ということも稀ではありません。
また,退院後しばらくは本人と家族だけで対応していて,やがて通院が困難になった時点で訪問看護,ケアマネジャーに相談に来るケースも多いです。その時点で医師の診察は2-3か月なく,家族が薬だけ受け取りに行っていたという状況になっていることもあります。
患者さんに意向を尋ねると,入院せずにこのまま自宅で過ごしたいという方は少なくありません。その場合,地域の緩和ケアに対応できる医師を紹介することになりますが,必ずしもうまくつながっていないのが現状です。
蘆野 がん診療連携拠点病院であるにもかかわらず「うちでは緩和ケアができないので,ほかへ……」といわれたという話も聞いたことがありますが,状態が非常に悪化してから紹介されたときに症状緩和はできていますか。
角田 自宅に帰ってきた時点から痛いという方は相当数おられます。病院でラダーに基づかない鎮痛薬が処方されているうえに,在宅医も緩和ケアが得意でないと,どの薬がどの痛みに対して使われているのかわからないうちに薬が次々と変更・増量され,患者さんはつらいままで,家族が「見ていられない。救急車を呼ぼうか」となる。
また,退院後しばらく経過してから訪問看護に入るケースで,処方薬を確認すると鎮痛薬が何枚もストックされていたりします。「この薬はどうお使いになっていますか」と聞くと,「痛いときに,痛いところに貼っています」とおっしゃる(笑)。
服用されずに保管されている鎮痛薬,抗がん剤は思いのほか多く,医療者の関与が必要と感じています。
蘆野 当院では「がん総合診療外来」を開設して,がん患者の初診をこの外来が担い,各診療科における治療を調整するゲートキーパーの役割を果たしています。いろいろな病院からの紹介がありますが,初診日に入院になる方は少なくありません。その場合,原因としていちばん多いのは痛みです。
患者さんに「どのくらい痛んでる?」と尋ねると「夜,眠れない」ということがよくあります。2-3日入院して除痛し,外来で治療を継続する方針を立てますが,1週間くらいで急激に悪化して亡くなる方が相当数いるのです。
ぎりぎりまで我慢して治療を受け,やっと紹介されてきますが,その時点でかなり状態が悪くて,痛みもとれていない。私は病院の外来で紹介を受けていますが,在宅につなぐときもおそらく同じようなことが起こっているでしょう。
川越 日本人の約3割ががんで死亡しています。がんはいちばんのコモン・ディジーズであるという視点に立てば,緩和ケアはすべての医療者が習熟すべきことだと思います。
また,がんに関しては病院と在宅がつながるタイミングが遅すぎるということを現在も痛感しています。私たちの診療所の統計ではがん患者の初診から死亡までの中央値が40日という短さです。症状コントロールもドタバタしたなかで行い,なんとか在宅死を支えているのが実情です。
■病院医療者の意識を変える
“病院から投げられる”ことを防ぐために
蘆野 在宅医療,特にがんの在宅医療が普及していない大きな原因は,がん治療医が自施設内で完治させることだけを考えているところにありそうです。
ぎりぎりまで治療を続けて治らないとわかった時点で初めて,緩和ケアや在宅の話をする。それが結果的に“病院から投げられる”かたちになっています。病院の医療者が在宅や緩和ケアを知らないことが,よりよい在宅医療の障害になっている現状がありますね。
川越 病院で最先端治療を行うがん治療医は,がんの完治を目標としますが,残念ながら現代の医学をもってしても,少なくない割合の患者さんが再発して最終的には命を落とされます。
再発した時点で「化学療法A,Bどちらを選びますか。メリット,デメリットはこうです」というだけの病状説明は,バランスを欠いていると考えます。そこには必ず緩和医療という選択肢を入れ,そのなかには在宅という選択肢もあって,それらを並行して行うことは可能であり必要なことだと,すべてのがん治療医が当然の選択肢として患者さんに提示してほしいのです。
角田 患者さんや家族は,「家に帰りたい」「頻繁に病院に来るのは大変だ」と思っていても,病院の職員が誰もその問題を解決する方法を提示しなければ,自分からはなかなかいい出せません。基本的には元の場所にお帰しするのが病院の役割なので,患者さんや家族に,どのような状態になったら自宅へ帰りたいかを伺ったり,自宅へ帰ることを目標に治療を行うと説明することは,入院当初から心がけるべきですね。
蘆野 これまで最期まで病院で診ないと,患者さんも医療者も安心できないという考えに固執していたので,その意識を変えるのはとても大変だろうと思います。今後,病院医療者はどのような視点をもつことが必要でしょうか。
川越 まずは緩和ケアや在宅ケア,訪問看護などの専門性や役割をしっかり理解していただきたいです。そして,院内でも専門外のことは各専門医に相談するのと同じように,緩和ケアチームや地域の開業医,訪問看護師との連携を日常的なパートナーシップと位置づけ,病院主治医は治療を継続的に担う,という役割分担をすることで,地域ごとにしかるべき連携体制が築かれていくと思います。
また,自施設内で転床させるときに,相手側の病棟の都合を聞かずに一方的にということはあり得ないですよね。地域全体を病棟と捉えて,在宅へ転床すると考えれば,患者さんが“投げられる”ことも防止できると思います。
角田 退院して在宅に移行するときは,患者・家族がいちばん不安になるタイミングですから,なおさら丁寧にコーディネートしていただきたいですね。
2008年度の診療報酬改定で「退院支援指導加算」「退院時共同指導加算」が新設されますが(註1),患者・家族の不安を取り除く意味で重要な評価だと思います。病院と在宅側の共同カンファレンスは移行期の情報共有の場として大切なものです。
連携促進のための具体的方策
蘆野 地域連携パスに対する評価も進んでいますが,その意味を真に理解している病院医療者はまだ少ないですね。医療者同士がお互いを知らないことで相互不信になっている部分もあるかもしれません。
連携の方法論は数多くありますが,顔の見える関係を定期的につくることで可能になると思います。ただ,言うは易しですが,実は医療者間の相当な努力が必要な部分です。
当院では院長が在宅ホスピスケアを行っていますが(笑),患者さんの自宅周辺に連携できる在宅医がいれば,まず患者さんを退院させて在宅での緩和ケアを導入した後,直接その開業医のところへ伺ってお願いする,顔の見える関係づくりを大事にしています。当地域では,当院が唯一の中核的な医療機関であるため,私たちが主体的に動くことで,ある程度,地域の在宅医療システムが完成すると思っています。
角田 訪問看護師は,「退院した患者さんが自宅でこのように生活をしている」「地域の先生が担当された後,このように安らかに亡くなりました」と,病院の主治医や病棟看護師へのフィードバックをよく行っています。
また,病棟と合同のデス・カンファレンスでも,最期を自宅で暮らせることを伝えているよ...
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