医学界新聞

連載

2008.03.24

研究以前モンダイ

〔 その(12) 〕
認識論間マルチメソッド研究を上手に実施する方法

西條剛央 (日本学術振興会研究員)

本連載をまとめ,大幅に追加編集を加えた書籍『研究以前のモンダイ 看護研究で迷わないための超入門講座』が,2009年10月,弊社より刊行されています。ぜひご覧ください。


前回よりつづく

 前回は,認識論が操り人形を繰るように研究実践の方向性を規定しているという「認識論の呪縛」の話を踏まえたうえで,マルチメソッド・ミックスメソッド・トライアンギュレーションにかけられた呪縛を解くツールを整備してきました。今回は研究実践例を通してさらにマルチメソッドのモンダイについて考えていきたいと思います。

2タイプのマルチメソッド

 研究以前のモンダイから見ると,マルチメソッドはシンプルなタイプと,複雑なタイプに大別することができます。シンプルなマルチメソッドとは,認識論を一つに固定した上で分析手段だけを質的アプローチ・量的アプローチといったように併用する方法です。

 これは表面的には質的・量的といった大きな違いがあるように見えますが,同一の世界像(観)の中で,分析手段を変えるだけですから特に問題はありません。それはいわば同じサッカーというルール(認識論的前提)上で,フォワードとディフェンダーといったように,異なるポジションであるという程度の違いでしかないためです。

 他方,マルチメソッド特有の難しさを抱えるのは,異なる認識論間の方法論を併用する場合です。これはいわば,同じフィールド上で,サッカーとラグビーといった異なるスポーツが混在している状況に似ており,素朴にプレーしているとさまざまな困難にぶつかってしまうのです。

 では,どうすればよいのでしょうか? そうです。本連載の読者ならお馴染みのモンダイバスターである構造構成主義を導入すればよいのです。以下で,研究1と研究2という2つの研究からなり,それぞれが背反する認識論に依拠したマルチメソッド研究を例に,そのコツについて説明していきましょう。

ステップ1:構造構成主義の導入
 まず本研究がマルチメソッド研究であることを踏まえたうえで,異なる認識論的枠組みを併用する際に機能する構造構成主義を導入することを明示化します。これによって,前回お話しした「現象」「関心相関性」といった方法概念(ツール)を使用可能な理論的基盤を得たことになります。

ステップ2:研究全体の目的を設定する
 関心相関的観点からみれば,認識論(現象を認識する視点)の選択が妥当なものかは研究目的に応じて決まることになります。したがって次に,研究1と研究2を包括するような研究全体の目的を設定するようにします。たとえば「『医療事故』について,医療現場における実態調査と,マスコミにおける報道を質的に分析するマルチメソッド(トライアンギュレーション)によって多角的に検討することで,『医療事故』の総合的理解をめざす」といったように研究1と研究2を包括するメタ目的を設定するのです。

ステップ3:認識論の関心相関的選択
 ステップ3では,ステップ2で設定した目的に照らして,それぞれの認識論を選択したことを明示します(これが前回お話しした「認識論の関心相関的選択」です)。それによって,上述したメタ目的(関心)に照らして,研究1では客観主義を認識論とした実態調査を実施し,研究2では社会的構築主義を認識論として,報道により構築された側面を質的に検討するというように,双方を矛盾なく位置づけることができます。

一見矛盾する結果をどう解釈すればいいか?

 マルチメソッド(トライアンギュレーション)にはもう一つモンダイがあります。背反する認識論に依拠するわけですから,同じ事象について,研究1と研究2から一見矛盾する結果が得られることも珍しくありません。

 たとえば,研究1で,全国の医療事故に関する大規模な実態調査(数量的研究)を行った結果,「事故は増加している」という結果が得られたとします。他方,研究2では,加熱するマスコミの報道や裁判という形で言説化されることによって,「医療事故」は社会的に顕在化していき,それによって人々は医療事故が増えているという印象を持つという「構築される医療事故」像が呈示されました。

 さて,医療事故は実際に増えているのでしょうか? 言説によってつくられているのでしょうか?

 こうした場合,従来であれば,どちらかの認識論を軸に解釈し,たとえば研究1の大規模な実態調査だけを重視し,「調査の結果,実際に医療事故は増加していると結論できる」といったように論文としてまとめていくことになります。

 しかしながら,そうした判断をするということは,片方(この場合は客観主義)の認識論を無条件に是とすると同時に,もう一方の認識論(社会的構築主義)を根拠なく否定してしまうことを意味します。これでは認識論にヴァリエーションをもたせた意味はなくなり,マルチメソッド研究の特長を活かすことはできません。

ステップ4:結果を構成された構造として捉える
 それではこのモンダイはどのように解消していけばよいのでしょうか? 構造構成主義の観点からは,いかに厳密な調査を行ったとしても,それらの結果は「真実」ではなく,「○○という認識論的立場から,△△という対象に対して,□□というアプローチを採ることで,××という結果が得られた」といった諸過程を経て得られる「加工物」(構成された構造)に過ぎません。

 したがって,結果の段階では,まず「研究1の客観主義を認識論とした実態調査の結果○○となり,研究2の社会的構築主義を認識論とした質的研究の結果は××となった」といったようにそのまま受け取ればよいことになります。

ステップ5:双方の認識論を加味して総合的に考察する
 その後の考察では,どちらの結果も尊重しつつも,認識論を加味した考察をすることになります。たとえば,研究2では大規模調査を実施しているわけではないのですから,「研究2の結果,医療事故はすべて構築されたものであることが明らかとなった」と主張することには,やはり無理があります。

 この場合,たとえば次のような考察が考えられるでしょう。

 「研究1の結果からは,現場における『医療事故』は実際に増加していると考えられる。しかし,他方で,社会的に受け止められている“増加”の一部は,『医療事故』が報道や裁判といった形でクローズアップされるようになったため顕在化したものである可能性が示唆された」。

 このように構造構成主義を導入することによって,メタレベルの軸ができるため,軸がぶれずに結果をそのまま受け取り,各認識論の性質を加味して総合的に解釈しやすくなるのです。

超メタ理論を使わないとどういう不具合が生じるか?

 えっ,超メタ理論(構造構成主義)など導入せずとも,そのぐらいふつうにできるですって?

 もちろんできないことはないのですが,認識論的な正当性を担保することは難しいでしょう。それは端的に以下のような質問によって顕在化します。

 「研究1で客観主義,研究2で社会的構築主義を用いるあなたの認識論的立場は何ですか?」

 もしこの問いに理論的に返答できないならば,それは自らの立脚点を対象化(自覚)できておらず,その立脚点の妥当性を批判的に吟味できなくなっているということを意味します。繰り返し述べてきたように,自らの認識論的立場を相対化(可視化)しておくことは,不毛な信念対立に陥らないためにも,また選択した認識論が研究目的を達成するために妥当なものかを他者が吟味できるようにするためにも,不可欠なことなのです。

 構造構成主義を導入したことを明示することで,先の問いに対して「本研究は,認識論間マルチメソッド研究に理論的基盤を与えるため,通常の認識論(メタ理論)のさらにメタレベルに位置する超メタ理論として構造構成主義を採用しています」と明確に返答することが可能になるのです。

 以上のことから,構造構成主義は多様な認識論を用いたマルチメソッド,ミックスメソッド,トライアンギュレーションといった研究を実施する際の認識論的基盤として機能する,唯一の理論的枠組みであることがおわかりになるかと思います。

この項つづく


西條剛央氏 関連情報
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