医学界新聞

インタビュー

2007.09.17

 

【interview】

認知行動療法、べてる式。
伊藤絵美氏(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)に聞く


 「浦河べてるの家」(以下べてる)は,精神障害を抱える当事者らによって開設された有限会社・社会福祉法人。「べてるはいつも問題だらけ」「昇る生き方から降りる生き方へ」など数多くの“名言”でも知られ,当事者が自己病名をつける「当事者研究」や幻覚や妄想を語る「幻覚&妄想大会」などユニークな活動が行われている。しかしこれらは「べてるだからできること」と思われがちだ。

 このたび医学書院から発行された『DVD+BOOK認知行動療法、べてる式。』の著者のひとりである,臨床心理士の伊藤絵美氏(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)は,べてるの活動は認知行動療法の視点からの説明が可能であると語る。「べてると認知行動療法のインターフェース」についてお話を伺った。


上手に自分を助ける練習

――まず,認知行動療法とはどういうものかご説明いただけますか。

伊藤 ひとことで言うと「自助の援助」。つまり当事者のセルフヘルプを側面から手助けするツールで,他の心理療法と比べて教育的なアプローチが特徴です。クライアントさんとセルフヘルプの考え方・やり方を一緒に練習し,「今よりもう少し上手に自分を助けられるようになる」手助けをします。

 治療というよりは習い事に近い感じですね。料理教室で,今よりもう少し料理が上手になって,自分でおいしいものを作れるようになる練習をするのと同じです。ですから,重要なのはセッションで練習したことをいかに日常生活で活かすか。教室に来た時だけおいしいものを食べられても仕方ないですよね。「身につけてもらう心理療法」だということが,1つのポイントです。

 もう1つ大事なのは,当事者自身が自分の体験を自分で理解できるようになることです。悪循環にはまった時,単にお話を聴くのでなく「その時自分の中で起こったこと」をモデルを使って外在化し,一緒に理解していきます。

 「悪循環」と言いましたが,今ある問題すべてをきれいに解決する必要はありません。悪循環とは「どつぼにはまった状態」と言い換えてもいいかもしれませんが,その循環からどこかで抜けられればいいだけの話なんです。

 たとえば「嫌な上司がいる」という「状況」があったとき,それに対する反応には,「認知」(ex.仕事に行きたくない)「気分」(ex.ゆううつだ)「身体反応」(ex.頭痛がする)「行動」(ex.仕事を休む)の4つがあります。

 このとき,状況を変えるのは難しいですし,気分と身体反応はコントロールできません。そうすると,工夫や選択が可能なのが認知と行動です。たとえば,健康な人が行っている認知的な工夫には,「まあ,いいか」と流したり,「むこうが悪いんだ!」といったものがあります。行動も同じで,涙が出るのは生理的な反応ですが,そこで一発泣いてみせることも,グッとこらえることもできる。つまり,「認知」と「行動」の面でどういう工夫をすれば今自分がはまってしまっている悪循環から抜けられるのかを一緒に探していく。これが認知行動療法なのです。

セッションの構造化

伊藤 認知行動療法の仕掛けの一つに「構造化」というものがあります。通常の心理療法は,クライアントさんが好きなように話をして時間がきたらおしまい,というパターンが多いと思います。これは,自然な話の流れを共有するという利点はありますが,どう転ぶかも何年かかるかもわかりません。

 一方,認知行動療法では,1回のセッションでの時間の使い方も,全体の流れをどう進めていくかも全部決まっています。これが「構造化」で,カウンセリング全体の流れを図示して初回にクライアントさんにお渡ししています。

――可視的な構造化によって,クライアントさんもやりやすいのでは?

伊藤 図を見せて説明した瞬間に食いつきがまったく変わってきます。やはりいらっしゃる方も不安なのです。お金もかかるし,「何年かかるんだろう」と。いろいろなところを転々として来る方も多いので,「どうせここも同じだろう」と思っていらっしゃる方も多い。その時に,自分でできるようになればここに来る必要がなくなることを説明して,「それまでのプロセスはこうですよ」とお話しすると,とても納得してもらえます。「これを見てすごく安心した」という声も聞かれますね。

 看護計画と同じだと思いますが,マップのようなものなので,目的地はここで,今,自分たちはここまで来ていると確認しながら進めていくのです。

 そういう意味で,1回のセッションの流れも,絶対になりゆき任せにしません。はじめに「橋渡し」といって,前回から今回にかけての出来事や変化を確認し,そのうえで,今回のセッションで何をするかを決めます。この「アジェンダ設定」が非常に重要で,今日のセッションのアジェンダ(項目,課題)をクライアントさんと一緒に決めて,それに沿って話し合いをします。最後は必ずまとめの時間をとって,そこで次回までの宿題を決めます。宿題も,カウンセラー側が押し付けることはせず,一緒に決めるのです。まとめの時間では,クライアントさんからのフィードバックが重要です。いいことを言って終わり,ではなく,「本当はこの話がしたかったのにできなかった」とか,「次回はこうしてほしい」など,苦情や注文がある場合もあるので,それを大事にしています。

■べてる的認知行動療法とは

――べてるの家に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

伊藤 1つは,「場の力」というものです。もともと私は精神科のクリニックに勤めていたのですが,そこでデイケアを立ち上げたことがきっかけでした。クリニックの時に実感しましたが,やはり1対1の治療や家族療法ではどうにもならない患者さんもいるのです。週1回,1時間面接して,そこで宿題を出すなどして患者さんの日常生活を治療に組み込もうと努力するのですが,患者さんによっては非常に難しい。そういう人が,デイケアに行きはじめると,とたんに変わってくるのを何度も目の当たりにしました。どんよりしていた統合失調症の方などが,デイケアという日常を過ごす場ができると,治るわけではないのですが,生き生きとしてくるのです。生活が豊かになるというか,人とのかかわりが豊かになるというか。

幻聴や妄想を話題にしてもいい!

伊藤 そのように,「場の力ってすごい」と思ったことが1つ。もう1つは当時から感じていた,幻聴や妄想に対する一般的スタンスへの疑問でした。

 デイケアには統合失調症の方が多いのですが,心理療法の世界では幻聴や妄想の話は症状を悪化させるとして,タブー視されていました。私もデイケアを始める前は,患者さんと面接していても,積極的に避けるわけではないのですが,暗黙の了解のように「お互いに礼儀正しく妄想の話はしない」という感じでした(笑)。それが,デイケアで皆で一緒に料理をしたり散歩に行ったりしていると,統合失調症の方が,自分の妄想をわりと当たり前のように話すのです。本人が妄想とわかっていて話す時もあれば,わかっていない時もありました。

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