医学界新聞


「心も身体も救える」医師をめざして

インタビュー

2007.09.10

 

【interview】
上條吉人氏(北里大学医学部救命救急センター)に聞く

「心も身体も救える」医師をめざして
精神障害のある救急患者にどう対応するか


 『精神障害のある救急患者対応マニュアル――必須薬10と治療パターン40』(医学書院)が発刊された。救急センターには自殺企図患者をはじめ,精神障害を抱える患者が多く搬送される。また,入院後に生じる精神科的問題もあり,救急の場における精神科の需要は多い。しかし,実際は精神科医の常駐する救急センターは数少ないのが現状である。本紙では,精神科から救急への転身というユニークな経歴を持つ,著者の上條吉人氏(北里大)にお話を伺った。


――精神科医が常駐されている救急センターは少ないとお聞きしました。

上條 おそらく全国で数か所しかありません。その点で北里大学病院救命救急センターは非常に恵まれていて,僕を含めて2人,精神科を診られる救急医がいます。

 僕はもともと精神科にいたのですが,担当していた患者さんが自殺をしてしまったことをきっかけに,心も身体も診られる医師を志して救急に転科しました。もう1人の女性医師は,もともと救急にいたのですが,精神科をサブスペシャリティとした救急医になりたいと,精神科で3年間研修を積んで戻ってきたところです。

救急患者の3割に精神障害が

上條 救急センターで治療を受ける患者さんの3割には,何らかの精神障害があります。そのうちもっとも多いのは自殺企図患者です。自殺企図患者は救急センターで治療を受ける患者さんの1割以上を占めますが,90%以上に何らかの精神障害があり,残りの10%にも性格的な問題などが指摘されています。

 もともと精神障害のある方が,重篤な身体合併症や向精神薬の副作用で運ばれてくることもあります。例えば,統合失調症の治療薬の重篤な副作用として悪性症候群は有名ですが,エコノミークラス症候群として一般の人にも知られるようになった,肺動脈血栓塞栓症もその一つなのです。

 また,外傷や身体疾患などの理由で救急センターに入院された患者さんが,入院後にさまざまな精神症状をきたすこともあります。その1つがせん妄です。せん妄は高齢者や,慢性の脳血管障害がある方など,脳機能そのものに脆弱性がある方がなりやすい。そういう素質を持った方に,身体疾患に使われている薬や臓器障害が直接の原因となったり,救急医療のなかで生じるストレスなどが誘因となってせん妄を発症します。せん妄は幻覚や錯覚などの症状を呈するほか,失見当識が生じて自分の置かれている状況がわからなくなったりします。これらの症状は患者さんを不安や恐怖から興奮状態にさせ,治療に障害をきたすため,きちんと対応しなければなりません。

 それから,アルコール依存症のある方も多く運ばれてきますが,そういう方が,入院を契機に断酒することで,いろいろな離脱症状を起こします。なかでも,振戦せん妄はそのものが命にかかわることもあるのですが,せん妄の症状に加えて,高熱,著しい発汗や血圧の上昇といった激しい自律神経症状や振戦をきたします。

 また,救急の特徴で多いのが,頭の外傷です。脳に損傷をきたした患者さんが,脳機能が回復してくる経過のなかで,さまざまな精神症状を呈するのです。なかには,医療者に対して被害的になったり,暴力的になる方もいらっしゃいます。

救急の場に精神科医が行きにくい現状

上條 このように,救急患者さんの3割はさまざまな精神障害をお持ちなのですが,救急センターのある病院でありながら精神科医が1人もいないところが大多数です。仮に精神科医がいたとしても,救急から依頼されて往診にくる程度で,先ほどもお話ししたように,救急センターに精神科医が常勤しているケースはきわめて少ない。精神障害の症状はせん妄のように夜間に激しくなるものもあるので,現場の救急スタッフが非常に困惑しながら対応されていると思います。

――それだけ必要性があるにもかかわらず,精神科医のいる救急センターが少ない理由は,何でしょうか。

上條 一つには,精神科を志すタイプの人というのは,救急を志すタイプとまったく違うということがあります。救急というのは非常にせっかちなドクターが,時には救急患者を前にエキサイトしたりする現場です。ですから「必要とされているから」と志して行く精神科の先生がいても,そういう現場を見て一歩下がってしまう。続けていくのが難しいというのが現状です。

■「理性的な自殺」などほとんどない

自殺念慮は「症状」である

上條 自殺企図患者さんについてもう少しお話しします。先ほど90%以上に何らかの精神障害があるとお話ししましたが,自殺の三大精神障害といわれるのが,「うつ病」,「統合失調症」,そしてアルコールや覚醒剤などの「薬物関連障害」です。

 自殺企図で救急に来られる患者さんは,精神科においても最重症の方です。短期間で,身体的に問題のない状態になって精神科へ移すことができればいいのですが,多発外傷などで救急での入院期間が長くなる場合には,こちらできちんとした精神科的治療もしなければいけません。

――本書のQ&Aにも書いてありましたが,「自分の意思で自殺する患者さんを助ける必要はあるのか」という疑問もあるそうですね。

上條 僕は,「助けなければいけない」とはっきり言っています。

 この救急センターに来た当時には,特に外科系の医師の精神障害者に対する冷たい扱いをよく目にしました。えてして,救急センターではそうなのですが,「本人も死にたいと思っているのに,どうして助ける必要があるの」と言われることがあります。当時は僕も下っ端でしたから,いろいろ反論したいのをこらえながらやっていました。

 しかし,先ほどお話ししたように,自殺企図者の90%以上は,何らかの精神障害を持っています。

 いちばんわかりやすい例で言えば,うつ病における自殺念慮というのは,精神症状の1つなのです。もともと何も問題のない人が,うつ病になると「死んだほうが楽だ」とか,「まわりに迷惑をかけるくらいなら死にたい」などと言い出します。ところが,きちんと治療して治ると,「なぜ自分はあんなことを考えたんだろう」とおっしゃいます。その時は死にたいと思っていても,うつ病の治療をすることで,そういう気持ちはなくなってしまうんです。こころの病気が「死にたい」と思わせているわけですから,「本人の気持ちを尊重しよう」というのは正しくない。「理性的な自殺」というものはほとんどない,ということです。

 うつ病というのは,基本的には治ります。われわれは,自殺企図でこられた方の命を救うだけでなく,精神科的にもきちんと対応して,場合によっては他の施設の治療につなげて,もとどおり社会に帰してあげることが大切だと思います。

社会的損失としての自殺

上條 自殺で死んでしまう方を自殺既遂者というのですが,一般にその10倍の自殺企図者――未遂者がいると言われています。私がこちらに来た1992年当時は,自殺で亡くなられる方は,年間2万数千人でしたが,98年を境に3万人を超して,今もその状態が続いています。つまり,単純に考えて,当時は20万人程度だった自殺企図者が,今は30万人いるということです。

 本にも書きましたが,今,疾患を社会的な損失の観点から考えようとする尺度があります。その尺度で見ると,2020年には,うつ病は全世界で2番目になると言われています。要するに,社会的な損失を量ったら,うつ病は全世界で2番目にくる疾患ということで,働き盛りの世代の自殺による死亡が大きく寄与しています。したがって,われわれがそういう方の命を救って,心を治療して社会復帰させることは,大きな社会貢献になるわけです。ですから,自殺企図者の方たちを救うのは広く社会貢献をしているのだ,という自負を持っていただけたらと思っています。

早期から向精神薬の投与を

――本書では,救急における精神科必須薬を10点挙げていただきました(表)。

 救急医療における必須薬10――この薬物でたいていの精神科的問題に対応可能
精神
治療薬
抗精神病薬 ブチロフェノン
誘導体
(1)ハロペリドール
  (セレネース®,リントン®
フェノチアジン
誘導体
(2)レボメプロマジン
  (ヒルナミン®,レボトミン®
(3)プロペリシアジン
  (ニューレプチル®
SDA (4)リスペリドン
  (リスパダール®

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook