医学界新聞

連載

2007.08.27

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第32回〉
麻原教授の憂うつ

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 地域看護学の麻原きよみ教授はこのところ憂うつそうであった。保健師教育の改革の必要性を強く感じているが,なかなか周囲の理解を得られない。「周囲」とは,大学の同僚から実習先の機関,国の制度まで範囲は広い。さらに,そういった周囲に理解してもらうための説明にも困難を感じていた。

保健師の現在

 そこで,私は麻原教授の憂うつの本質を解明するために取材をすることにした。彼女は熱く語った。

 「保健師の役割のひとつには,国の施策を具体化することがあり,そうした事業を行ってきました。最近では,介護予防事業や精神障害者の自立および地域生活支援,また医療制度構造改革に伴う特定健診・保健指導の着手などがそうです。国の施策が法律を伴って現場におりてくる。それに追われていて,地域の実情に見合った独自の視点をもり込んだ保健事業を策定するなどといったことが少なくなりました。それに,精神,母子,障害者などに関連した業務別に保健師が配置されているため,地域の健康課題が全体的に見えづらくなっているのです。人口が2000人から3000人という小規模自治体では保健師の配置が1人のみのこともあり,新人保健師は現任教育を十分にされないまま現場で仕事を開始することになり,上司が事務局職員となる場合もあるのです」

 「保健師は,個人,家族から集団,地域へと視点を変え,コミュニティの診断を必要とします。そのために,疫学や社会学的方法論を修得する必要があり,地域文化や環境のアセスメントなどにも精通しなければなりません。さまざまなデータから生活実態を読み解き,影響要因を探りながら事業を企画し実施する。さらに,実施した事業を評価するための手法の開発も同時にしていなければなりません」

 具体的に成功例をあげて説明してほしいという私の要請に応えて,O町のH保健師の活動が語られた。

 「H保健師は日頃の活動から,精神障害者がどこにも行き場のないことがわかりました。そうした障害者が地域に何人もいることがわかったのです。近隣の人々は,精神障害者のことを怖いと思い,漠然とした不安を持っていました。そこで,H保健師はまず精神障害者の家族会をつくることから始めました。保健所などの関連機関と住民が連携して,精神障害者が通所し作業を行って収入を得ることのできる作業所をつくりました。その過程でH保健師は,精神障害者が入院するといくらかかるか,作業所によっていくらの経済効果があるかを試算して町の行政を説得しました。作業所ができてから,近隣住民は精神障害者への理解を深め,気遣うようになりました。精神障害者の作業所は“地域の社会資源”であり,社会資源をつくることで精神障害者の生活の質とその維持を担保することができたのです。オンデマンドの制度や施策が,生活の質の保証につながっていくのです」

大先輩の業績に学ぶ

 麻原教授が私に推薦してくれた『無名の語り』(宮本ふみ著,医学書院,2006年)には,ひとりのすぐれた保健師の活動が1

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