マネジメント実践の自己評価(陣田泰子,井部俊子,太田加世)
2007.08.27
【座談会】今日からできる!マネジメント実践の自己評価 |
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井部俊子氏(聖路加看護大学学長)
陣田泰子氏=司会(聖マリアンナ医科大学病院副院長・看護部長) 太田加世氏(元・聖路加看護大学助手) |
“よいマネジメント”とは何を指すのだろうか。管理者としての自分の成長は,どうやって測ればいいのだろうか――。このたび刊行された『ナースのための管理指標 MaIN』では,マネジメントにおける最低限の課題を厳選して指標化。設問に答えていくだけで自らの実践を自己評価できるユニークなツールとなっている。看護管理者として現場に立つ陣田泰子氏が,指標開発に携わった井部俊子氏,太田加世氏に聞いた。
看護管理のMDS,共通言語をつくりたい
陣田 いま臨床現場では,特に師長レベルが医療の変貌に翻弄されています。しかし,その師長のマネジメント次第で,病院が良くもなり悪くもなるところがあります。その大事なキーパーソンである師長をターゲットにした『ナースのための管理指標 MaIN』が発行されました。今日はその『ナースのための管理指標』の監修者である井部さん,編著者のおひとりである太田さんをお招きして,指標開発の経緯や今後見込まれる発展についてお聞きしたいと思います。最初に井部さんから,指標開発の背景をお聞かせください。
井部 『ナースのための管理指標』の「はじめに」でも書きましたが,私は看護管理者だった10年以上前から,MDS(Minimum Data Set)に関心を持っていました。MDSは「把握すべき最低限のデータ群」という考え方で,介護分野では対象者の特性などに関わらず広く使われています。看護管理においても,こうしたMDSの考え方が必要ではないかと思ったのです。
というのも,その当時ある研究会で転倒転落事故について話す機会があり,転倒の発生場所や時間帯などのデータを報告したのですが,そもそも事故件数のまとめ方について標準化されたデータベースは一切なくて,話がなかなか通じなかったのです。これでは比較のしようがありません。看護管理者同士のいわば共通言語がない状況で,「これは何とかしなければいけない」と考えたり考えなかったりして(笑),長い年月が経ちました。
その後,大学教員の立場になり,平成16-18年度科学研究費補助金を得て「医療機関における看護サービスの提供と質の保証のためのデータベース開発に関する研究」を行うことができました。この研究がMaINの土台になっています。この時の名称は「日本版看護管理ミニマムデータセット(Nursing Management Minimum Data Set;NMMDS-j)」でしたが,今回の出版を機に「ナースのための管理指標(Management Index for Nurses)」と改めました。英語表記の頭文字から取った通称MaIN(マイン)には,“私のもの(mine=マイン)”という意味も含まれています。
陣田 看護部長時代からの長年の夢が実現したということですね。
井部 そうですね。しかしこの成果は,太田さんをはじめとする研究会のメンバーに拠るところが大きいです。「看護管理のためのMDSをつくりたい」という発想自体は私の中にありましたが,研究会のメンバーとの創造的なディスカッションを通して,ようやくひとつの形になりました。
文献レビューから妥当性検証までの3年間
陣田 それでは太田さんから,研究の経過をご紹介ください。太田 研究は3年間で,1年目は文献レビューを行いました。国内には看護管理の指標がないことがまずわかり,次に海外も調べてみました。すると,NMMDSというアメリカで開発された指標があるにはあったのですが,いざ日本の現状と照らし合わせてみたところ,やはり師長の役割自体が日米でかなり違いました。アメリカでは,予算の獲得から支出に至るまで師長がかかわっていて,指標もその部分が大きなウェイトを占めていたのです。ですから1年目の文献レビューの結論としては,日本独自の指標を開発しなくてはいけないということになりました。
2年目からは看護以外のメンバーも加わりました。北陸先端科学技術大学院大学の大串正樹さん(医学書院発行『ナレッジマネジメント』著者)には経営分野全般にわたる文献レビューをお願いし,そこから抽出されたのがMaINの骨格になった6つのカテゴリ「計画・動機づけ・教育・コミュニケーション・組織・安全」です。
(1)計画: 組織の目標をメンバーが理解し共有しているか。 (2)動機づけ: 個人のやる気を大切にして,これを支援しているか。 (3)教育: 新しい知識を取り入れた学びあえる組織か。 (4)コミュニケーション: 個人個人の意思疎通は十分にできているか。 (5)組織: 効率的に組織運営ができているか。 (6)安全: 成果が結果として安全に生かされているか。 |
陣田 すると6つのカテゴリは,もともと文献レビューから生まれたのですね。
太田 そうです。
井部 カテゴリを決める時に,とても印象深かったことがあります。私たち看護職というのは,真面目に文献を読みあさるのですが帰結になかなか導けない。“えいやっ!”と決められないわけです。しかし,大串さんは「つくってみて,それを検証していけばいい」というスタンスで大胆に抽出していく。そのプロセスがとても参考になりました。知識科学という緻密な学問を修めた人が大胆に意思決定していくというのは,アンバランスゆえに面白かったです。
陣田 最初から完璧なものを求めるのではなく,「使いながら検証していく」,「利用者とともに創っていく」というスタンスは,すごくいいですね。
太田 6つのカテゴリにそれぞれ設問がありますが,これらはメンバーがお互いの体験を話し合いながら作成しました。こうしてできた指標をもとに,2年目後半には24病院91病棟で予備調査を,さらに3年目には579病院1762名を対象に本調査を行っています。これら調査で指標の妥当性を検証して修正を加え,3年目に報告書としてとりまとめました。
中小病院におけるマネジメント能力の開発を
井部 試用していただいた病院のいくつかでは,インタビューも行っています。ある病院の師長たちの感想では「感覚がぴったりでした」と言われて,その時に「これでいける!」と確信が持てました。看護管理学会の交流集会などでも感想を聞いていますが,内容の妥当性については現場の師長たちが支持してくれたと思っています。太田 インタビューを引き受けてくださった病院は,一様にそう言ってくださいました。一方で「話せるようなことはしていないので……」と断られた病院もあります。
陣田 「話せる」というのは?
太田 話せるほど立派なマネジメントはしていないとか,あるいは「自分個人としては受けたいけど,病院側から“やめてくれ”と言われた」という話もありました。
陣田 いまだにそういう寂しい話もあるのですか。
太田 あります。予備調査の時も最初は回収率があまりよくなくて,連絡を取ってみました。すると,自己評価ということは理解してもらっているのですが,それでもなお抵抗感があるようです。「設問に○がつくようなマネジメントをしていないので,お返しできません」と断られたこともあります。
陣田 評価に抵抗があるのは,「評価=マイナス評価」と思ってしまうからですね。本当はそこそこのマネジメントができているのかもしれませんが,他の病院の実情がわからないので比較が恐いという面もあるのでしょう。
太田 これまでのマネジメント指標は先進的な大規模病院が対象で,中小病院の多い日本の実情とはかけ離れたものでした。MaINは「すべての看護管理者が」,「膨大なデータを揃えなくても手軽に」,「日々の看護実践で活用できるもの」をめざして開発しました。ですから,本当は調査を断られたような病院でこそお話を伺いたかったと残念な気持ちです。
陣田 今回MaINが書籍として社会に出ることで,そうした状況が開かれるきっかけになるのではないでしょうか。
太田 マネジメント能力の開発を,もっと身近なものとして感じてもらいたいと思います。
個人のバランス感覚 組織のバランス調整
陣田 6つのカテゴリはマネジメントのサイクルとだいたい似ていますが,そこに「安全」も入っているのですねこの記事はログインすると全文を読むことができます。
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