スピリチュアル・ブーム(2)
スピリチュアル・ブームと「日本的便利さ
連載
2007.08.06
生身の患者と仮面の医療者 - 現代医療の統合不全症状について - [ 第5回 スピリチュアル・ブーム(2)
名越康文(精神科医)
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(前回よりつづく)
他者からの撤退
他者との軋轢からいかに遠ざかるかを突き詰めてきた「日本的便利さ」。その象徴は戦後一直線に生じた家庭崩壊といっていいでしょう。あらゆるものが便利になった後,唯一「不便なもの」として残ってきた家庭内のコミュニケーション。僕ら日本人は,その不便さ,煩わしさを解消するために,自ら家庭を崩壊させる道を選んできたのだと思います。「便利さ」ということの本質は,人=他者から遠ざかるということだといい換えてもいい。前回,スピリチュアル・ブームとは,そうした「日本的便利さ」の行き着く先として,満を持して登場したのではないかと述べました。いい換えるならそれは,「他者から遠ざかる」ためのツールとして,スピリチュアリズムが使われているんじゃないかということです(これは,かつて僕が体験したグループ療法の中でのスピリチュアリズムとは正反対の方向性です)。
平穏な日常生活のなかに,少しずつ,他者から撤退していく動きが垣間見える。さらに,その動きが少しずつ加速している。傷つきたくない,自分の庵の中でひっそりと生き続けたい。社会に守られながらも,対人関係からゆっくりと撤退し,自己の居場所を少しずつ縮める,そういう生き方が広がっていることが,僕は少し恐ろしい。スピリチュアル・ブームは,そうした「自己完結を求める意識」が社会的に広がっていることとシンクロしているように思うのです。
自己完結の巧妙なロジック
「自己完結を求める意識」は,スピリチュアル・ブームに限らず,ほうぼうに認められます。僕らは「他者から遠ざかる」というと,空間的に他者から遠ざかることを連想します。しかし,いま生じているのは,自己の境界線をどんどん自分の内面の,奥深くに持ってくるということです。つまり,満員電車でギュウギュウ詰めになって,どれほど身体レベルの接触があったとしても,自己の境界線は犯されないくらい,内側に「自分」をつくってしまう。こうなると,もう「他者」とコミュニケーションすることは致命的に困難になります。近年,「自分で自分を受け入れたい,許したい」といった言葉をよく耳にするようになりました。でも,冷静に考えてみれば,「他者に受容されること」なくして,自己受容なんてないんです。しかし,今語られているのは「自分で自分を」なんですね。さらにはっきりいえば「他者には関わりたくないけれど,他者に受容されたい」という,矛盾した願望が当たり前のように語られているわけです。
スピリチュアル・ブームはこういう矛盾した「自己受容」へのニーズを見事にサポートしています。スピリチュアルカウンセラーなる赤の他人が,消費者の「自己」を受容してさしあげる。つまり,本人のことをまったく知らない人が他者の役割をするということが,システム化されている。
これはなかなか巧妙なつくりです。「他者には関わりたくないけれど,他者に受容されたい」という願望に答えるには,「これしかない」というくらいよくできている。スピリチュアルカウンセラーは,本当はこっちのことなんか何にも知らないわけですから,消費者は傷つけられる心配はありません。一方で,こちらの辛い面や汚い面,孤独を理解し,受け入れてくれる――というよりも,本やメディアを通すわけですから,こちらの都合のよいように消費できるということ...
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生身の患者と仮面の医療者(終了)
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