忙しい研修と暇な研修
連載
2007.08.06
名郷直樹の研修センター長日記 |
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忙しい研修と暇な研修
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(前回2739号)
●月×日
しばらく離れていた臨床に復帰した。週に2日の外来,へき地の病院や診療所支援。外来は楽しい。外来で人の不幸に接しながら楽しいとは不謹慎な,そういう状態である。なぜ楽しいか。とにかく病気が多いのである。病気が多いから楽しいとは,ますます不謹慎だが。病院の外来と診療所の外来の違いを目の当たりにする。事前確率を考慮せよとはこういうことか。まさに実感する。3週間続けて甲状腺機能亢進症の患者が現れる。2週続けてリウマチ性多発筋痛症の患者が来る。その他にも,多発性肝転移,急性膵炎,消化管出血,脳梗塞,肺炎,心筋梗塞,不安定狭心症,喘息,敗血症,腎盂腎炎,この1か月で診療所1年分の病気を診た。久々に血湧き肉踊る。病気を診断する面白さ。患者自身が書いた問診表を一瞥するだけで,この患者は入院だよ,なんていうと,本当にそのとおりになる。
これが田舎の診療所じゃ,こうはいかない。こういう心配もありますので一応調べておきましょう。そうして調べたところで案外なんともないことが多い。これでは研修医にいいとこ見せられない。単調な外来があるばかりである。ところが病気が多い環境では,研修医に結構いいとこ見せられるのである。これはやばい。診療所は楽しくなく,病院は楽しい。そんなことになりかねない。
臨床に復帰した半面,見学の学生に付き合う時間はめっきり減った。それでもたまに見学の学生と話をするのはとても楽しい。以前よりも楽しいくらいだ。
今日も外来だった。今日もたくさんの病気を診た。外来を終えて研修センターへ戻ると2人の学生がいる。昼ごはんを食べながら,どうでもいいような話をする。そんな中で,見学の学生が言う。
「地域保健医療の実習は暇だと聞いたんですが,どうしてそれを3か月もとるのですか?」
これまでは,最初にがっちり地域医療についてのオリエンテーションをやるので,このような新鮮な質問に接することはなかった。久々に興奮する。やっぱりこっちからあんまり話しちゃだめだな。さらにその質問が最近の外来につながる。病気の少ない暇な診療所の外来と,病気の多い忙しい病院の外来。今の自分自身にとってもジャストフィットの質問だ。
「暇だから3か月もとるのだ」
「先輩に聞くと暇で苦痛だというんですが」
「暇が苦痛とはまだまだ若いな」
「確かに若いですけど」
「確かに若いが,“若い”ほうの話はさておき,“暇が苦痛”のほうの話をしよう」
「そうですね」
「それでは,少し説明しよう」
「お願いします」
「携帯電話をなくしたい。こんな気持ちは,君ら若者にはわかるまい。電車がちょうど出たところにホームに上がって,アーよかったと思う。こんな気持ちも決してわかるまい。そういうことだ」
「そういうことって言われても。携帯電話がないと困るし,電車の待ち時間は短い方がいいし,それより何より,地域保健医療の実習とまったくつながりません」
「つながらないから,暇な診療所実習が苦痛と思うのだ。あなたの中では携帯電話をなくしたい気持ちと,診療所の研修を長くとることがつながってはいないが,私の中ではしっかりつながっているんだ。こんな私の気持ちが,今の時点ではあなたにはわからないということがわかってもらえれば,それでOKだ」
「OKと言われても……」
「今日の外来は忙しかった。そんな時もっと暇にしたい。そう思う。これが正常というもんだ。研修だって特別なことじゃない。今日の研修は忙しかった。もっと暇にしたい。これが正常な研修医というもんだ」
「怠けたいということが大事なんですか」
「そうだ。怠けるということは,怠けない時間があるということだ。もし怠ける時間がなければ,怠けない時間も消滅する」
「なんだか煙に巻かれているような気がするんですが」
かまわず続ける。
「怠けない時間を作らせないのを洗脳というのだ。暇な研修が苦痛なのは,何かに洗脳されているのだ。もちろん洗脳されたほうがいいのかもしれないが。そもそも医学を学ぶとは西洋医学によって洗脳されることなんだから。でも研修は洗脳ではない」
「ぜんぜんついていけなくなってきました」
「ついていけるかどうかなんてのは問題じゃない。ついていきたいと思うかどうかだ」
われながらいい加減にしたほうがいいと思う。でも学生にわかりやすく話すのは,もうやめにしたい。長く話すことが重要だ。話が決して終わらないように。でも長い話は必ず打ち切られる。
午後の回診が始まる。学生はそれについていく。私にこれ以上ついてくる時間はない。最後に一言,言っておこう。
「そろそろ病棟へ戻る時間だな。話はいつも途中で終わるんだ」
(次回につづく)
本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。 |
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名郷直樹の研修センター長日記(終了)
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