人生は重荷を負うて
連載
2007.09.10
名郷直樹の研修センター長日記 |
| ||
人生は重荷を負うて
|
(前回2743号)
△月××日
新幹線で都心の辺境から辺境の都心へと向かう途中のこと。停車駅近くで減速中に,ワゴンサービスの女性が加速度に抗して,後方へとワゴンを進めていた。腕を突っ張って,足を踏ん張って,下を向いて。そしてちょうど私の席に近づいたところで,下を向いた顔が一瞬上を向いたときの彼女の表情がちらりと見える。笑っているのだ。それだけのことなのだが,数珠繋ぎになって,いろいろなことが思い出される。
「今日は堂本さんのお引越しです」 そんな印象的なフレーズで始まる小説のことを思い出した。どんな脈絡なのか,さっぱりわからないが。小学校低学年のころだろうか。妙にその最初のフレーズだけが頭にこびりついている。ここでの引越しは,自分でリアカーを引っ張ってやるような引越しだ,多分。それがなんとも楽しそうなことを予感させる始まり。そして,確かこの小説の題名は「坂道」だったような気がする。あとの内容はさっぱり思い出せない。でも冒頭の部分を思い出した理由が,自分でも少しはわかる。先の新幹線で見た光景となんとなく似た光景なのだ。
先の女性は加速度に逆らってワゴンを押し,小説の主人公は坂道に抗してリアカーを引っ張る。彼女は一瞬にっこり笑い顔を見せ,引越しはなんだか楽しそうだ。
「人生は重荷を負うて,遠き道を行くが如し」,そんな人生,誰も歩みたくない。誰もと言うことはないか。でも,少なくとも私はいやだ。徳川家康というのは只者ではないな。まあ当たり前か。しかし,私は,徳川家康でなく,ワゴンサービスの女性であり,堂本さんなのだ。売れるほどに荷物が軽くなるワゴンサービス,これから荷物を降ろしにいく途中の引越し。そして多分,リアカーに一杯分の荷物以外はすべて捨てられたのだ。
さらに脈絡なく思い出す。晴れて大学に合格し,家を遠く離れての寮生活...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
この記事の連載
名郷直樹の研修センター長日記(終了)
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
“19番目の専門医”,「総合診療医」の仕事とは?
可視化と言語化で総合診療へのモヤモヤをスッキリ解決!寄稿 2025.09.09
-
医学界新聞プラス
[第1回]多形紅斑
『がん患者の皮膚障害アトラス』より連載 2024.02.09
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
最新の記事
-
対談・座談会 2025.09.09
-
看護におけるコンフリクト・マネジメント
対立を乗り越え,より良い組織を築く対談・座談会 2025.09.09
-
対談・座談会 2025.09.09
-
“19番目の専門医”,「総合診療医」の仕事とは?
可視化と言語化で総合診療へのモヤモヤをスッキリ解決!寄稿 2025.09.09
-
がんゲノム医療と緩和ケアの融合
進歩するがん治療をどう支えるか寄稿 2025.09.09
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。