医学界新聞


医療訴訟は医療ミス削減に寄与するか

2007.07.02

 

医療訴訟は医療ミス削減に寄与するか

日本医学ジャーナリスト協会公開シンポジウムの話題より


 さる6月5日,日本記者クラブ(東京都千代田区)において日本医学ジャーナリスト協会主催「医療訴訟は医療ミス削減に寄与するか」と題した公開シンポジウムが開催された。本邦の医療訴訟は,1997年は597件であったが,2004年には1110件にまで増加。2005年,2006年ともに1000件を下回っているが,ここ10年で訴訟数がほぼ倍増している。また,平均審理期間は1997年の35.6か月から2004年の26.9か月と短縮されているが,一般民事訴訟の平均審理期間(8.4か月)と比べ依然として長い時間を要している。

 患者中心の医療の質改善に向けた革新的な提言で知られ,邦題『沈黙の壁――語られることのなかった医療ミスの実像』(日本評論社)の筆者ローズマリー・ギブソン氏(ロバート・ウッド・ジョンソン財団)を迎え,日米の医療事故・過誤の論点と動向,そして医療訴訟・法的手段が医療ミスを減少する唯一の方法かについて議論された。


 ギブソン氏による基調講演「医療ミスと医事紛争――米国における変化と展望」において,「米国では病院で防ぎ得る医療ミスのため毎年9万8000人が死亡し,交通事故死亡者数4万3000人の倍以上。さらに,これらは病院における入院患者数の推計死亡者数であり,高齢者療養施設や精神病院,外来手術センターなどを含めればさらに増える」と報告。しかし,医療ミス発生件数について米国科学アカデミー医学研究所の推計は,80・90年代の診療録の分析をもとにしており,以後の調査・分析は行われていないため,医療ミスの発生状況に変化が見られるかはわからないとも述べた。

 患者の医療安全に対する関心の高まりには,医療ミスに関する報道の役割が大きいとした。そして時間が経つにつれ,医療ミスをセンセーショナルに取り上げるだけではなく,病院の事故防止対策の取り組みも報道するなど,報道の内容が向上していると評価した。

医療ミスが起きた時医師・病院がすべきこと

 医療ミスが起きた時に患者や家族が求めることは,(1)間違いが起きたことを隠さずに伝える,(2)患者と家族を見捨てず,被害の修復に努める,(3)ケアレスミスをした臨床担当者の首を切らない,(4)根本原因を探求して同じミスの再発を防ぐ,を挙げた。(1)について,ミシガン大学が情報開示を積極的に行うことにより,医療過誤賠償請求件数を262件から100件以下に減少させたことを提示し,「思わぬミスが起きた時に,患者・家族に必要な支援を提供するシステムを持つ必要がある」と指摘した。また「再発防止の改善策をとられたことが,医療ミスで亡くなった父の死に意義を持たせることができた」という患者家族の言葉を紹介し,医療ミスを減らしていくための改善例として,手術部位へのマーキングや本人確認の要件化,救命措置に特化した救急対応チームの導入などを挙げた。

医療訴訟は医療ミスを減らせるか

 パネルディスカッションは,座長の伊藤隼也氏(日本医学ジャーナリスト協会)が,「医療訴訟は確実に医療ミス削減にある程度の役割を有しているように思うが,日本では訴訟そのものに問題が隠れているのではないか」と口火を切った。

 「医療訴訟は医療ミスを減らせるか」の問いに対し,ギブソン氏は医療ミス削減に寄与すると明言。医師が医療事故を防ぐために最良の方法として,医療訴訟を起こした事例を十分に検討していくことを挙げた。米国麻酔学会は6000件以上の訴訟について,どこが間違っていたかを調査・検討した結果,死亡率が劇的に減少。麻酔科医への医療訴訟費が30%以上削減された事例を提示。「1事例を検討するのではなく,多くの事例を検討することの重要性を示す例であり,改善システムを1病院だけでなく,すべての病院に導入したよい例でもある」と述べた。

 鈴木利廣氏(明大法科大学院)も,医療訴訟は医療ミス削減に寄与するとし,医療事故に対する社会的システムがなかったため「直接的に寄与することはないかもしれないが,間接的に寄与させる方法がこれしかなかった」と述べ,医療訴訟を起こすことで,医療の危険管理責任者に改善への取り組みを提起する重要なリーガルアクションだと述べた。

 阿部康一氏(医療事故市民オンブズマン・メディオ)は自身の経験から「病院を訴えたのは,ミスを認めなかったため」と提訴の経緯を説明。しかし,訴訟は裁判所を舞台とした対立であり,両者の主張が真っ向からぶつかるため,「歩み寄るプロセスとはならず,再発防止対策の導入など病院の医療の質の向上に寄与していないかもしれない」と述べた。

 南淵明宏氏(大和成和病院)は,医療訴訟が医療ミス削減に寄与するとしながらも,「医師同士のコミュニケーションの中で,判例から“自分も気をつけていかなければ”という意味」と回答。医療訴訟のあり方として,「自分が信頼している,もしくは自分以上に技術・キャリアがある医師によって手術計画自体の過ちや手術手技の評価・採点をされるのであれば納得できる」としながらも,実際の裁判では,弁護士の優劣により重箱の隅をつつくような論点のすり替えが行われ過失となる,「裁判のための裁判」に巻き込まれるのではないかという医師側の不信が大きいと指摘した。

医療訴訟を減らすために

 総合討論の最後に伊藤氏から出された質問「医療訴訟を減らす,なくすために必要なこととは」に対し,南淵氏は「医師は医療行為を行って人生を過ごしているので,一生懸命集中すること」と簡潔に回答した。

 阿部氏は製造業では当たり前の仕組み,再発防止対策が医療では欠けているのではないかと疑義を呈し,「患者本位の医療という原点に立ち戻って,再発防止につながるプロセスを作っていってほしい」と語った。

 鈴木氏は,「医療訴訟はなくなることはない。なぜなら訴訟がなくなるということは,司法制度自体がなくてよいと聞こえるため」と発言。司法制度はあらゆる行政・民間のさまざまなシステムに不備がある時,個人で不備を是正することができる,イニシアチブを持つことができる数少ないシステムであり,民事訴訟はその最たるものだからと説明。医療訴訟について「誤解を恐れずに言えば,損害賠償訴訟は損害の公平な分担という理念の下に設計されている。つまり患者さんに起きた被害を患者持ちにするのか,一部を医療機関に分担させるのか,その事案ではどちらのほうが正義であるかで決まる」と医学的評価と法的評価の違いもそこからきていると指摘した。

 ギブソン氏は,市民にとって自分が必要と感じた時,法的行動を起こせることは必須とし,「有害事象を医療の中で減少させていくこと,ケアをより安全に行うための改善を行っていくことが大切」と述べた。そして医療ジャーナリストの役割についても言及し,「患者さんの安全・医療のエラーについて一般の人を教育していくこと。さらに病院に対しても患者の安全を確保する制度を求めていってほしい」とまとめた。

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