医学界新聞

2007.06.18

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床と病理よりみた
膵癌類似病変アトラス CD-ROM付

山口 幸二,田中 雅夫 著

《評 者》近藤 哲(北大大学院教授・腫瘍外科学)

膵癌と類似病変の鑑別を自信を持って行うために

 管腔臓器である胃や大腸の早期癌の実体はすでに明らかになり,管腔を通してアプローチするX線造影・内視鏡・生検の3本柱で診断法も確立され,治療成績の飛躍的な向上に直結している。実質臓器の癌の代表である肝細胞癌は,すでにハイリスク群が同定されているので検査を集中化・精密化することで1?前後の小腫瘤も検出できるようになり,早期癌の実体もほぼ解明された。

 同じ実質臓器の癌でありながら膵癌はいまだに早期癌の実体をだれも知らない。癌の組織発生を考えると,肝細胞癌は実質細胞から発生するわけで膵では腺房細胞癌あるいは内分泌腫瘍に相当する。一般の膵癌は「膵管癌」であり,外分泌系導管上皮から発生するので肝では胆管細胞癌あるいは肝外胆管癌に相当する。膵管小分枝から発生すると想像されており,本来は管腔臓器の癌である。したがって,膵管小分枝へアプローチする管腔臓器本来の診断法を追求することをあきらめてはならないが,如何せん管腔はあまりに細くアプローチも侵襲的である。病変が分枝から主膵管へ伸びてきて主膵管が閉塞してくれたとしても,胆管癌での黄疸のような特異的症状は発現してこない。

 こう考えると現在上皮内癌の段階で診断することはかなり絶望的であり,実質臓器癌に対するアプローチである「小腫瘤」の検出に全力を注がねばならない。もちろん,これとても膵管分枝を破って実質に浸潤した進行癌を相手にしていること,ハイリスク群がわかっていないのでアミラーゼの上昇や糖尿病の悪化なども含めルチン診断で少しでも膵に疑いのある場合は徹底的に精査することを常に意識していなければならない。「序」で田中雅夫教授,山口幸二准教授が述べられているように,幸い2?以下で見つければ進行癌といえども5年生存率は50%であり努力のしがいはある。

 この際に問題となるのが膵管癌に類似した他の病変との鑑別である。腫瘤が小さければ小さいほど鑑別は難しい。最近になり超音波内視鏡下生検が威力を発揮しているが,播種の問題は未解決であり,やはり基本は画像診断である。鑑別すべき膵癌類似病変を常に念頭において診断にあたる必要があるが,このアトラスにはそれがほぼ網羅されており,一通り目を通しておけば明日から自信を持って臨床現場に立つことができる。

 小腫瘤の診断には直接所見であるmassの描出が必須でありUS・EUS・CT・MRIなどの断層画像を用いることになる。最近の進歩はめざましく,ほぼ任意の断層画像が得られるようになった。この画像診断の役割は腫瘤割面マクロ像をいかに忠実に描出するかであり,それを介して病理組織のルーペ像,弱拡大像,強拡大像と移行して病変の本体に迫ることが可能となる。本書ではこの真理が十分に意識されている。29例もの代表的な症例において画像とミクロがマクロを介してつながっている。だから非常に理解しやすい構造となっており,目で見て追っていくだけで楽しい。CDにも収容されているので,パソコン画面でも画像・病理像を楽しめる。一読(一覧)をお薦めする。

A4・頁168 定価17,850円(税5%込)医学書院


不整脈
ベッドサイド診断から非薬物治療まで

大江 透 著

《評 者》栗田 隆志(国循・心臓血管内科)

「大江ノート」の集大成新著『不整脈』

 評者は20数年前,レジデントとして赴任した国立循環器病センターにて本書の著者,大江透先生に出会った。昼夜を問わず嬉々として患者のもとに赴き,精力的に診察する姿勢に惹かれ,評者は迷わず大江門下生のひとりになった。先生は日頃より診療で得られた心電図や臨床所見を臨場感溢れるストーリーに仕上げ,ファイルに留めておられた。これが知る人ぞ知る「大江ノート」である。難解で興味深い心電図があると先生は必ず「大江ノート」を持って現れ,過去の症例と比較しながら病態の本質へと迫るのである。私たちは目の前で繰り広げられる大江ワールドの虜になった。

 新著『不整脈』は先生の独創的なアイデア・発見のルーツとも言うべき「大江ノート」の集大成であり,宝物のように珍重されていた心電図や心内電位図が惜しげもなく展開されているものである。20年前,評者が深夜までお供しながら記録した心電図も掲載されており,懐かしい気持ちで胸が一杯になる。

 先生は美しく,そして示唆に富む心電図を記録することにきわめてどん欲であった。例えば「図8-12房室回帰性頻拍の食道誘導心電図記録」,「図17-1心房頻回刺激(経食道ペーシング)による発作性上室性頻拍の停止」,「図17-3Wide QRS頻拍の鑑別診断」,「図40-16Vaughan-Williams分類のIA群薬の追加で心室細動になった症例」などは,もう二度と記録されないであろう貴重な心電図である。さらに本書の驚くべきところは,あらゆる臨床不整脈を網羅する内容のすべてが自験例をもとに述べられている点である。膨大な「大江ノート」の中から,それぞれの内容に最も適した心電図を選りすぐった努力にはただただ頭が下がるばかりである。

 最後に,特記すべきは,日本語で書かれた論文が数多く引用されていることである。これも骨の折れる大変な作業であったに違いない。わが国において,わが国の臨床研究者によってなされた仕事を高く評価し,暖かく育もうとする先生の深い愛情が感じられる一冊でもある。

 評者は今,この新著『不整脈』を心に抱き,大江先生と同じ時を過ごせたこと,そして不世出の名著に出会えたことの幸せに深く浸っている。

B5・頁536 定価8,925円(税5%込)医学書院


PT・OT・STのための
神経学レクチャーノート

森 惟明 著

《評 者》菅原 憲一(神奈川県立保健福祉大准教授・理学療法学)

学生の興味を引き付けさらに刺激する教科書

 PT,OT,STをめざす学生の多くは人体に生じるさまざまな事象に関して新しく正しい知識を効率よく学習できることを望んでいる。医学の基礎となる解剖学・生理学・臨床医学を修得することはコメディカルの学生にとって必須条件である。医療職につくことを前提とするとこの3つの領域について個別の理解を深めるとともに,それぞれの学問を有機的に連携させることが医療に関する“学び”のポイントとなる。

 私が理学療法学に関して学生を指導するようになって10数年になる。担当する科目は主に評価学を中心としている。その中でも,中枢神経系の評価に関しては教えるたびにその奥の深さを実感するとともに,病態の多様性から多くの時間を割く必要性がある。上述した解剖学,生理学,臨床医学の間の溝を埋め,関連性を整理して伝えることができれば学生の興味は増し,それにつれて理解度も上がる。中枢神経疾患と聞いただけで,「難しい,とっつき難い」と学生の多くは尻込みする。教える側としては,だからこそ,教えがいがあるというものである。どのように学生の興味を引き付けるか,いかに勉強を好きにさせるかということは,教員としての醍醐味といっていいだろう。

 そこで重要なのは,学生に対して中枢神経系疾患に関する具体的な臨床の問題点や事例をいかにわかりやすく提示できるかということである。そこから評価までの道をたどり,また各事象に戻るという往復過程を示し教えることができれば,学生の興味を引き付けることができる。すなわち,臨床場面で生じている事象と学生が持つ思考が結びつくこと,これは学生自身が理解している内容を展開できたということになり,さらに学生の興味は刺激され相乗効果となっていく。

 学生のころ使っていた教科書はどうしても医学生の導入書のようなもので扱いにくく,われわれにとって必要な部分の記載が薄く,不都合を感じたものだった。今回の『PT・OT・STのための神経学レクチャーノート』は凝縮された重要事項が事典のように網羅されており,各疾患の理解につながる形でまとめられている。またその分量が適当であるとともに,コメディカルにとって重要な部分にしっかりとウェートが置かれていることもありがたい。さらに,姉妹図書である『PT・OTのための脳画像のみかたと神経所見』は中枢神経系疾患の臨床所見の宝庫であり,まさに森先生の長年にわたる豊富な臨床経験が渦巻いているものであると感心させられる。

 私の担当する講義では『PT・OTのための脳画像のみかたと神経所見』による臨床症例を提示するとともにそこから解剖学的な理解を深め,病態と対応させる。その後,『PT・OT・STのための神経学レクチャーノート』を用いて臨床医学を理解し,生理学的な知識を整理し各疾患を有機的に連結していく道筋を今思い描いている。今後もこのように学生の興味を引き付け,さらに刺激する教科書が多く世に出ることを願うばかりである。

B5・頁192 定価3,990円(税5%込)医学書院


プロメテウス解剖学アトラス
解剖学総論/運動器系

坂井 建雄,松村 讓兒 監訳

《評 者》野村 嶬(京大大学院教授・運動機能解析学)

解剖学と運動学の真の統合書

 プロメテウスは,人間を創り,人間に文字や火を与えたとされるギリシャ神話の英雄である。解剖学書にその名前を冠したドイツ語版原書の著者(Michael Schunke,Erik Schulte,Udo Schumacher,Markus Voll,Karl Wesker)の,この原書が人間の未来に貢献するとの願いと確信にまず衝撃を受けた。本書は,全3巻構成の原書第1巻の翻訳であり,わが国の著名な肉眼解剖学者である坂井建雄教授と松村譲兒教授が監訳された。

 掲載されている図が周到に作成されていて実に美しい。この美しさは実物の写真による図とも違い,また『ネッター解剖学アトラス』に代表される描画による図とも異なる明晰なものである。しかも,すべての図には適切な説明が付けられていて,図を読む重要なヒントを提供してくれる。さらに,これまでの解剖学アトラスでは見たこともない視点からの図,例えば,上肢帯と体幹の連結の上面図,頭蓋-脊柱連結の前上面図,皮膚や軟部組織を通して触診できる骨部位,上肢・下肢の立体・横断面解剖図などが多数掲載されていて,CTやMRIなどによる断面像に対応するとともに学習者の理解を大いに助けてくれる。

 監訳者が指摘されているように,『プロメテウス解剖学アトラス』は,図の構成とその作成だけに費やしたという8年の歳月と,ドイツ肉眼解剖学の伝統の底力と現代のコンピュータ技術の融合によって初めて実現した解剖学書であり,短期間で成果を求める風潮が支配的な今日のわが国では,到底不可能な大事業に思える。

 これまでの解剖学アトラスでも運動学的記載は皆無であったとは言えないが,その記載は十分なものではなく,すべての運動器をカバーするものでもなかった。それに対して,本書はすべての運動器に運動学的記述あるいは臨床的記述が付されていて,解剖学と運動学の真の統合書ともいえる。このことが運動器系の解剖学の学習を生き生きとしたものにし,運動器系の理解を飛躍的に高めることは間違いない。またそれらの記述には,永年,機能解剖学を講義してきた私にとっても,浅学故であるが目から鱗状態の大変有用なものが多い。例えば,手掌面積の法則,脊髄後根におけるObersteiner-Redlich領域,大胸筋と広背筋の停止の捻れの意義,関節半月の構造・動き・損傷,足底の圧緩衝系など枚挙に暇がない。医学生や医師だけでなく,運動器系の解剖学が最も必要とされるPT,OT,トレーナー,柔道整復師らをめざす学生や臨床家にとっても最適で画期的な解剖学アトラスが出現したと断じる所以である。

 本書では,最初に解剖学総論が73頁にわたって記述されている点も,これまでの解剖学アトラスとは異なる新しいところである。この解剖学総論も図を多用して簡明に記述されているので,運動器系を中心とした解剖学の初学者にとってはこの1冊でテキストとアトラスの両方を兼ねることができるであろう。

 本書の発刊により,わが国の医学やコメディカルの解剖学実習を含む解剖学教育に“『プロメテウス』効果”が生じる予感を覚える。また,本書を利用することによって,実習室での解剖学実習がどのように変わるかを早く見てみたい気分にもなる。

 続刊が予定されている『プロメテウス解剖学アトラス』の残りの2巻にも期待が高まる。

A4変・頁560 定価12,600円(税5%込)医学書院


心臓にいい話

小柳 仁 著

《評 者》川田 志明(慶大名誉教授)

綺羅星のごとき一言がちりばめられた魅力的な一冊

 小柳仁先生の持ち味の,なかなか歯切れのいい『心臓にいい話』が新潮新書から上梓された。長く東京女子医大の心臓血管外科の先頭に立って存分にメスを振るってきた熱血漢の先生らしく,心臓の病気,血管の病気の歴史からはじまり,予防,治療までを一般の方にも気楽に読んでいただけるよう図表なども入れて解説した啓蒙書である。しかも,要所に挿入された綺羅星のごとき一言が実に的を射たもので,なるほどと頷ける『いい話』の隠し味になっていて,似た道を歩いてきたわれわれにも魅力的な一冊となっている。

 『心臓にいい話』は「これを読んだらもう大丈夫」というような,ゴマすりめいた心地よいことばかり並べた本ではないと断りながら,次々と心臓に心地よく響く話を展開する術はさすがで,日ごろの着実冷静で洗練された小柳先生の姿勢を彷彿とさせる。

 先生は内外の多くの学会で積極的に活動し,中でも心臓移植再開に向けての研究班を早くから立ち上げて長く縁の下を支えてこられた。しかし,薬物療法や補助循環法によっても死の危険が迫っている重症心不全者に対する脳死心臓移植が伸びない状況にあることから,これに代わる半永続的な人工心臓の開発に期待したいとも述べられている。

 時あたかも日本発の植え込み型補助心臓(エバ・ハート,デュラハート)が国内外で治験に入って大きな話題になっており,この日本人にマッチした小型軽量の補助心臓の開発は奇しくも先生の薫陶を受けた二人のお弟子さんの考案によるもので,耐久性に優れ植え込み目標の2年はクリアしており,心臓移植までの「つなぎ」だけでなく長期に使える新しい人工心臓となる5年以上をめざした優れものと,少し鼻を高くされている。

 さらに,『心臓にいい話』の「はじめに」と「おわりに」の語りが圧巻である。と申しても,「キセル乗車」を捩った「キセル文章」のように前置きと最終章だけに力が入って中身の方は手抜きされた文章などと言っているのではない。中身の濃さにも増して「はじめに」と「おわりに」の中は『いい話』がいっぱいで,読み応えのある一味違った小柳流の語りが詰まっているという意味である。

 とくに「おわりに」では,「40歳からの成人式」を提唱し,多くの方が人生80歳に達する現代にあっては,20歳の若者の成人式からさらに20年経った40歳になってこそ健康に対する心構えを新たにすることが大切で,この時点であれば動脈硬化などの生活習慣病の予防にも間に合うはずと強調されている。さらに,心臓病に向けてのたくさんの智慧と武器を持っている現代の私たちが,心臓病で簡単に命を落としてしまうのはあまりにもったいないことが『心臓にいい話』の結びとなっている。

 先に教授退任に当たって監修出版された『心臓外科学-The 21st century』は教室の総力を上げた専門の大著であったが,『心臓にいい話』は190頁ほどのハンディタイプの新書判で,手にされた方の心臓には大いに役立つ珠玉の一冊になること請け合いである。

新書判・頁188 定価714円(税5%込)新潮社
http://www.shinchosha.co.jp/

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook