医学界新聞

インタビュー

2007.06.18

 

【interview】

日常診療に漢方を活かす

三潴忠道氏
(麻生飯塚病院東洋医学センター所長)
木村豪雄氏
(ももち東洋クリニック院長)


 漢方診療に興味を持つ医師が増えている。しかし,漢方独自の疾患概念や難解な用語は,初学者にとっては馴染みにくいのも事実だ。『はじめての漢方診療ノート』(2007年2月発行)は,一般医が臨床現場において“創りながら使う”,ユニークな漢方指南書となっている。著者の三潴忠道氏と,編集協力の木村豪雄氏に,日常診療における漢方の出番や漢方医学教育の課題について話を聞いた。


――昔から,「東の聖路加,西の飯塚」と,研修病院として有名な飯塚病院ですが,実は漢方診療のメッカでもあります。三潴先生,まず飯塚病院における漢方診療の来歴をお願いします。

三潴 飯塚病院の漢方診療科は,できてからちょうど15年になります。開設されたのは1992年4月ですが,その数年前に院内で医師臨床研修制度も始めています。現代医学だけでは一生懸命やっても満足できない方もいらっしゃる。そうした方の満足度を少しでも上げるために,漢方医学を取り入れたらいいのではないかという意見があったようです。

 もともと飯塚病院は株式会社立で,オーナー社長がおり,その方と往時の日本医師会長の武見太郎先生が姻戚関係にあって,そちらのブレーンの方からのアドバイスもあったということです。より患者さんの満足度を上げるため,有効率を上げるために,漢方という選択肢もあるということでできたと聞いています。

 私自身は,富山医科薬科大学附属病院の和漢診療部で漢方をやってきました。こちらへ赴任するにあたって,3つの柱を立てました。

 まず1つは,総合病院の中でやる以上はもちろん現代医学的なものが大事で,診断・治療をきちんとやりながら,しかし第一線のところで漢方医学を十分に使ってみようということ。

 2つめは,本来の漢方医学に則ってやるということ。いまの漢方はエキス製剤が大部分を占めておりますが,もともと薬草を煎じたり,草根木皮の生薬を用いて治療してきたものですから,草根木皮も使いたい。そして,病名治療ではなく,漢方理論を重視した,本来の漢方診療をする。

 そして3つめですが,健康保険などの制約が歴史的な流れの中であったので,外来での漢方はよくやられていますが,入院での漢方ができていない。本当に重症になって困った患者さんたち,外来にも通えない方たちにこそ,漢方治療をしてみるべきです。ですから,入院においても,生薬も用いた漢方診療を健康保険で行うということを目標にしてきました。必要に応じた他科との連携も,もちろん大切です。

漢方の出番はどこか

――漢方の出番はどういうところにありますか。

三潴 現代医学だけでは十分な満足が得られない方が対象になります。西洋医学的には診断がつかないので治療方針が定まらないとか,診断はついても治療方法のない病気という方がいます。それから,治療方針も立つのだけれども,特異体質による副作用などの特殊な事情のために治療できないという方もいます。

 さらに最近多いのは,いわゆる虚弱体質で,皮膚も弱い,気管支も弱いというようにいろいろな病気に罹患しやすい方です。高齢者,虚弱なお子さんなどがこれに当たります。それぞれの疾患に対しては対応法があるのだけれども,全体としては漢方の切り口で診ます。

――飯塚病院のサテライトクリニックで診療する木村先生から見て,漢方診療の出番は?

木村 さまざまな愁訴に対して,医療者がきちんと対応できていない場合ですね。たとえば高血圧ひとつとっても,たしかに血圧は下がっているのですが,いろいろな不調が取れない。「なんとかならないか」ということで来られる方に,漢方を薦めます。

 さらに,漢方をやってびっくりしたことは,赤ちゃんから90歳のお年寄りまで,患者さんの層が広いということです。また,扱う疾患・疾病も,皮膚科,内科,整形,産婦人科と多岐にわたるので,科の垣根を越えています。それともう一点,1人の患者さんが漢方で大変よくなると,必ず家族を連れて来ます。自分の奥さん,おじいちゃん,おばあちゃん,お孫さんと,いつの間にか,一家まる抱えで診ているような家族が何組もいらっしゃいます。

専門医とのコミュニケーションのとりかた

――専門科の医師とのコミュニケーションはどうされています?

三潴 いい知恵といいますか,切り札はないですね(笑)。でも,結局はどちら側から診ていても,その患者さんが喜んでくださることがポイントです。

 新しい医師臨床研修制度がスタートして,研修先の病院を選ぶ時,研修医は「勉強になるところ,修行になるところを選ぶ」と言いますね。でも患者さんがニッコリ笑って,喜んでもらえている病院がいちばん魅力があるわけで,その中で研修することが肝要です。それと同じことで,西洋医学でも専門医でも,その専門の部分にこちらからアプローチした時に,実際に患者さんがよくなって,喜んでくだされば,漢方のことを理解していなくても,「臨床的に役立つのかもしれないな」ということで興味を持っていただけると思います。

 最近,院内で勉強会をやっていますと,さまざまな科の先生が興味を持って来てくださいます。漢方はプライマリ・ケアにも非常に役立ちますが,救急外来に出る先生方は若手の医師が多いわけです。その医師たちが,院内の漢方の勉強会にけっこう来られます。

 「風邪です」「熱発です」と主訴があって,調べると軽いウイルス感染と判明したとなると,治療は消炎・鎮痛薬程度しかないし,抗菌薬がそれほど効くわけもない。だけど本人はだるがっているし,寒がっているし,どうしたらいいんだろう,ということがあります。それから,たとえば腹痛で患者さんが来られた時に,いろいろ検査をしたけれども,これといって大きな問題はない。そうすると,抗コリン薬みたいなものしかないけれども,それだとおなかが張るし,本人も楽にならない。痛みも十分には取れていない。そういう時に使える漢方薬はないかということで,救急外来をやっている先生たちがけっこう来られる。

 このように西洋医学の専門家が臨床で困っているところに,漢方が少しでも役に立つことを,実際の場面で少しずつ見せてあげる。それをやっていくしかないと思って,15年間,少しずつ取り組んできたつもりです。

――木村先生は,脳外科専門医出身という,非常にユニークな経歴ですがいかがですか。

木村 まったく三潴先生と同感で,漢方というのは「治療学」です。まず,患者さんが治れば,専門科の医師はビックリされて,漢方について理解していただけると思います。

 今日も,シェーグレン症候群の患者さんを診察しました。目と口腔内が乾燥するので大学病院の口腔外科でずっと治療を受けていたのが,いっこうによくならない。近所の歯科医に相談したところ,「漢方が効くみたいだから」と紹介されてきたのです。

 先週診て,今日が1週間後なのですが,「口の中がしっとりしてきた」というのです。患者さんは喜んで,漢方を飲んで4-5日目に大学病院に行った時に「漢方薬を飲んでいます」と先生に言ったら,まず一笑されたそうです。「じゃあ,検査してみましょう」といって,ガーゼを噛んで唾液を出すサクソンテストをしたら,いままでほとんど唾液がでなかったのに,少し出ていた。それを見て,口腔外科の先生がビックリされて,「効いていますね!」って(笑)。

 そういうふうに,実際によくなれば,「漢方って何だろう?」というふうに興味を示してくれると思います。

漢方の教育をどうするか

――三潴先生は,東洋医学会で専門医制度を主導されているわけですが,いま,漢方医学普及のうえで焦眉の急は何でしょうか。

三潴 大学で教えていくというのが,これから発展していくために大事だと思うのですが,大学の教官の方たちに,漢方の臨床力のある方は非常に少ない。漢方医学というのは治療学ですから,漢方の臨床がうまくできないと,何を教えていいのかわからないですし,学生実習といっても,実習すべき臨床の場を持てないわけですね。

 ですから,ここは「急がば回れ」で,大学の先生たちで漢方に興味のある方が,入院で漢方診療をやっているところへ1-2年,内地留学のような形で行くなりして,まずは臨床力を身につけていただくのがいいと思います。

 2002年に医学部モデルコアカリキュラムの中に教育達成目標として「和漢薬を概説できる」という一項が入って,漢方を勉強しなければならなくなりました。われわれが講義のお手伝いをしたり,病院で希望者の実習をお引き受けしたりして,さしあたり間をつないでいく。その間に,大学の先生たちが臨床力をつけて,教育ができるようになっていただきたいと思います。

――一方,看護師を含めて,コメディカルの教育については,いかがですか。

三潴 日本薬学会のカリキュラムの中に,2003年から漢方が入っています。看護学校の薬理学のテキストにも,漢方の項目が入ってきています。ただ,中身を見ると,まだまだ満足いくにはほど遠い。

 それと,臨床に関して言えば,お互いに掛け合いのように,医師が育てば看護師も育つということがありますね。飯塚病院の場合ですと,院内の勉強会を頻繁にやっていますし,入院の病棟がありますので,病棟では実際に入院している患者さんたちについて,病棟の看護師たちの疑問に対してミニ・カンファレンスをやったりします。それから,薬剤師たちは毎月1回くらいのペースで,勤務時間明けに勉強会を開いて,漢方診療科の医師が講師を務めています。当科の回診には,必ず薬剤師についてもらっています。

木村 飯塚病院では,新しい試みとして,今年から病棟の看護師が「漢方アレルギーをなくそう」というTQM活動をキックオフしたばかりです。看護師さん側からの実際の声を,1つひとつ拾い上げて丹念にみていこうと思っています。

読者へのメッセージ

――弊社から『はじめての漢方診療 十五話』(2005年)が刊行され,その姉妹本として今回,『はじめての漢方診療ノート』が刊行されました。本書を「こう読んでいただきたい」という読者へのメッセージは?

三潴 この本はノートで,要点だけを一覧表を中心にして書いています。漢方の骨格の部分,用いる薬を一覧表の形にして解説だけをつけてあります。ちょっとしたアドバイスは書いていますが,余白にご自分で,これをもとにして勉強したこと,あるいは聞いたことを書き入れていただいて,臨床の途中で,「この前,何か教わったのは何だったかな?」というふうにして見ていくノートです。前著『十五話』は,いわゆる読む本で,端から順ぐりにおさらいしながら解説をしました。こちらは“創りながら使う”,まさにノートなのです。

――木村先生,実際の講習会などで,これをお使いになってみて,読者の反応はいかがでしょう。

木村 皆さん,びっしりとノートに書き込まれています。そして,個人個人が,自分のオリジナルの漢方のテキストを創られているようで,こちらのねらいはバッチリだと思います(笑)。

 それから,漢方の教育に関しては,西洋医学をきちんとものにして,それから漢方を使ったほうがよいと思います。中途半端で使っていくと,両方とも深く勉強しなくなってしまう危険性があります。卒後研修医は,ある程度専門をきちんと学ぶ。その中ですごく限界を感じる部分があると思いますので,そこを漢方でカバーするというほうが有効です。その時に漢方が効けば,漢方に深入りすると思います。勉強するタイミングが,卒前と卒後では違うのかなと思っています。

三潴 私も同感です。西洋医学的な力が足りなくなると漢方に逃げ,漢方的に不十分だと西洋医学に逃げて,どちらも中途半端というのはいけません。いろいろ体験するのはいいと思いますが,卒後研修ではまずは西洋医学をしっかりやるほうがよろしいと思います。

――今日は,漢方診療でご活躍の両先生に漢方診療の出番をめぐってお話をうかがいました。ありがとうございました。


三潴忠道氏
1978年千葉大医学部卒。学生時代より「千葉大学東洋医学研究会」で漢方を学ぶ。同大附属病院,富山医科薬科大附属病院を経て,92年より麻生飯塚病院漢方診療科部長(初代)。2002年より同院東洋医学センター所長(兼任)。日本東洋医学会理事。和漢医薬学会評議員。宮崎大と大分大にて医学臨床教授も務める。

木村豪雄氏
1986年福岡大医学部卒。同大医学部脳神経外科講座にて助手,病棟医長,医局長を経て,2000年より麻生飯塚病院漢方診療科。02年より同院東洋医学センター漢方診療科診療部長。ももち東洋クリニック院長を兼任。日本脳神経外科学会専門医。日本東洋医学会指導医・評議員。

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