道徳性の神経生理学
連載
2007.06.04
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第109回
道徳性の神経生理学
李 啓充 医師/作家(在ボストン)
トロリー問題
倫理学の領域で「トロリー問題(trolley problem)」とよばれるジレンマとは次のようなものである。【設問1】あなたの目の前で電車が暴走しています。電車の進行方向には線路を歩く人が5人いますが,誰も電車が近づいていることに気がついていません。もし,あなたが線路の切り替えスイッチを作動させて電車の進行方向を変えれば5人の命を救うことができますが,問題は,切り替えた先の線路にも歩行者が1人歩いていることです。5人の命を救うためには1人の命を犠牲にしなければなりませんが,あなたは切り替えスイッチを作動させますか?
【設問2】陸橋の上にいるあなたは,電車が暴走していることに気がつきました。線路の先には5人の人が歩いています。もし,あなたが,自分の横に立っている人を線路の上に突き落とせば,電車の暴走を止めることができますが,あなたは5人の命を救うために1人の命を犠牲にすることができますか?
2つとも,「5人の命を救うために1人の命が犠牲にされる」という設定は同一だが,ほとんどの人が設問1に対しては「はい」と答えるのに対し,設問2に対しては「いいえ」と答えることが知られている。設問1と2とで,それぞれの行為の結果生じる利益と損失とはまったく同一であるのに,なぜ,人々の判断は,こうも正反対にわかれるのであろうか?
ちなみに,設問2には,次のような医学バージョンも存在する。
【設問2:医学バージョン】救急車が5人の重症患者を運んできました。2人は腎臓を,他の3人は,それぞれ心臓・肝臓・肺を緊急移植すれば救命が可能ですが,ドナーを探している時間的余裕はありません。たまたま,救急室の隣で献血中の人の血液型が,運ばれてきた5人と適合します。あなたが外科医だったとして,5人の命を救うために,献血中の患者に犠牲となってもらって臓器を移植しますか?
設問2の医学バージョンも「5人の命を救うために1人...
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