医学教育(5)
連載
2007.02.12
連載 臨床医学航海術 第13回 医学教育(5) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
医学教育の最後の問題点として,今回は人間関係を考えてみたい。
師弟関係
教育における人間関係とは,教育者と学習者の関係のことである。日本で教え教えられるためには,教育者と学習者は暗黙のうちに師弟関係を結ぶことを前提としている。教え手である教育者は当然教えられる学習者よりも知識や技能が高いので偉いはずである。したがって,この師弟関係は上下関係である。確かに教えられるものが教えるものを敬うことは大切である。しかし,日本ではこの師弟関係という上下関係が職場という範囲を超えて,プライベートな生活でもその関係を強いられることがある。すなわち,仕事が終わった後の夜の個人的な食事などにつきあうことを強いられたりすることである。確かに,食事会などで教育者と学習者は職場ではお互いに知ることができない側面を理解できることもある。ところが,この師弟関係は時として師弟という関係を超えて,支配者奴隷関係に近くなることもある。教育者によっては殴る・蹴る等の暴力も愛情表現という人もいる。研修医には教えてやる代わりに何でもしていいと考えている人もいるようである。また逆に,この師弟関係を結ぼうとしない研修医,つまり,指導医にとって可愛くない研修医はあまり教えられることはないようである。
損得関係
この師弟関係という人間関係は,損得関係でもある。すなわち,教育者が学習者を教えるのは,学習者が自分と同じ診療科に入って,自分と同じ専門を専攻して,いずれ自分の部下あるいは家来として働き,自分の仕事が楽になるという打算が前提にある。言い換えると,教育者は自分の部下あるいは家来となる学習者でなければ,教えることは利益にならないのである。このように日本ではいまだに自分の子分にしか教えない排他的教育を行う人が多い。ところが,アメリカではこの日本のような師弟関係の有無や損得にとらわれずに医学教育が行われていた。自分の子分でもないローテートの学生や研修医,そして,一時的に外国から見学に来た見ず知らずの医学生にも,損得なしに自分の持っている医学知識や技能を教えていた。このように自分と師弟関係がなく,教えても利益にならない相手に熱心に教えても,直接自分の利益としては跳ね返ってこない。しかし,自分が教えた医学生もやがては医師になり,また医学生に教えることになる。このように大きな目でみれば,小さいこともめぐりめぐって人類の医学の発展に寄与し,そして,自分の利益にも間接的に寄与するはずである。残念ながらこのような大きな視点で教育を行う日本人は少ない。
共育
アメリカでは教育者と学習者の関係は,師弟関係や上下関係の前にまず対等な関係であった。もともと教育者も学習者も完璧などあり得ないのであるから,どちらもその意味で不完全である。教育者のほうが相対的に学習者よりも優れているだけである。しかし,実際教育すればわかるように,教育することによって学ぶことが多いのも事実である。筆者も教えるために相当自分で勉強した。また,自分がそれまで気づかなかったことを,医学生や研修医から質問されてはっとすることもある。指導医といえども毎日が勉強なのである。そういう意味で「教育」は「教え育てる」と書くが,「共育(共に育つ)」と書いたほうがよいという人がいる。筆者もまったく同感である。したがって,医学教育についてはただ単に教育の目標・方略と評価を改善するだけでなく,この人間関係も修正する必要がある。私たちは子供の上下関係・支配隷属関係ではなく,大人の対等な人間関係を築くべきである。昔は仕事が終わってから研修医を自分の行きつけの飲み屋に連れていくことはごほうびだったかもしれない。しかし,このような付き合いをプライベートな時間に行うのは,無駄な雑務ととらえる研修医も現在では少なくない。こういった時代の変化も考慮すべきである。
筆者は現在勤務している病院に「臨床教育部」という新たな部署を創設したが,その意図は何も「研修医に何でもかでも教えて育てよう」というわけではない。その意図は「研修医と共に育とう」というものである。そういう意味で,「臨床教育部」ではなく,「臨床共育部」と名乗りたいと考えている。しかし,現時点であえてそうせずに「臨床教育部」としているのは,「臨床共育部」と書くと「おたくの病院では漢字もまともに書けない医師が研修医の教育にあたっているのか?」とお叱りを受けること間違いないからである。
・基礎医学から臨床医学の時代へ
・疾患志向型から問題解決型の時代へ ・専門医から総合医の時代へ ・単純系から複雑系の時代へ ・確実性から不確実性の時代へ ・各国主義からGlobalizationの時代へ ・画一化からtailor-madeの時代へ ・医師中心から患者中心の時代へ ・教育者中心から学習者中心の時代へ |
・プロ精神を持つ
・フィールド・ワークを行う ・真理の追究目的から患者の幸福目的へ ・知識を知恵にする |
・基礎学力の低下
・ギャップの存在 ・教育・学習方法 ・評価方法 ・人間関係 |
(次回につづく)
田中和豊
1994年筑波大卒。横須賀米海軍病院インターン,聖路加国際病院外科系研修医,ニューヨーク市ベスイスラエル病院内科レジデント,聖路加国際病院救命救急センター,国立国際医療センター救急部を経て,2004年済生会福岡総合病院救急部,05年より現職。主著に『問題解決型救急初期診療』(医学書院刊)。
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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