看護基礎教育の現状とめざすべき理想(菊池令子,浦田喜久子,櫻井登美枝,野村陽子)
シリーズ 看護基礎教育改革を考える
対談・座談会
2007.01.29
【座談会】シリーズ 看護基礎教育改革を考える看護基礎教育の現状とめざすべき理想 | |
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半世紀にわたって基本的な枠組みに変化がなかった看護基礎教育制度に抜本的見直しの動きがある。平成18年度通常総会の決議をもとに日本看護協会が厚労省,文科省に提出した要望書には「看護師の基礎教育の年限を4年以上とし,教育内容,教育体制の充実を図ること」が明記された。一方,厚労省「看護基礎教育の充実に関する検討会」での議論では,「期間延長も視野に入れた」という表現に留まりつつも,教育内容,システム整備に関しては抜本的な見直しをはかることで合意が得られつつある(「これまでの議論の中間的なとりまとめ(案)」以下,「中間とりまとめ案」より)。
看護基礎教育改革では,多岐にわたる養成課程や,保健師・助産師教育制度との整合性など,検討すべき課題は山積している。本紙ではシリーズ企画として看護基礎教育改革の論点を整理する。第1回は,日本看護協会が主張する年限延長論を軸に,座談会を企画した。
■看護基礎教育の今ここにある危機
基礎教育と臨床のギャップ
菊池 昨年,日本看護協会は看護師の基礎教育制度について,その充実のために「基礎教育年限を延長し,4年以上とする」ことを求める総会決議を行いました。本日は大学・臨床の立場から浦田先生,専門学校の立場から櫻井先生,そして行政からは厚労省看護課長の野村先生にご出席いただき,進行中の看護基礎教育改革の内容や将来展望について,率直なご意見をうかがいたいと思います。まず,看護基礎教育の何が今問題になっているのかということについて,日本看護協会の認識を述べます。
われわれが年限延長を要望する背景には,まず新卒看護師の看護実践能力と,臨床で求められるものとの間に乖離があるという現状認識があります。医療の高度化の中で看護師に求められる能力が高いものとなり,また役割も拡大する一方,基礎教育では,年限が据え置かれたまま課目が増加し,結果として実習時間が削られるなど,看護実践能力を培う教育を行うことが年々難しくなってきています。また,新卒看護職員の早期離職が増加しているというデータがありますが,その背景にはこうした基礎教育と臨床で求められる能力との乖離があると考えています。
本会の調査によれば,入職時の新人看護師の7割以上が「1人でできる」と認識している技術は,103項目中わずか4項目でした。新卒看護師は,仕事を継続するうえでそのことを非常に強く自覚し,不安を抱いています。例えば「配属部署の専門的知識・技術が不足している」「医療事故を起こさないか不安である」「基本的技術が身についていない,ヒヤリ・ハットやインシデントレポートを書いた」といったことについて悩んでいることが調査を通して明らかとなっています。
こうした認識が看護師を続けていく自信を失わせることにつながり,早期離職につながっているのではないかと考えています。まずは教育・臨床双方の現場に通じている浦田先生から,こうした現状についてお話しいただけますでしょうか。
浦田 私どもの病院では早期離職が1割に達しています。その原因はやはり,看護学校卒業までに習得してきた技術・知識と,現場で求められているものが乖離していることによる,就職後のストレスだと感じています。また,昨今注目を浴びる医療事故についても,新卒者の関わった医療事故の発生率は残念ながら高く,技術・知識の不足という問題がそういった形でも出てきています。
一方,日赤には専修学校・大学がありますが,それらの教育現場でも,進歩する医療現場のニーズに応える教育を行おうと技術教育を強化し,安全教育課目を特別に設定するなどの工夫を行っています。しかし,どうしてもそうした現場の努力には限界があります。特に3年制の看護専門学校については,もともと限られた時間の中でそれらをプラスしていくことが,学生にとっても,教員にとってもかなりの負担になっています。
無論,そうした乖離は以前もありました。しかし,在院日数短縮化と,医療の高度化にともなってマスターしなければいけなくなった手技など,臨床で学ぶべきこと,求められることの質・量は,以前とは比べものにならないくらい増えていると思います。
振り返ると,平成8年のカリキュラム改正によって総時間数が減ると同時に,学習課目が2課目増え,臨地実習の時間数も減りましたが,現場の声としてはちょうどそのあたりから「いままでとちょっと違うんじゃないか」という声が聞かれるようになり,早期離職の人が増えてきたように思います。
教える側の逼迫した現状
菊池 基礎教育で学ぶべき内容が高度化し,量も増えていることによって,教育に携わる側の負担もピークに達しています。基礎教育で教えるべき内容は年々増えており,3年間ですべてを教育するのは非常に困難になっている。そこを何とかしようと,熱意を込め,夜遅くまで取り組んでおられるのが多くの専門学校の先生方の実情だと思うのですが,櫻井先生,いかがでしょう。
櫻井 現状としてはおっしゃるとおりだと思います。その上で,専門学校の立場として私は,教育環境の整備の問題を指摘したいと思います。私たちが行う教育内容は保助看法で定められた指定規則に基づいて行われることになっています。その指定規則はこれまで,社会状況の変化などに合わせて3度改正されました。しかし,そうしたカリキュラム改正に伴った教育環境の整備は,これまで十分に行われてこなかったのではないかと私は感じています。
教員は保助看法の指定規則に基づいた教育を行ってきたつもりですが,結果としては卒業時の実践能力と現場で求められる能力の間に乖離が生じてしまった。その原因は,教育を行うために十分な教員数やその質を含めた環境が整っていなかったことにあったのではないでしょうか。
また,その結果,いちばん苦しんでいるのは学生だということを忘れてはならないと思います。決められたことを一生懸命勉強してきたのに,その技術では駄目だと言われてしまう事実を前に,私たちはどうしたらよかったのだろうかという悩みがあるわけです。教員はみな努力していると思いますが,このまま教育環境整備にてこ入れをしないのでは,遠からず破綻してしまうように思います。
厚労省の検討会やワーキンググループでは,おそらく基礎教育での到達目標や,そこに到達するために必要な課目が提起されるでしょう。しかし,実際にそれをこなしていくためには,教育環境の質・量の充実がないと駄目だと思うのです。
■端緒についた看護基礎教育改革の今
年限延長実現の可能性は?
野村 まさに,ここまで皆さんがおっしゃられたようなニーズに応えるべく,2006年3月からの「看護基礎教育の充実に関する検討会」は行われています。その進行状況ですが,中間的な取りまとめを作りつつ,保助看のワーキンググループでカリキュラムの内容を検討しているところです。もう少しワーキンググループでの議論が進んだところであれば,もっと皆さんの疑問にお答えできたところなのですが,本日は,現時点で答えられる範囲でお話ししたいと思います。菊池 現在(2006年12月),検討会での議論の結果について公式に発表されているものは第6回検討会で議題となった「中間とりまとめ(案)」ということになると思いますが,ここでは看護基礎教育の時間数については現行の1割程度の増加を目安ということが書かれていました。
保健医療福祉制度が大きく変化する中,今後,看護師には,より専門性の高い看護が求められます。患者本位の視点で,専門的な看護を提供する知識・技術・判断力の向上を図るために,看護倫理,コミュニケーション技術,臨床薬理,医療安全,フィジカルアセスメント,ケアマネジメントなどの強化が必要です。その習得には教育年限の延長が不可欠ですが,中間とりまとめ(案)では,看護協会が求めてきた年限延長とは乖離があると感じましたし,第6回の検討会でも,そのことを指摘する声は多くあったと記憶しています。
野村 中間とりまとめ(案)はあくまで「案」ですので,ワーキンググループの議論では,そうした枠組みを外したところで検討していただいています。
ただ,ご理解いただきたいことは,年限延長というのは,もし決まったとしてもその実施は先になるだろうということです。看護基礎教育については,皆さん方のお話や,厚労省検討会でのこれまでの議論を見ても,早急に手をつけなければいけない部分があることは確かです。しかし,年限延長は非常に大きな制度改革ですから,すぐに実現することは難しい。今できることは,現行の枠組みの中でのカリキュラムの見直しを行うことだろうと考えています。
「中間とりまとめ(案)」に「1割程度の増加を目安」と書かれていたのは,そういう意味です。あくまでも当面,早急に執...
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