医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

質向上モデルを使ってみよう!

連載 遠藤英樹

2015.10.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3145号より

 読者の中には,今までの連載を読んで医療の質向上に興味を持ち,現場で実行してみようと思った方もいるでしょう。しかし,問題がどこにあるのかわからなかったり,現状ではどうしようもないのではないかと途方にくれたりしていないでしょうか。そこで今回は,改善できそうな問題や解決の糸口を見つける上での3つのヒント1)を頼りに,実際の質向上の手順について学んでいきます。

1.仕事の流れをプロセスやシステムとしてとらえてみる

 本連載第78回で紹介したプロセスチャートを作ってみると,問題がどこにあるのか把握しやすくなります。ただし,問題のある一つのプロセスだけを質向上させる部分最適化では,システム全体としては目標が達成できないどころか,全体の目的を損なうことさえあります。全てのプロセスは大きなシステムの枠組みの中にあるということに留意してください。

2.ゼロベース思考

 先入観を取り払うことによって今まで気付かなかったことに気付ける場合があります。限界と思っている範囲を広げてみたり,今までのやり方を白紙にしてみたり,いま一度そのプロセスの意味を考えてみたり,理想的な状態は何かを考えてみたりすると,質向上の手掛かりがつかめることがあります。

3.他者の成功例を参考にする

 大きな問題であればあるほど,同じ問題を抱えている人が自分以外にもいるはずです。同僚と話をしたり,学術雑誌を読んだり,学会に行ったりして,他の人はどのように対処しているのか学んでみてください。もちろん,よそでうまくいっている方法が自分のいる環境でもそのまま適応できるとは限りませんが,何らかのヒントにはなるはずです。状況に合わせて調整してみてください。

 改善できそうな問題や解決の糸口が見つかったら,以下の質向上の5つの原則を基に,次に何をすべきか考えます。

①質向上の目的を考える
②質が向上した場合,それがわかるフィードバックの仕組みを持つ
③質向上につながる効果のある変化をもたらす
④質向上につながる施策を導入する本番の前に,テストを行う
⑤いつ,どのように質向上につながる施策を導入するか考える

 全ての質向上は,何らかの変化を伴います。ただし,全ての変化が質向上につながるかというとそうではありません。仕事や活動のやり方を変えた結果,良好な効果が得られたかどうかを判断するには,前もって計測可能な基準を決め,その基準を満たしたことを確認する必要があります。何となく質向上につながりそうな変化を現場にもたらしても,評価できる基準がなくては,本当に質向上につながっているのかどうか判断できません。

 また,いいアイデアを思いついたらすぐに試したい気持ちはわかりますが,自分の頭の中で考えたことが,現場でその通りにうまくいくことはまれです。いきなり現場に変化をもたらそうとすると抵抗がおき,問題が発生することも少なくありません。気が早まるのをぐっと抑えて,まずは狭い範囲でテストをしてみましょう。そして,テストでうまくいかなかった部分から学び,どのような改善が必要か本番に向けて考えていきます。

 それでは,5つの原則とPDCAサイクル(連載第4回,第3121号参照)を組み合わせたModel for Improvement(質向上モデル)23)を用いて,質向上を実行してみましょう()。

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 質向上モデル3)

1)目的を決める

 冒頭の3つのヒントを基に,何ができそうか考えたら,その目的が今までの連載で紹介した6つの軸(安全性,有効性,患者中心,適時性,効率性,公正性)を満たすか確認してみましょう。

 確認できたら,その目的に達成期限,測定可能な達成目標およびターゲットとする集団を入れます(例:3か月後までにICU入室患者のカテーテル関連血流感染率を0%にする)。

2)チームをつくる

 質向上は一人ではできません。多職種の協力が必須です。効果的なチームをつくるには,次の3つの職種・役割の人にメンバーになってもらえるよう頼みましょう。

<組織の管理者>

 組織内での施策を実行する許可を与え,時間やリソースを割り当ててくれる人です。

<臨床的アドバイスをくれる専門家>

 施策がエビデンスに基づいているかどうか,臨床的に妥当なものかどうか相談できる人です。

<現場の責任者>

 日々の施策実行に責任を持ち,管理してくれる人です。

3)測定項目を決める

 質の向上が達成できているかどうかを知るためには,測定項目を決めなければなりません。それには,次の3つの指標が必要です。

<アウトカム指標>

 1)の目的に入れた指標です(例:カテーテル関連血流感染率)。

<プロセス指標>

 アウトカムを達成するためのプロセスを遂行できたかの指標です。2―4つ設定します(例:カテーテル挿入時のマキシマルバリアプリコーション施行率)。

<バランシング指標>

 目的を達成しようとすることにより起こり得る不都合な事象についての指標です。1つあるいは2つ設定します(例:人工呼吸器装着日数を短縮させようとした施策の再挿管率)。 上記の3つ全てを設定するのが現実的でない場合,プロセス指標の改善を目的とすることもあります。ただしそのときは,プロセス指標の改善がアウトカムの改善につながる蓋然性が十分に吟味されていなくてはなりません。なお,質向上は新しい知見を得るための医学研究とは目的が異なりますので,バイアスの調整のために患者背景まで測定する必要はありません。

4)施策を決める

 上記の3つの指標を使い,目的を達成するために必要な施策を具体的に決めます(例:チェックリストを利用する)。

5)施策をテストする

 施策を決めたら,それを狭い範囲でテストしてみます。ここでPDCAサイクルを回します。目的を再確認し,結果を予測し計画(Plan)を立てます。そして,計画を実行(Do)し,あらかじめ決めていた指標をデータとして集計します。問題が生じた場合は,それも記録します。次に集計結果を評価(Check)し,予測していた結果と比較し,わかったことをまとめます。最後に,そのわかったことを基に計画を見直し,改善(Act)を行い,次のPDCAサイクルの計画を立てます。このサイクルを何回か繰り返し,条件の違う環境でも同じ効果が得られるかどうか確認します。

6)施策を実行する

 何回かのテストを経た後,本番の施策を実行します。テストと違うのは,持続的な効果を維持するためのシステムを構築することが目的に加わるところです。

 次回は,具体的な事例を基に質向上モデルの流れを見ていきましょう。

▶ 質向上のための3つのヒントを基に問題と解決の糸口を考えてみよう

▶ 質向上の5つの原則を基に問題解決の手順を組み立ててみよう

▶ 5つの原則とPDCAサイクルを組み合わせた質向上モデルに従い,質向上に取り組んでみよう


この試算では,非効率的な医療のみならず,有効でない医療(本連載第34回参照)も,患者の利益に資さないという観点から“ムダ”に含まれています。したがって,ここでいう全ての“ムダ”が,効率の低さに由来するわけではありません。

1) Langley J,et al.The Improvement Guide: A Practical Approach to Enhancing Organizational Performance.2nd ed.Jossey-Bass;2009.
2) IHI Open School. Improvement Capability QI102 : The Model for Improvement: Your Engine for Change. Lesson 1: An Overview of the Model for Improvement.
3)IHI. How to Improve.

松戸市立病院救命救急センター医長

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