医学界新聞

連載

2015.09.14



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第9話:「悪い空気」について①

青柳 有紀(Consultant Physician/Whangarei Hospital, Northland District Health Board, New Zealand)


前回からつづく

皆さん,いかがお過ごしですか。日本では夏休みが終わり,海外旅行から帰国される方も多いころではないでしょうか。そんなこの時期に,ルワンダで出合った,ある興味深い症例について,皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

[症例]41歳男性。主訴:嘔気・嘔吐,下痢。生来健康で特記すべき既往歴はない。ルワンダ東部の軍基地に勤務している。それまで体調は良好であったが,3日前から嘔気・嘔吐が出現し,引き続いて水様性の下痢症状(1日に5-6回)がみられるようになった。経口摂取を試みるが,そのたびに嘔吐してしまうため,基地内の医療施設を受診した。「胃腸炎」と診断され,点滴による水分補給を受けたが,症状が改善しないため,首都の軍病院に転送されてきた。

 来院時のバイタルおよび身体所見は以下の通り。体温37.4℃,血圧121/67 mmHg,心拍数109/分,呼吸数20/分,SpO2 99%(room air)。疲弊した様子だが意識晴明で見当識障害はない。眼瞼結膜はやや蒼白である。口腔粘膜は正常。頸部リンパ節腫脹や甲状腺の腫脹は触れない。胸部聴診で心雑音なし。呼吸音正常。腹部触診で心窩部に軽度の圧痛を認める。肋骨弓下4 cmに脾臓を触れる。肝腫大はない。腹部膨満はない。大小関節に異常所見なし。皮疹なし。

あなたの鑑別診断は?

 皆さんはこの症例についてどう考えますか? 生来健康な男性にみられた急性の消化器症状です。嘔吐・下痢は一般外来や救急では非常によく遭遇する訴えで,そこから鑑別診断を広げていってもよいのですが,ルワンダのような「熱帯」では,少し異なるアプローチが必要になります。担当しているレジデントは,どうやらウイルス性,もしくは細菌性の胃腸炎を疑ってワークアップを始めたようです。

 レジデントのプレゼンテーションを聞き終えて,実際に自分で診察を始めてみると,まず患者の顕著な発汗に気がつきました。額に大粒の汗が浮かんでいるのです。また,患者の肌に触れると全体的にかなりの熱感がありました。どこからか,「悪い空気」が漂い始めるのを感じます。

 来院時のバイタルでは,体温は37.4℃となっていますが,これは具体的に何時間前に計測されたものでしょうか? 記録されている数値と実際の診察時の印象が異なる場合,積極的にバイタルサインを再検すべきです。この患者の体温を測り直したところ,39.1℃もありました。

D & D

 高熱を認めたことで,私たちの鑑別診断は大きく変わります。というのも,ルワンダは熱帯熱マラリアの流行地だからです。特にタンザニアとの国境に近い東部地域は症例が多く,重症化した患者が首都の三次医療機関に転送されてくることはしばしばあります。熱帯熱マラリアを見落とすことは,時として患者の死を意味するため,慎重なアプローチが必要です。そこで,マラリア(その語源は,イタリア語で「悪い空気」を意味するmala ariaに由来します)のリスクや症状に関連した,もう少し具体的な質問を患者にしてみました。

「嘔吐や下痢の症状が始まる前,あるいは始まってから,何か他に症状はありませんでしたか?」
「いや,嘔吐と下痢の症状がひどかったので,それに比べれば,大した問題は……」
「熱があるように感じたりしましたか?」
「嘔吐の症状の前にありましたが,軽微です」
「悪寒や戦慄はどうでしょう?」
「悪寒はありました」
「頭痛はどうでしょう?」
「そういえば発熱を感じたときに,確かにありました」
「軍に勤務されていますよね? 具体的に仕事の内容はどのようなものでしょう? オフィス内での仕事ですか,それとも屋外の任務でしょうか?」
「ここ数か月は基地とその周辺のパトロールが主な任務で,日によってシフトは昼のときも,夜のときもあります」
「(!)」

 隣でこのやりとりを聞いていた担当のレジデントに尋ねました。

「血液スメアは提出されたのかな?」
「基地内のクリニックで1回,念のため当院でも1回検査して陰性でした!」
「すぐにスメアを再提出しよう。仮にそれが陰性でも,午後にもう1枚出すよ」
「……」

 激しい消化器症状の影に隠れるように,この患者には,熱感,悪寒,頭痛といった,非特異的とはいえマラリアによく見られる症状が確かに存在したようです。また,暴露歴の点からも,マラリアが多く報告される地域で夜間に屋外を頻繁にパトロールするといった,明白なリスクファクターが問診により明らかになりました。換言すれば,この患者のマラリアに関する検査前確率(pretest probability)は,かなり高いと考えられます。

 多くの地域でマラリアの標準的な診断法として用いられている血液スメアには,厚層スメア(thick smear)と薄層スメア(thin smear)の2つがあります。一般に,より多くの血液量を用いる厚層スメアのほうが薄層スメアと比較して感度に優れていると言われていますが,その評価には熟練を要するため,私が感染症科のトレーニングを受けた施設では,厚層スメアを評価する資格を与えられていたのは,経験に富む微生物検査室のディレクターのみでした。

 マラリア診断における血液スメアの感度や特異度をひとくくりに論じるのは困難です。それらは,スメアを作り,検鏡する人の技術や経験に大きく左右されますし(英語では,これをoperator dependentと表現します),使用する機器など,検査施設の環境や設備にも影響されます1)。加えて,患者のparasitemia(血中のマラリア原虫量)の程度も結果を左右するので,マラリア診断に血液スメアを用いる際は,12-24時間ごとを目安に,最低でも3回繰り返すことが奨励されています2)

 私がルワンダに赴任した当時,軍病院には経験豊富な微生物検査技師がおり,地域病院や他の施設から転送されてくる発熱患者で,既に1-2枚の「血液スメア陰性」と判定されていたケースにもかかわらず,見事に診断してくれたことがありました。ところが,この技師が高齢を理由に引退して以降,明らかにマラリアを疑わせる症例で以前よりも診断に時間を要したり,3枚あるいは4枚目のスメアでようやく診断がつくようなケースが増えた,といったことがありました。

 症例の患者さんは,来院後2回目のスメアで陽性と診断され,キニーネの点滴治療により軽快しました。マラリアの表現はさまざまで,消化器症状が前面に出ることが時としてあります。また,この症例は「流行地における発熱症状は,除外されるまでマラリアとして扱う」というパールの奥深さについて雄弁に語っているようにも思えました。

 ルワンダの軍病院では,重症例に加えて,このような「非典型的」なマラリアの症例を多く診たのですが,あるとき,その理由について考えていて,理解したことがあります。典型的なマラリアの症例は,村々のヘルスセンターや地域病院で診断されてしまうので,三次医療機関である軍病院まで送られてこないのです。つまり,このような施設では,コモンな疾患のコモンな表現(common presentations of a common disease)よりも,コモンな疾患のコモンでない表現(uncommon presentations of a common disease)に出合う可能性が必然的に高くなるということです。

今回の教訓

◎記録されているバイタルサインの値と診察時に受ける印象が異なる場合,可及的かつ速やかにバイタルサインを再検する。

◎マラリアの流行地域における発熱(および流行地域からの帰国者における発熱)は,除外されるまでマラリアとして扱う。

◎マラリアの診断およびその除外目的に行う血液スメアは,12時間ごとを目安に,最低でも3回は施行する。

つづく

参考文献
1)Malaria diagnosis : memorandum from a WHO meeting. Bull World Health Organ. 1988 ; 66(5) : 575-94.〔PMID : 3061674〕
2)CDC. Treatment of Malaria : Guidelines For Clinicians. Part 1 : Reporting and Evaluation & Diagnosis.

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