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第3095号 2014年10月6日


モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第10回 在宅での感染対策って?

川口 篤也(勤医協中央病院総合診療センター 副センター長)


前回からつづく

(大徳) モヤ先生,最近Y先生について訪問診療に行ってるんだって?

(モヤ) 膀胱がんの末期で,尿路感染で入院したEさんが退院されたため,訪問診療してるんです。でもちょっと,モヤモヤしてることがあって……。

(大徳) ふーん,何だろう。

(モヤ) 入院中の尿培養から,ESBL(Extended Spectrum β -Lactamase:基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生の耐性大腸菌が検出されてるんです。抗菌薬の内服はもう少しで終了しますし,腎ろうカテーテルからの尿の処理は奥さんが行ってます。感染管理看護師(ICN)に感染対策について聞かれて,そういえば何も考えてなかったと思って……。

(大徳) 入院時だと,ESBL産生菌が検出された患者に対しては,接触予防策をとるよね。

(モヤ) はい。手袋やエプロンなどをして,ほかの患者に伝播させない対策をすると勉強しました。それを訪問看護師に伝えたんですけど,「必要であればやるけど,家族はどうするの?」と聞かれてしまって。75歳の奥さんはリウマチでメトトレキサート(MTX)などを内服していて,この前も尿路感染になってますし,確かに感染のリスクは高いんですが……。

(大徳) 在宅での感染対策をどこまですべきか,家族への伝播をどう考えるか,といった問いには,今のところ正解がないんだよね……。でもだからこそ,関係者で話し合ったほうがよい問題でもある。早速日程調整してみようか。


(1)医学的適応

(モヤ) Eさんは82歳男性で,膀胱がんの末期で予後は3か月以内と考えられています。先日尿路感染で入院したのですが,自宅に帰りたい希望が強く,静注抗菌薬投与で症状も改善していたので,内服薬に変更して自宅に帰しました。尿培養からESBL産生大腸菌が検出されていたので,感受性のある内服抗菌薬を処方したのですが,接触予防策については指示してません……。

(訪問看護師) 在宅では今まで「標準予防策」は行っていましたが,「接触予防策」を指示されたことはほとんどなかったですねぇ。

(感染管理看護師〈ICN〉) 最近,ESBLや多剤耐性緑膿菌などが増えていますが,在宅患者では対策が遅れがちだったのは確かです。でも,訪問診療時に医療従事者が,耐性菌が検出されている尿やカテーテルに触れるなどしてそのまま次の患者の診療に向かうと,耐性菌を伝播させる媒介をしてしまうことになるでしょう。ですからきっちり「接触予防策」をとることが必要なんですよ。

(モヤ) Eさんは膀胱がんのため腎ろうを造設し,そこにカテーテルを入れているので1日1回以上は尿の溜まったバッグを捨てないといけないんです。それを,今は奥さんが行っています。

(2)患者の意向

(モヤ) 本人は,できるだけ家で過ごしたいという希望が強いです。

(後期研修医Y) 奥さんのことがとても好きみたいで,よく奥さん自慢をされますよ。

(大徳) ご本人は,膀胱がんのことなどは全て知っているのですね?

(後期研修医Y) ええ。今後の見通しについても話しています。

(3)周囲の状況

(モヤ) 奥さんと娘夫婦,孫二人と住んでいます。

(訪問看護師) 奥さんは自分もリウマチがありながら,膀胱がんの夫をこれまでよく支えてこられました。普段はほとんど夫のそばにいます。今回このような「接触予防策」の話があって,私たちは差し支えないのですが,家族,特に奥さんにはどうしてもらうのがよいんだろう,と思いまして。奥さん自身,尿路感染で入院していたこともありますし。

(大徳) 奥さんからは耐性菌は検出されていますか?

(後期研修医Y) 過去の記録では,検出されていませんね。

(4)QOL

(大徳) 膀胱がんのターミナル期で,本人,家族ともにできるだけ自宅で過ごすことを希望していますし,そのようにしてもらうのが一番よいとは思います。そのために,特に家族の接触予防策をどうするか,ですね。

(感染管理看護師〈ICN〉) ESBLの場合,菌検出部位からの培養陰性化を1週間空けて確認できれば,接触予防策が解除できます。ただ,Eさんは腎ろうカテーテルを使用しているので,陰性化したとしても再度検出される可能性が高い。なので原則としては,接触予防策をとったほうがよいと思います。

(訪問看護師) でも……家族,特に奥さんが接触予防策をとるとなると,ほとんど一日中エプロン,手袋をつけて接することになるので,現実的ではない気が……。

(モヤ) (そうだよなあ)

(感染管理看護師〈ICN〉) ESBLは感染したら助からないような菌ではないですが,効果のある抗菌薬が限られるので,感染リスクのある人にはできれば伝播は避けたいところです。奥さん以外が介護するのは難しいのですか?

(訪問看護師) 娘さんがいますけど,パートの勤務時間帯に重なってしまいますから,難しいですねぇ。

(モヤ) ……Eさんはそんなに予後が長いわけじゃないですよね。これまで夫婦で仲むつまじく暮らしてきて,最後の数か月,接触を避けて暮らさざるを得ないのは,とても悲しいです。

(後期研修医Y) Eさん,奥さん,娘さんが,今後何を目標として過ごすのか,相談が必要ですね。耐性菌に感染するリスクを理解した上で残された短い期間を今まで通り過ごすのか,耐性菌伝播を徹底的に避けるような対策をとるのか。

Next Step

(大徳) それでは,Y先生とモヤ先生がEさん本人,ご家族と情報を共有した上で,残された時間を何に重きを置いて過ごしていくか,相談ですね。

(訪問看護師) 事業所で,接触予防策について再度確認と徹底を行います。

(感染管理看護師〈ICN〉) 私もこれを機に,在宅患者の感染対策について検討してみます。病棟と同じように考えて,画一的な対応ではうまくいかないこともあるのかも……。

(モヤ) (解決したような,してないような,だけど……とにかく皆で話し合ってみようっと)


 このケースでは,奥さんが今まで通りEさんのそばにいることで,後日全員の意見の一致をみました。尿のバッグを扱ったりする場合には手袋,エプロン,手洗いなどをしてもらうことになりましたが,完全には伝播を防げないことになります。奥さんからEさん由来のESBL産生大腸菌が検出されるかもしれませんし,幸い感染しないかもしれません。しかし,こればかりは感染の有無よりも,今ある情報をみんなで共有し,関係者の価値観を出し合ってそのとき最善と思われる決断をすることが大事ではないでしょうか。

 どのような決断も,必ずリスクと背中合わせです。何を優先するのか,医療者としてどのようにかかわるのか,モヤ先生はこれからもモヤモヤしながら,その都度考えていくのでしょう。

モヤ先生のつぶやき

 在宅ではそこに日常生活があり,病院での非日常の場面とは同じように考えてはいけないこともあるよなぁ。その人の普段の生活も考えられる医師にならなくっちゃ。

つづく

謝辞:本稿の執筆に当たり,高山義浩先生(前・沖縄県立中部病院感染症内科)にご示唆をいただきました。ここに御礼申し上げます。

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