暖かいお手当てをめざして 使い捨てカイロさん(鶴岡優子)
連載
2011.01.17
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「使い捨てカイロ」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
冬のあったかお手当てセット 外気で冷たくなり,家事で荒れた手は,使い捨てカイロ,手袋,ハンドクリームなどでメンテナンスしましょう。ゴッド・ハンドは一日にして成らず。地道にプロフェッショナル・ハンドをめざしたいものです。 |
ええ,そうです。在宅医療の現場は野外ではなく家の中です。定期的な訪問診療だと時間的にも余裕があるので,医療者もコタツやストーブに当たらせてもらって手を温めてから診察できます。聴診器を電気カーペットの上に置いて,まずはおしゃべりタイム,で暖まったころに診察。これもよくあるパターンです。十分なウォーミングアップが理想ですが,急に呼ばれて往診となるとそんな時間はとれません。
あれは雪の降るすごく寒い夜のこと。ご家族からの電話で往診依頼がありました。「おばあちゃんが,お腹のあたりを痛がっています」。医者は「スタッドレスにしておいてよかった」とつぶやきながら,往診車に乗り込み患者さん宅に向かいました。認知症はあっても,普段は元気な方です。体温は36.7度。血圧などに異常はありません。嘔吐や下痢,便秘もありません。どうされたのでしょう。
医者が「お腹を診察させてくださいね。ちょっと冷たいけど,ごめんなさい」と声をかけて,聴診器を当てようとしたそのときです。「何をする! 私のお腹で自分が暖まろうというのか!」。医者は慌てて聴診器を引っ込め,謝りながら聴診器を手で温めます。わき腹にふと目をやると,皮膚の一部が赤くなっていることに気づきました。もしや。「ここ,ヒリヒリしませんか? カイロ使った?」。ご家族が慌てて答えます。「今日出掛けたときに使ったね。でも先生,下着の上から貼りましたよ。もしかして,おばあちゃん,アレまだ取ってなかったの?」まさか。「お背中,診せていただけますか?」「寒いからイヤ!」。なかなか怒りはおさまりません。やっとのことでお背中があらわになると,長方形の私の仲間が腰に貼りついていました。いわゆる低温やけどです。便利なモノも使い方を誤ると大変なことになり,いきなりワルモノになります。「湯たんぽ使ってない? 電気アンカは?」。ワルモノ予備軍を捜すために,布団の中のガサ入れが始まりました。
その事件があってから,私は往診車に置かれるようになりました。もちろんイイモノとしてですよ。寒い日の往診で呼ばれたとき,車に乗り込んでエンジンを暖める時間,フロントガラスの氷を溶かす時間に,私を取り出しシャカシャカしておこうという作戦です。これがうまくいけば,患者さんのお宅に着くころには上着のポケットの中で暖かパワーが全開になっていて,診察直前の手を温めることができます。
「低温やけどに注意!」情報は,この冬訪問先のお宅でよく話題にのぼるようになりました。在宅ケアの現場では,ありとあらゆる方向に予測とその対策を立てておくことが大事と言われます。患者家族と医療者の両方にとって24時間365日休みなしの在宅医療です。未来の予測と対策が立っている場合とそうでない場合は,その負担は全然違うでしょうからね。これもある種,「事前のお手当て」なんでしょうか? それなら手アツク暖かいほうがいいですね。
(つづく)
鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。
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