医学界新聞

連載

2010.12.20

在宅医療モノ語り

第9話
語り手:時間を一緒に走ります カレンダーさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「カレンダー」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


大安に注目したカレンダー
カレンダーもいろいろ。年末にはどの部屋にどのカレンダーを飾るか楽しみにしている人も多いのでは。私はメモ欄が小さく機能的ではありませんが,大安だけを印してある珍しいタイプ。療養のお部屋用としてはオススメです。
 師走です。医師も看護師も走ります。患者さんのご家族も走ります。速く走れない在宅の患者さんにとって,ベッドの周りでバタバタされるのって,どんな気持ちかなぁと時々心配になります。私は患者さんのお部屋に吊り下げられたカレンダーですが,今年もあと1枚。寂しいくらいに身軽になりました。

 12月に限らず,最近の患者さんは毎日お忙しいみたいですね。私の部屋の方は,月曜日と金曜日がデイサービスの日なので,9時にはお迎えが来ます。ご家族も朝早くから,お着替えしなくちゃ,風呂上りにつけてもらう水虫の薬を用意しなきゃ,と大忙し。火曜日は医師が来る日で,木曜日は訪問看護師。ヘルパーは何曜日だったかな? とにかくルーチンの予定だけでも大変なのです。これらに,ショートステイなどが加わります。1泊2日だったり,1週間だったり,もっと長かったり。人によっては,訪問入浴も頼まれるそうです。

 訪問診療は,あらかじめ計画して,定期的に医師が患者さん宅を訪問して診察や診療を行います。患者さんや家族の求めに応じて訪問する往診とは区別されているようです。だいたい隔週の火曜日,と決まっていても,お互いスケジュールが混んでいるので,患者さんと家族と医師とで,来月はこの日とこの日ね,と約束しておくのです。そんなとき,私の日付にマーキングしていく医師もいますね。そのほか,3日ごとに貼る薬があるらしく,看護師も「デュロテップ何日何時に貼付」と書き込むことがあります。

 私へ書き込みするのはプロばかりではありません。在宅ケアにかかわるチームが一斉に見るカレンダーですので,情報の共有に使われるわけです。例えば,チームのみんなが重要視しているものに,「オツウジ」があります。表現はさまざまだと思いますが,要するに便通コントロールです。「最後に出たのはいつだっけ?」「あー,おとといかな? いや違う。前に看護師さんが来てくれたときに手伝ってもらったんだから,もう4日前か」。そんな会話の後,医師は「もしよかったらカレンダーに出た日をマークして,2,3日出なければ下剤を使ってくださいね」とアドバイス。

 次の訪問診療の日。私の上にしっかり記録されていました。「出たマーク」だけでなく,量を想像できるように数字で表現されていました。普通量を1として,ちょいと大目は1.2,いつもの半分0.5という感じで。「え? この日は6ですか? それは,大量でしたね。大漁のほうがいいかな?」と医師が笑っていると,ご家族はもっと笑って,「違いますよ。この日はゆるめだったので,出た回数です。いつもの6倍だと,キャッチする側も大変でしょう」。私の前で大爆笑です。患者さんの下痢がひどくなれば,笑っている場合ではありませんが,今は落ち着いておられるようで安心しました。

 来年は私の前でどんな会話がされるのでしょうか? そうだ。来年になると私ではなく2011年のカレンダーさんになりますね。たすきを渡すまでのわずかな時間ですが,これからも患者さんに合わせて,ゆっくり伴走させていただくつもりです。皆さまの来年も,ウン勢のよい1年でありますようにお祈りしています。

つづく


鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。

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