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第2911号 2011年1月10日


循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第9回】
不整脈のなかの不整脈"心房細動"(その2)

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 心房細動のメカニズムは20世紀後半,数々の動物実験と臨床試験の結果から徐々に理解が深まってきました。特にほとんどの心房細動が肺静脈起始部をトリガーとするという「発見」は,治療にも大きな進歩をもたらしました。

 その「発見」まで,心房細動の治療の中心はズバリ薬のさじ加減でした。シシリアン・ガンビットという抗不整脈薬の分類法をご存じでしょうか? 1990年代にイタリアのシシリー島での会議で提唱された抗不整脈薬の分類法ですが,のようなものです。このように各抗不整脈薬はさまざまなパターンでイオンチャネルやイオンポンプをブロックしますが,この中から,この患者さんの心房細動は早いのでNaブロッカーを主体的に攻めて,それがダメならKに対する作用が強いものを,などと不整脈の専門家が知識と経験を駆使してきたのがこの時期の心房細動の治療法です。ここではおおざっぱに,抗菌薬スペクトラムのように「ややこしい」ことだけわかっていただければ結構です。

 シシリアン・ガンビットの提唱する抗不整脈薬の分類表(一部抜粋)

心房細動のアブレーション

 さて,科学の進歩で心房細動の約80%が肺静脈起始部に由来するとわかったのですから,いささか暴力的ながらその場所の原因となる組織(=起始部の異所性心房組織)を消滅させれば問題はすべて解決するのではないかと考えた人々がいました。その手段として用いられたのが,高周波の交流電流で組織を熱凝固させる方法です。この高周波アブレーションは,主に外科分野で癌組織を焼くために用いられていましたが,これをすべての循環器内科医がこよなく愛する小道具"カテーテル"の先に電流を流れるようにし,不整脈の原因となる組織の焼灼に応用できるようにしたのがカテーテルアブレーション治療の始まりです。

 その後の技術の発展により,このカテーテルアブレーションはリエントリー性不整脈の治療に大きな威力を発揮するようになりました。特に下記の3タイプの不整脈に対する治癒率は95%を超えています。

(1)WPW症候群(房室リエントリー頻拍,Atrioventricular Reentrant Tachycardia ; AVRT)への副伝導路(Kent束)の焼灼
(2)房室結節リエントリー頻拍(AV Nodal Reentrant Tachycardia ; AVNRT)に対する房室結節Slow Pathwayの焼灼
(3)心房粗動(Atrial Flutter ; AFL)に対する三尖弁輪の焼灼

 この高い成功率は,不整脈治療に対する考え方を劇的に変えました。すなわち,さじ加減が支配していた薬物治療から,もし,そのリエントリー回路や興奮部位に手が届くのであれば,カテーテルを使って実際に手を下すほうが効率的であるという考え方に移行していったのです(図1)。

図1 主な右室側に由来する上室性不整脈のアブレーション施行部位
(1):AVRT,(2):AVNRT,(3):AFL.

 心房細動のアブレーション治療に戻りましょう。この場合話はそう簡単にはいきませんでした。ターゲットは肺静脈の起始部と明らかなのですが,それが特に左房側に存在するところが大きな問題でした。先に述べた三つの不整脈(AVRT,AVNRT,AFL)は,いずれも右房側からアクセス可能な部分(緑字部)が主なターゲットでしたが,左房に突き刺さっている肺静脈に大腿静脈からカテーテルが到達するにはどうしても心房中隔が邪魔になります。動脈系(例えば大腿動脈)から入れる方法もあるのですが,静脈に比べて圧が高く出血の合併症が多いのと,大動脈弁と僧帽弁を逆向きに通過し,さらに左室の中でUターンしなくてはなりません。そのため,一般的には先から針が出るタイプのカテーテルを使って心房中隔に穴をあけて,半ば無理矢理にアブレーション用のカテーテルを通過させます(図2)。この方法は,少々驚きかもしれませんが,心房中隔をくぐり抜ければ肺静脈はすぐ目の前です。

図2 肺静脈へのアプローチ(Brockenbrough法)
大腿静脈から入ったアブレーションカテーテルは心房中隔を「通って」左房内の肺静脈へと達する。上側の円形のものは肺静脈内の活動電位を計測するマッピングカテーテル。

1%

 前述したような方法で,肺静脈からの異所性興奮が伝わらないように1点1点熱凝固させて線を引いていくのが主流ですが(図3),その奏効率は60-80%とされています。また,時間がかかり(3-6時間),熱をかけ過ぎると心臓に穴があいてその出血が迅速に止まらないと心タンポナーデなどの重篤な合併症をたまに引き起こします。こうした大きな合併症の発生率は1%前後といわれていますが,この1%という数値を60-80%の治癒率に対してどう考えるかというのが現在の心房細動治療の大きなジレンマなのです。

図3 心房細動のアブレーションで焼かれる場所
カニのような形をした左房の中で緑の点の一つひとつが通電された部位であり,全体として肺静脈を左房から電気的に切り離している。

 本紙連載『レジデントのためのEBCP 第21回(2894号)』で取り上げられたとおり,そもそも心房細動の治療としてリズムコントロール(洞整脈の復調)が必要なのか? というところが,死亡率や脳卒中の発生の改善という観点からはなはだあいまいです。AFFIRMやAF-CHFといった大規模臨床試験でリズムコントロールを行った群は,レートコントロール(心房細動のまま脈拍数だけを調節)群と比較して長期予後の改善を認めませんでした。

 現実として,安定している心房細動の治療は抗凝固療法とリズムコントロールの適応の双方とも,医師が「任せてください,この方法がベストです」と言い切れるほどカッチリしたものはありません。つまり,どんな治療をしてもしなくても,満点を取ることは現状では不可能なのです。ワルファリンを投与すれば脳梗塞は予防できますが(60-70%),出血の可能性は上がります(絶対値で0.5%程度)。同じように,アブレーションでリズムコントロールを試みれば60-80%の患者さんで成功しますが,1%の方が合併症を被ります。

First, do no harm

 QOLの面から確かに心房細動のリズムコントロールを必要とする患者さんは確実に存在します。しかし,それは1%の合併症の発生と引き換えにするほどのものでしょうか? その問いかけに答えられるのは,おそらく患者さん本人だけでしょう(少なくとも医療者側だけで決定できるものではありません)。

 この心房細動治療のジレンマは,デバイスの発達による侵襲的治療の進歩と安全性の問題のモデルケースです。同じようなジレンマは他の分野の手技にも間違いなく存在します。そうしたとき,医師には「こうすべきだ」というパターナリスティック(父権的)ではなく,むしろ時間はかかっても「一緒にリスクとベネフィットを考えましょう」というパートナーシップを見いだすアプローチが必要とされます。

 今回はやや訓話めいた話になってしまいましたが,ぜひとも華やかな手技に引きずられることなく,患者さんにとってフェアであることを考えながら診療を行ってください。

つづく

参考文献
1)HRS/EHRA/ECAS expert Consensus Statement on catheter and surgical ablation of atrial fibrillation : recommendations for personnel, policy, procedures and follow-up. A report of the Heart Rhythm Society (HRS) Task Force on catheter and surgical ablation of atrial fibrillation. Heart Rhythm. 2007 ; 4(6) : 816-61.

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