不整脈のなかの不整脈“心房細動”(その1)(香坂俊)
連載
2010.12.06
循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ
【第8回】
不整脈のなかの不整脈"心房細動"(その1)
香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)
(前回からつづく)
循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。
そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?
心房という小さな王国は洞房結節という「王様」によって統率されています(メモ1)。この王様からの命令は,前回お伝えしたBachmann束などの高速伝達路によって国のすみずみまで伝えられます。各心房筋細胞はその電気信号を受け取ると脱分極し,さらにリレー式に次から次へと命令を伝え,結果として右房と左房は同時に収縮することができるのです。
メモ1 厳密に言うと,心房は洞房結節に存在するペースメーカー細胞から発せられる周期的な脱分極によって統率されています。洞房結節のペースメーカー細胞は心臓のどの細胞よりも早い周期で自発的な脱分極を繰り返すので,結果的に洞房結節が心臓の全細胞に向けて号令を発することになるわけです。もし洞不全症候群などで,洞結節が倒れると,他の心房筋や房室結節の細胞が号令を出し始めます。これが補充調律と呼ばれるものです(下の心電図を参照)。 補充調律の例 最初の4-5拍はきちんとP波が前にあるので洞房結節からの命令が出ているものと考えられますが,その後ピタっと命令が止まり,仕方なく房室結節が命令を出し始めています(P波はなくなっているので心房は全くサボってしまっていることがわかります)。 |
絶対的不整脈
さて,今回取り上げる心房細動ですが,これは「不整脈の王様」と呼ばれています。なぜなら,心房細動はそのリズムが絶対的不整(irregularly irregular)であり心拍と心拍の間にいかなる規則性も存在しないからです。この絶対的不整である,ということはなかなかわかりにくいのですが,II度の房室ブロックを引き合いに出して説明しましょう。
Wenckebach型にせよMobitz型にせよ,II度の房室ブロックは不整脈でありながらある程度の規則性が存在します(メモ2)。しかし,心房細動にはそんなものは微塵も存在しません。とにかく好きなように脈が飛んでいるのがおわかりいただけるでしょうか? 心房細動の脈をとっているとこちらが酔いそうになることもあります。
メモ2 (1)Wenckebach型II度房室ブロック (2)Mobitz型II度房室ブロック 上記は二つとも不整脈であることに間違いないですが,QRSだけを見てみると「4-5拍おき」という規則性が存在します。 (3)心房細動 ところが心房細動の脈の乱れは絶対的で,脈の飛び方にいかなる法則も存在しません。これは各々の心電図をもっと離して遠目にみるともう少しはっきりわかるものと思います。 (1),(2)の二つの心電図にはGroup Beating(四角部)が存在しますが,心房細動((3))にそのような規則性は一切ありません。 |
心房細動は瞬く星のように
この心房細動はいかなるメカニズムで発生するのかを,掘り下げていきたいと思います。心房細動が発生するのは補充調律と同じように,洞房結節の支配力が及ばなくなったときです。わかりやすい例として,血圧が高かったり,拡張不全で左室圧が高くなったりすると心房が拡大します。すると高速伝導路(Bachmann束)がズタズタに寸断され,洞房結節による命令が左房にうまく伝わらなくなり,左房の心房細胞はおのおの勝手に号令をかけ始めます。このように夜空に瞬く星のごとくキラキラと心房の中が色々な場所で光って,いくつもの小さなリエントリー回路を形成するのではないか,というのが最も初期(20世紀初頭)の心房細動のモデルです(図1,2)。
図1 正常時の伝導経路 | 図2 初期の心房細動モデル |
その後,房室結節はとりあえず不応期明けに漂着してきた号令をランダムに拾って心室へと電気的興奮を伝えていきます。このモデルはわかりやすく,ゴッホの「星月夜」のように幻想的でもあるのですが,残念ながらここ20年で話はそれほど単純ではないことがわかってきました。
あるいは渦のように
いくら絶対的不整脈とはいえもう少し規則性があるのではないか,というところで考えだされてきたモデルが「Leading Circleモデル」(図3)と呼ばれるものです。これは心房の中に一定の大きさのリエントリー回路が発生し,そのリエントリー回路が心房筋の不応期の長さによって不規則に変化し,渦のようにぐるぐると心房の中を回り続けるというモデルで,1980年代に動物実験の結果から導き出されてきたものです。そして,その渦がまた小さな渦を発生させたり,大きな渦へと発展したりするという理由で,絶対的不整となる心房細動という現象をうまく説明できます。これは何となくカルマン渦(註)を思わせるモデルですね。
図3 Leading Circleモデル |
渦はどこから発生するのか?
そして90年代に入り,この渦の発生源はどこなのか? という方面に話題は移っていきます。詳しい話はまた次回に扱いますが,電気生理学の発達によって心房細動の渦の発生源は肺静脈の入口部,しかも洞房結節から一番遠い左上方部の入口部で一番頻度が高いことがわかってきました。
発生学的には心房は槍のように刺さってくる肺静脈に心房筋がからみついて完成しますが,そのときに肺静脈に残った心房細胞がピコピコと自発的な信号を密かに出し続けている(あるいは出そうと試みている)ようです。通常そのささやかな信号はBachmann束などの巨大な命令系統で上書きされ,心房全体をコントロールするには至りません。しかし,何らかのきっかけで洞房結節からの命令が届かなくなると,その肺静脈の心房の遺残組織からの信号が左房側をコントロールするようになり,次第に心房細動に移行していくと考えられています1)。
図が多かったため,今回はここで紙面が尽きてしまいましたが,次回はここまでわかってきた心房細動の発生原理が,どのように治療に生かされているかとそのジレンマを扱います。
POINT●心房拡大等で洞房結節の指揮系統が寸断されると,肺静脈の自発的な脱分極が渦を描いて房室結節にランダムに伝わるようになる。
|
(つづく)
註:カルマン渦とは,流れのなかに障害物を置いたときにその後方に交互にできる渦の列のこと。
(参考) |
参考文献
1)Nattel S. New ideas about atrial fibrillation 50 years on. Nature. 2002 ; 415 (6868) : 219-26.
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