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第2838号 2009年7月13日


医長のためのビジネス塾

〔第6回〕企業戦略(1)理念と戦略

井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)


前回からつづく

 前回までの大きなテーマは,マーケティングでした。今回からは企業戦略という新たなテーマについて,話を進めていきます。

 テーマの順番をどのように決めているのかというと,実は私が受講した講義テーマの順と同様にしています。理由は,「経営についてそれほど詳しくない受講者たちに対して,少しでも取り組みやすいように」という配慮で,その講義テーマの順番が設定されていたからです。確かに,マーケティングは私たちが消費者として接する商品・サービスの背景にある仕組みなので,皆さんも感覚的に理解しやすかったのではないかと思います。そして,そのマーケティングの上層に位置するものが,今回から紹介する企業戦略です。

 戦略とは大きな方向性や方針である,と以前(連載第3回)に述べてきましたが,それ以上の深い内容については,長い説明が必要になるために省略していました。というのも,戦略を説明しようとすると,さらにその上層に位置する経営理念にも触れる必要があったからです。今回は,この戦略そのものをテーマにして,ゆっくりと解説します。

障壁にぶつかったときこそ「経営理念」は必要

 企業活動のピラミッド
 企業活動はピラミッドのようである,と喩えられます(図)。頂上にあるのが,経営理念です。そこにはミッション(存在意義,使命),ビジョン(組織のあるべき将来像),バリュー(提供していく価値)が含まれます。これらの内容は短期間で簡単に覆されるようなものでなく,長期間にわたり組織内で共有されていくべきものです。

 ミッションとビジョンは,混同しやすい概念です。実際にいくつかの企業のホームページをみても,その区別が不明瞭なものが散見されます。しかし,これらは本来異なる意図で作られたものであることを理解しておく必要があります。

 ミッション(使命)は,その名のとおり,自分たちの存在は何のためにあるのか,という存在理由を明言したものです。例えば,航空会社A社の「世界の人々に夢と感動を与える」などがこれに当たります。医療施設であれば「地域の人々の健康と安心を支える」などが相当します。

 一方,ビジョンは,企業や組織にとって,将来のなりたい姿をイメージしたものです。「未来予想図」と呼ぶ場合もあります。どのくらいの未来予想かについては,最低5-10年単位であることが一般的です。そして,それは単なるお題目ではなく,シンプルでわかりやすくてワクワクするようなメッセージであることが望まれます。例えば,液晶テレビで有名なS社の「地球温暖化負荷ゼロ企業の実現」などは,その典型ではないでしょうか。さらには,企業サイドの視点だけではなく,顧客・生活者の視点を加味することが重要です。マーケティングの説明でも触れたように,現代では顧客や社会とのコミュニケーションを怠る企業活動は,容易にその存在意義を失い,早期に衰退期を迎える危険性が高いからです。

 これらミッションとビジョンは,企業や組織が障壁にぶつかったときに,自分たちのあり方や行動を軌道修正し立ち戻るべき合意のベクトルとして重要なものです。順風満帆な安定期よりもむしろ,危機的状況,変革期,急激な成長期など,ひとつ間違えれば大変な結末を迎える不安定な時期にこそ必要になります。ただし,企業理念そのものにも修正が必要なこともありますが,そうならないために耐久性の高い理念の形成が求められます。

 ところで,皆さんは自身の所属組織の理念を簡単に思い浮かべることができますか? それに基づいて行動しているでしょうか? 「言うはやすし,行うは……」ですね。理念に基づく経営はなかなか難しいものだということが,実感してもらえるのではないでしょうか。

「企業戦略」によってビジョンを体現する

 戦略の定義は調べればたくさんあるようですが,その意味をひと言でいうと,「目的を達成するための方向性を指し示すこと,そのために採用する行動の選択,資源配分(人材,モノ,資金,情報)の意思決定」です。戦略は理念の下層に位置しているとおり,ミッションやビジョンを基盤としたものであるべきです。では,戦略とは何をすることなのでしょうか。

 ミッションとビジョンだけでは,実際のアクションとして何をすればよいのかが定まりません。組織のビジョンを,より具体化した目標が必要です。岡田武史監督率いるサッカー日本代表チームの「ワールドカップ南アフリカ大会でベスト4」は,ビジョンを具体化した非常に明確な目標です。このように,ビジョンを具体化するには,日程や数字などを付加して,到達すべき目標をつくる必要があるのです。

 到達すべき目標と現状との違いを分析すれば,その落差が明らかになるはずです。そして,その落差を埋めていくための道筋が必要になります。その道筋として何を選択するかが戦略に相当します。前述の日本代表チームにとっても,サッカー界全体を見渡した戦略的構想が存在しているはずです。

医療界における戦略

 そして,スポーツやビジネス界だけでなく,医療界においても,ビジョンを体現するための戦略が必要なことを否定する方はいないはずです。ただこれまでのところ,明確に戦略を巡らせて成功したモデルが医療界では十分に脚光を浴びてこなかったため,戦略の意味と価値が不明瞭なままになっていることも事実です。

 しかし,研修教育施設にいる方ならば,戦略の重要性を認識されているのではないでしょうか。なぜならば,ローテーションのスケジュールや経験すべき目標,習得すべき手技の数を単純に満たすことだけを念頭に置いた研修教育を行っていても,それだけでは臨床研修制度の理念を汲んだ研修教育であるとは言えないことを知っているからです。

 そのことに気づいて,その理念と現状のギャップを埋めるべく,戦略的な道筋を明示している教育施設がたくさんあります。そのような施設では,ローテーションの調整だけに終わらず,「一般目標や行動目標を達成するには,何をするべきか」という戦略的な議論を数多く重ねたのだろうと想像できます。

 かたや戦略的な視点に立つと少し残念な思いがするのは,来年度からの臨床研修制度の変更についてのやりとりの中で,理念に立ち返った議論や,現状と理念を埋めるための戦略的な話し合いが乏しかったことです。

 

 このように,「ビジョンに到達するために戦略的に何をするべきか」と立ち止まって考えてみる習慣を持つことは,院長クラスの医師だけでなく,現場を運営する各科の医長にとっても重要である,と提言したいと思います。

つづく

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