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第2718号 2007年2月5日


〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第16回 洪水と,戦争と,疫病と――アフリカの角の苦悩

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

 ソマリア,ケニア,エチオピア。これらの国々にスーダンなど数か国を加え,Horn of Africa(HOA:アフリカの角)と呼ぶ。アフリカ大陸の北東部に突き出たその地理的形状をよく言い表している。家畜を放牧しながら国境を越える人々も多い同地域では,伝染病などが各国共通の問題となりやすい。筆者はジュネーブでスーダン人の友人ができてから,この地域が妙に気にかかる。さらに業務関連として,筆者はソマリアのポリオに大いに関心がある。2005年,紛争中のソマリアでは数年ぶりに首都モガディシュなどを中心に,輸入例に端を発する185例の野生株ポリオのアウトブレイクが報告された。2006年には秋までに32例の散発例を数えるまでに減少し,週ごとの報告を聞くにつけ,さまざまな困難の中で,現地の人々や関係機関の献身的な努力があったことが窺い知れたからだ。

洪水の発生と健康上の問題

 2006年秋,すさまじい自然災害が,ソマリア,ケニア,エチオピアの国境地域で発生した。10月より始まった記録的な大雨と,その後に続く地域では史上最悪とも言われる洪水である。河川のワニが,あふれ出た水とともにさまざまな場所に現れて,襲われる人々が続出するなどのニュースも報じられた。道路は崩壊し,地域は孤立。安全な飲料水の欠乏,公衆衛生システムの破壊により,約150-180万人の人々が感染症を含む健康上のリスクに曝されたと予測された。国際社会は警戒と対応を強め,WHOも関係機関と協同して,現地の状況に応じたテクニカルな支援を行ってきた。

 災害に関連した感染症に対する,国際機関による対応として,最近では2004年末のインド洋大津波,2005年10月に発生したパキスタン大地震への関わりが記憶に新しい。その様子は,本紙第2661号(2005年12月5日:災害と感染症対策)において述べた。今回の災害においては,地域ではコレラを含む下痢症,マラリア,麻疹,髄膜炎などのリスクに加え,風土病のリフトバレー熱(最近はマダガスカル,サウジアラビア,イエメンなどでの集団発生が認められる)などへの懸念が,食料不足からくる低栄養状態の状況を背景に大きな問題となっていることが知らされた。

感染症の発生とさらなる混乱

 これらの国々の洪水前の状況を概観する。エチオピアでは2006年に4万人の急性水様性下痢症のアウトブレイクが各地で発生し,400人を超える死亡が報じられてきた。ケニアでは前年から続く麻疹流行がナイロビを含め容易に収まらなかった。ソマリアの情報は紛争もありなかなか入ってこない。このような中で,ソマリアとの国境近くに位置するケニアのGarissaにあるソマリア難民キャンプから3歳のポリオ患者発生が報告された。このケニア生まれで渡航歴のない女児は2006年9月17日に麻痺を発症し,ケニアでは実に20年ぶりのポリオ患者となった。塩基配列より,この患者から採れたウイルスは流行国であるナイジェリアに端を発し,ソマリア経由でケニアに流入したことが予想された。

 メディアは,紛争状態のソマリアからケニア国境地帯へ移動する避難民の増加が,キャンプの状況を悪化させていると指摘していた。とにかく問題が各国間に及びがちである。ワクチンの全国一斉接種などを,隣国同士で歩調を合わせて実施せざるを得ないところに,筆者は各国間の連携が不可欠にならざるを得ないという逆の可能性を感じたものだ。この状況下で大洪水は起こった。年末に各国合同で予定されていたポリオワクチンキャンペーンは延期された。感染症拡大が懸念される中で,筆者らは特に注意して関係機関からの情報収集に努めたが,逆にはっきりとした感染者数の情報などがつかみにくくなった。災害の中で,全体を把握するシステムが大きな困難に直面していると予想された。そして最も懸念されていた感染症の発生が報告された。それは偶然ではなく,地域の厳しい現状が端的に表れていると筆者には思えた。20年ぶりにケニアでポリオを報告したGarissaから,今度はリフトバレー熱の報告がもたらされたのである。

 情報収集に右往左往するわれわれの耳に,追い討ちをかけるように,さらに衝撃的なニュースが飛び込んできたのは12月24日のことである。HOAの一角を占めるエチオピア軍が,ソマリアの首都モガディシュなどを制圧している勢力に対して,ソマリア暫定政府とともに攻撃を開始したのであった。

リフトバレー熱の発生

 ケニアにおけるリフトバレー熱(RVF)事例については,現在世界中からの支援を得て対応が始まっており,いずれ,まとめて述べる機会があるかもしれない。筆者の周辺からも,現場での各団体の活動を調整するために,年末年始を返上してシニアクラスの人々がまず現地に派遣された。2007年1月8日現在,メディアでは,75人の死亡が報じられた。日本では馴染みの薄いRVFであるが,ケニア・ソマリアでは1997年から翌年にかけて,約1万8000人が感染し,598人が死亡した事例が関係者の間で広く知られている。かつての事例も激しい大雨の後に発生しており,事例を知る者は「(紛争を除けば)今回のケースは9年前とそっくりだ」と述べていた。

 RVFウイルスはRNAウイルスであり,蚊によって反芻動物に伝播される。このウイルスに感染した妊娠している羊や牛にはほぼ100%流産が起こるということで感染拡大を知る重要な指標になる(遊牧あるいは放牧を主とする人々=herdsmanへは重大な経済的損失となる)。通常はヒト-ヒト感染を起こすわけではなく,蚊に刺されることに加え,流産胎児や感染動物の取り扱い(解体や生乳の飲用なども?)により感染することから,herdsmanが感染者の中心となっている可能性が高い。これらの人々は都市のように隣り合って住んでいるわけではなく,また地域は洪水で寸断されており,患者発見や住民啓発のための活動や,患者を遠隔地から医療機関に移送することの困難さが窺い知れよう。初期症状は同時に発生しがちなマラリアやインフルエンザ様疾患と紛らわしいものの,本来的には約1%の症例に発生する出血熱を呈しなければ死亡率は高くはない。いわゆるエボラ出血熱などほど深刻ではない病気である,とされる。現場では,患者治療レベルの向上,サーベイランスの強化などに加え,蚊の駆除や蚊帳の配布などが始まり,動物に対するワクチン接種が始まった地域もある。

 以上はケニア側に関する話であり,ソマリア内部にかけては情報に乏しい。数人のRVFを疑わせる患者がソマリア側にもいるとの報道があり,今後も注意が必要である。1月9日現在,既に首都モガディシュを制圧した後のエチオピア軍・ソマリア暫定政府軍は,ソマリア南部において残存勢力の掃討作戦に出ているとされる。筆者はこれらの紛争について何ら語る知識と立場を持たないが,各種疫病への対応について,甚大な影響が出ないことを切に願ってやまない。

つづく

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