第2661号 2005年12月5日


〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第3回 災害と感染症対策

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

次々に発生する災害と災害後への備え

 昨年(2004年)末より,世界的規模の大きな災害の話題が続いている。ニュース映像などを思い出してみても,スマトラ沖大地震と直後のインド洋大津波,米国ミシシッピー州ニューオリンズを襲った台風カトリーナによる水害,パキスタン地震などの災害がすぐにあげられよう(2005年10月末現在)。これらの巨大な自然災害においては,被災地あるいは避難地域における感染症のアウトブレイクが二次的な災害として大きな被害を起こし得ることが注目されている。

 筆者は国際機関において,これらの災害下の感染症に関する情報収集業務の一端にも従事してきた。筆者がジュネーブで担当していた業務は,メディアや非公式情報を中心としたアウトブレイクの情報収集・評価であったが,被災地の現場においては,もっと生身の患者に近いところから情報を収集することとなり,また,得られた感染症発生の情報は直ちに対応に結びつくはずである(early warning system)。すなわち,「Surveillance for Action」というサーベイランスの原点がこのような状況下では見られる。

 本稿では,筆者が間接的に経験した,災害時の感染症サーベイランスの状況について,いくつかの事例を振り返りながら考えてみたい。

災害後の感染症の状況は対応の規模や質で変化する?

 昨年12月26日のインド洋大津波は,スマトラ島沖を震源とするここ40年で最大規模のマグニチュード9.0の地震と,その地震により発生した大津波により,インドネシアやインドなどを中心に南アジア・東アフリカ沿岸で死者・行方不明約30万人,被災者約120万人の被害を出す空前の大災害であった。WHOはインドネシアのアチェ州を中心にスタッフおよびコンサルタント約250人を動員して,各国・各機関と連携しつつ,地震後の感染症発生に対する取り組みを行ったのである(http://w3.whosea.org/LinkFiles/Reports_Tsunami_and_after-summary.pdf)。

 サーベイランスとしては,具体的には地震後最初の週では,水の汚染や外傷および外傷に起因する感染症が対象の中で特に注意され,第2週には第1週の対象に,呼吸器感染症,麻疹,水系感染症(赤痢やコレラなど),デング熱などのベクター媒介性感染症が加わった。データは日々集計され,感染症を疑わせる患者の報告があれば,調査が迅速に行われた。破傷風の患者は予想通り初期に多発したものの(これはヒト-ヒト感染ではない),意外なことに,感染症のアウトブレイクは報告されなかった。その理由を論ずるのは容易ではないが,大規模な支援が行われる中で,その要として,日々の情報をアセスメントし,各国・各機関の支援をうまく調整し,またワクチンを含む薬剤の配置などをロジ(ロジスティクス)担当者や現場に対して的確に指示する役割を担ったとされる,疫学者を中心とした連携体制の構築が有効であったことが大きな要因であったように筆者には思えてならない。

 単純に同列ではないが,この夏,7-8月にインド西部で発生した集中豪雨後とインド洋大津波後の状況を筆者はつい比べたくなる。日本でこの事例のことを覚えている人がどれくらいいるであろうか。報道などを見ると,7月24日から8月5日にかけて発生したインドのマハラシュトラ州などを中心とする洪水では直接に930人が死亡し,約34万人が被災した,とされる。

 筆者はこの事例についても,インド洋大津波後と同様に感染症発生に関する情報収集を行っていたが,「災害後の」被害の大きさに驚いた。外務省海外安全情報などから当時の文章を引用すると,8月15日までの統計で胃腸炎,レプトスピローシス,マラリア,デング熱によると思われる死亡者数は,マハラシュトラ州内で210人,そのうちムンバイ(=ボンベイ)市内が128人を占めている,との情報がある。ムンバイ市は1,200万人の人口をかかえるインド最大の商業都市である。このムンバイ市内では8月12日に902人,13日に1,049人,14日に1,043人,15日に958人の人が洪水に起因する感染症の治療のために入院したとされる。過少報告の可能性が高く,またその後の情報も断片的であり,患者実数はかなり多いものと予想された。この事例では,地元政府はWHOと協力しつつ活動を行った,とホームページ上などでは紹介されたが,その状況は十分に組織化された対応であったのか,疑問が残る。いずれにせよ,最終的な感染症患者発生状況の様子もはっきりしないまま,本事例はメディア等の情報からも姿を消した。

そしてパキスタン大地震

 2005年10月8日に同国北部を襲ったパキスタン地震では,死者は7万人を超えるとの情報もあり,これもまた未曾有の自然災害になった。筆者は被災地におけるサーベイランス構築のために,これまでに蓄積されてきた同地域の感染症アウトブレイク情報の提供およびサーベイランスシステム案の提案そのものについても少々関わることとなった。これらのガイドラインに関する情報は,WHOのウェブサイト(http://www.who.int/hac/techguidance/pht/
comdisease/en/index.html
)から見ることができる。

 10月26日現在の,感染症発生状況としては,インド洋大津波後と同様,104例の破傷風患者(うち19人死亡),14人の麻疹の報告がある。難民医療の常として,麻疹ワクチン(および破傷風ワクチン)接種が積極的に行われている。6例の急性黄疸患者が報告され,入院中の患者より400人の疥癬患者が報告された。メディアなどの情報では,避難民よりクリミア・コンゴ出血熱(CCHF)を疑わせる孤発患者の報告がある。これらの患者隔離,消毒(CCHFであれば院内感染も多い),検査などの点で,WHOなどの国際機関が協力しているはずである。インド洋大津波の場合と違って,今回,災害後の感染症はある程度発生しているようであり,また幸いにもサーベイランスは機能しているようである。

 わが国は,先の新潟中越地震などの経験を毎年のように繰り返している。災害大国として,災害下の感染症アウトブレイク対応も,今後さらに整えていくべき重要な課題であると言えよう。自国内において災害発生リスクの高さからその取り組みを役立てる一方で,外国などでの災害発生時にもその知恵を生かせる機会も少なくないはずである。

つづく