医学界新聞プラス

医学界新聞プラス

『事例で学ぶ 医療機関で起きる法的トラブルへの対処法』より

連載 増田拓也

2025.04.25

病院,クリニックでは日々様々なトラブルが生じています。『事例で学ぶ 医療機関で起きる法的トラブルへの対処法』は具体的な事例を紹介しつつ,トラブルへの対処や予防の方法を,Q&A形式でわかりやすく解説します。弁護士の豊富な実務経験をもとに,医療現場の専門家の視点も加わり,最新の法改正やトピックにも対応。医療事故や労務管理のみならず,SNS,サイバー攻撃,医師の働き方改革など多岐にわたるテーマを取り上げています。医療現場のお悩み解決に役立つ一冊です!

「医学界新聞プラス」では,本書より「医師・看護師への暴言・暴力への対応」をはじめ3事例をピックアップし,ご紹介していきます。

 

職員のSNSによる患者のプライバシーの漏えい

Point
医療機関が責任を負わなければならない可能性があります

 

Q
 当院には,かつて俳優であったA氏が通院しています.A氏は,高齢のため,約5年前に俳優業を引退しましたが,現在も一定の層には根強い人気があります.この度,当院の職員が,私的なSNSのアカウントから,A氏の病状やリハビリの様子を含む文章を,業務時間外に投稿していたことが発覚しました.すぐに投稿を削除させましたが,A氏の成年後見人は,医療機関にも使用者責任があるはずだといい,当院に対して,慰謝料1,000万円を請求しています.職員のSNSをめぐるトラブルですが,当院が責任を負わなければならないのでしょうか.

 

A
 たとえ業務時間外の私的な投稿であっても,医療機関の業務を契機として投稿され,医療機関の業務と密接な関連を有するものであれば,医療機関が使用者責任を負う可能性があります.

 

解説

 1 冒頭のQのモデルとした裁判例


 冒頭のQは,とある事案(以下,平成27年判決)1をモデルにしています.
 平成27年判決の事案では,映画監督であった原告が,訪問介護を業とする会社と,その従業員を被告として,それぞれ1,000万円の損害賠償の支払いを求めて提訴しました.この事案では,当該従業員が,原告が認知症に罹患していること,歯磨きなど日常生活の動作をひとりでこなすことができないことなどを記載した記事を,個人のブログに掲載したことが問題となりました.会社は,従業員の私的な時間におけるブログの投稿行為まで制御できないなどと反論しました.
 裁判所は,必然的に利用者のプライバシーに触れることになる訪問介護事業の特性などを考慮し,当該従業員が解雇される以前に掲載された記事(以下,記事1)について,会社の不法行為責任(使用者責任)を認めました.一方で,当該従業員が解雇された2か月以上後に掲載された記事(以下,記事2)については,会社の不法行為責任(使用者責任)を否定しましたが,原告と会社との間には,契約上の守秘義務があり,会社には記事2についての債務不履行責任(原告との契約違反)があると認めました.
 結論として,裁判所は,会社に対し,130万円及び遅延損害金の支払いを命じました.

 2 冒頭のQの検討


(1)医療機関の監督義務(使用者責任)
冒頭のQと平成27年判決とは事案が異なりますが,裁判例の中には,医療機関の院長が,看護師である職員に対し,医療機関の管理する職務上知り得た秘密が漏えいされることのないよう,勤務時間および勤務場所の内外を問わず,当該秘密を漏えいしないよう監督する義務を負っていたと判断したものがあり(以下,平成24年判決)2,冒頭のQでも,医療機関が,秘密を漏えいしないよう当該職員を監督する義務を負っていたと判断される可能性があります.
 その上で,医療機関が,業務時間外における職員個人のSNSの投稿について責任を負うか否かは,ケースバイケースですが,平成24年判決や平成27年判決を参考に考えてみると,医療機関の業務を契機として投稿され,医療機関の業務と密接な関連を有するものであれば,たとえ業務時間外の私的な投稿であっても,医療機関が不法行為責任を負う可能性があると考えられます.

(2)免責は認められるか
 ここで,医療機関は当該職員の選任監督上相当の注意をしたから免責される(民法715条1項ただし書)との反論はあり得るところですが,一般に,この理由により使用者が免責されるハードルはかなり高いと考えられています3.実際に,平成24年判決の事案では,医療機関側の監督として,①個人情報管理規程の制定・職員への周知・備え置き,②守秘義務を厳守する旨の誓約書の取得,③新人オリエンテーション研修における個人情報管理の指導(30分程度),④運営会議における個人情報保護の指導などの事情が認められましたが,結論としては,守秘義務に関する医療機関の認識及び指導が不十分であると判断されています.また,平成27年判決の事案で...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook