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[第3回]Case 11 救急受診後の再診で低K血症を来していた40歳代女性
『Dr. 長澤印 輸液・水電解質ドリル』より
連載 長澤将
2023.11.17
Dr. 長澤印 輸液・水電解質ドリル
輸液・水電解質は難しい,一見わかったようでも,やっぱりよくわからない……。電解質異常の患者を診た際,何の検査をオーダーし,その結果はどう解釈し,どう対応すればいいのでしょうか?
『Dr. 長澤印 輸液・水電解質ドリル』は1章の総論,2,3章(各論)の20にも上る珠玉の症例から輸液・水電解質の症例に対応する際の考え方をわかりやすく解説。経験豊富なDr.長澤の思考回路が1冊に詰め込まれています。
医学界新聞プラスでは,総論より「身体のバランスは『完璧なラーメンの味付け』である」,各論より「肝硬変・CKDで低Na血症を来している70歳代女性」「救急受診後の再診で低K血症を来していた40歳代女性」「腎機能低下を伴う高Ca血症を来した80歳代女性」をピックアップし,4回に分けて本書を紹介します。
水電解質・輸液の領域は正解にグラデーションがある(必ずしもエビデンスがない)ので, 問題集(2,3章)の解答には
正解 いかなる条件でも正答の可能性が高い選択肢
条件付き正解 確固たる理由があれば正答になりうる選択肢
の2パターンを用意しました.
条件付き正解の場合は,解説にその「条件」を示しています.
エビデンスが乏しい領域については,長年臨床を行ってきた私の感覚も入っているので, 正解・不正解で一喜一憂するのではなく,解説もあわせて珠玉の症例を紙上体験ください.
- 40歳代前半,女性.
- 現病歴
数日前まで便秘を繰り返しており,排便後に心窩部痛と嘔気を自覚し近医受診.輸液のみで症状は改善し,鎮痙薬が処方され帰宅となった.その後,何回か嘔吐をし,同日午後に帰宅後,再び心窩部痛が出現し,持続するため当院救急外来を受診した.子宮外妊娠の可能性や腹膜炎などを疑う所見もなく,外科的手術の適応はなかった.心電図や採血,エコーから冠動脈疾患も否定的であり,H2受容体拮抗薬を投与して帰宅した.1週間後の再診で低K血症を来していたためにコンサルトとなった. - [救外受診時]
- 身体所見
158cm,59kg,血圧130/78mmHg,心拍数 52bpm(整),36.1℃,SpO2 97%(室内気),呼吸回数25回/分.JCS 0,眼球に貧血/黄染なし.表在リンパ節は触知せず.甲状腺腫大なし.胸部:呼吸音・清,心雑音なし.腹部:平坦・軟,心窩部に圧痛あり.反跳痛・筋性防御なし.腸蠕動音は正常.皮膚:四肢体幹に皮疹なし.両側下腿浮腫なし. - 生活歴
飲酒歴:なし,喫煙歴:なし,家族歴:特記事項なし - 既往歴
過敏性腸症候群 - 内服薬
なし - 血液検査
Na 139mEq/L,Cl 95mEq/L,K 2.4mEq/L,Ca 8.9mg/dL, P 2.3mg/dL,Cr 0.47mg/dL,BUN 14mg/dL,Alb 4.3g/dL, Hb 10.8g/dL - 尿検査
尿比重1.020,pH 5.0,尿潜血−,尿タンパク− - 画像検査
腎臓の形態は10.5×5.2cm,左右差なし,石灰化の沈着なし - [1週間後再診時]
- 血液検査
Na 142mEq/L,Cl 100mEq/L,K 2.7mEq/L,Cr 0.45mg/dL, BUN 15mg/dL,Alb 4.2g/dL,Hb 11.1g/dL
- 再診時,この患者に追加するべき検査はどれか?
① 血液ガス
② 尿電解質
③ アルドステロン・レニン比
④ 甲状腺機能
⑤ 血清Mg値
- Q1の検査で遺伝性疾患の疑いが強まった.この患者にするべき対応はどれか?
① Kの補充
② Mgの補充
③ 遺伝子検査
④ サイアザイド系利尿薬の投与
- ●持続する低K血症,低Mg血症(尿中Na,K排泄亢進)
- ●高血圧がない
- ●レニン,アルドステロンがやや亢進
- ●低K血症を来す薬剤歴がない
- ●尿中Ca排泄低下
- Learning Point
- ★高K血症と違い,低K血症は「ホンモノ」が多い.
- ★「K摂取不足」か「K喪失」かの鑑別は,尿電解質を測るのが有用.
- ★Gitelman症候群は代謝性アルカローシス,低K血症,低Mg血症,低Ca尿症を来し,高血圧はないのが典型的.確定診断には遺伝子検査が必要.
- ★ただし,遺伝子検査はコストや倫理的な問題もあるので,慎重に考えよう.
- 文献
- 1) Kidney Int 59:710-717, 2001[PMID:11168953]
- 2) 臨床体液 40:18-21, 2013
- 3) J Clin Endocrinol Metab 95:E511-518, 2010[PMID:20810575]
- 4) 日腎会誌 57:743-750, 2015
解説
A1 正解 ①〜⑤すべて A2 正解 ①,② 条件付き正解 ③
Q1の解説
今回は研修医からのコンサルトでした.一見するとよくある経過です.心窩部痛に対してしっかりアセスメントされていると思います.外科的な手術適応がありそうな穿孔などはなく,動脈硬化のリスクは明らかではないですが急性冠症候群(acute coronary syndrome;ACS)は否定的です.年齢的に妊娠を除外診断しているのも素晴らしいと思います.そうなると,過敏性腸症候群に罹患している女性が,食あたりで嘔吐をしたために来院したのでは?と捉えてよさそうです.しかも嘔吐したとなると,このようなデータはそれほど疑問にも感じません.
でも,この症例をコンサルトした研修医は「何か気になるところ」があったのでしょう.血液ガスもとられており,pH 7.55,pO2 99mmHg,pCO2 34mmHg,HCO3− 29mEq/Lで,嘔吐に伴うClの喪失⇒HCO3−の上昇,代謝性アルカローシスとして矛盾しません.①は正解でよいでしょう.この研修医の偉かったところは,1週間後に再診の指示を入れていた点です.「患者は元気だったが,低K血症が持続するため」ということでコンサルトになりました.
低K血症はやっかいです.高K血症と違ってニセモノが少ないからです〔▶書籍『Dr. 長澤印 輸液・水電解質ドリル』1章-10(☞37頁)参照〕.血清K値が低い場合に細胞内プールのKが減少,つまり,身体の中のKがかなり減っている状態であることが多いです.
まず除外するべきは薬剤性です.低K血症を来す薬はたくさんありますが,よく出遭うのがループ利尿薬,甘草が入った漢方の多用です.患者さんに詳しく聞きましたが,「そんな薬は全く使っていない」とのことでした.確かに体格的には神経性やせ症のように極端な痩せなどはないです.
こういうときに役に立つのはやはり尿電解質になります.よって②は正解です.そろそろ慣れましたか?(笑) 尿電解質を測ったところ,uNa 211mEq/L,uK 98.4mEq/L,uCl 216mEq/L,uCr 109mg/dLと,かなりの排泄亢進があることがわかりました.K排泄を促すような薬剤は服用していないということですので,副腎機能検査をしてみるとACTH 17.8pg/mL,コルチゾール 21.8μg/dL,甲状腺機能はfT4 1.32ng/dL,fT3 2.74pg/mL,TSH 1.53μIU/mL,またレニン活性5.2ng/mL/時,アルドステロン濃度103pg/mLで,とりあえず副腎機能は問題なし,甲状腺機能は正常です.レニン,アルドステロンは少し亢進していて,やや脱水かな?という印象です.病態把握のために③,④は正解でしょう(甲状腺機能はなくてもよいかもしれませんが,副腎機能,レニン,アルドステロンを測っておいて甲状腺機能を測らない理由がほとんど思いつきません).
ここで変だと気づくでしょうか? 脱水なのにuNaとuClが高い.ここです.
普通であれば
となっているはずです.特に腎機能正常であればこうなるべきです.しかもこの患者さんではuKも高いです.こちらも普通であれば
となるはずです.つまり,この病態では,「腎臓からKやNaが喪失する病気では?」と捉え直す必要があります.ここで大事になってくるのは血清Mg値です.低K血症や低Ca血症をみつけた場合にはMg値を測るのが内科医としてのセンスになります.⑤は正解です.実際,この患者さんのMg値は1.6mg/dLと低値でした.
血圧がそれほど高くなく,低K血症,低Mg血症を来す疾患となると,Gitelman症候群が鑑別に挙がってきてほしいです(この病態をすぐに列記できるほどではなくてよいです.「確かそういう病気があったな」と思い,デスクに戻ってから成書を紐とく,くらいで十分です).
ここでよく国家試験に出てくる関連疾患を復習しておきましょう.
Liddle症候群は高血圧,低K血症,代謝性アルカローシス,体液量過剰を反映してレニン,アルドステロンが抑制される超激レア疾患です(私も直接みたことがない!).
Bartter症候群は血圧正常〜低値,低K血症,代謝性アルカローシスを来す疾患ですが,基本的には表現型が重症であり,新生児期からトラブルを起こすことが知られていますし,古典的には
この患者さんは追加でuCaを測ったところ,uCa 0.018g/gCr(基準値:0.05〜0.15g/gCr)でした.これで基本的な情報が出そろいました.まとめると下記のようになり,
Gitelman症候群を疑いました.患者さんの話をよく聞くと,定期的にお腹が痛くなり,いろいろな病院に行ったことがあるとのこと.3年前,5年前の受診歴があったクリニックからその際の採血結果を取り寄せると,ずーっとKが3mEq/L未満でした.
Q2の解説
さて,この患者さんの対応はどうしましょう.まずは,Kが排泄されてしまうために,経口でKを補充するのは妥当だと思います.よって①は正解です.Mg補充はいかがでしょうか? こちらもしてよいかと思いますので,②も正解です.レア疾患なのでpersonal communicationのレベルになりますが,Mgを補充すると臨床症状が改善するという人が多いという印象です.
ここでGitelman症候群の臨床症状は何かというと,非特異的ですが文献1,2では,塩分嗜好90%,筋痙攣84%,疲労感82%,めまい80%,夜間頻尿80%,口渇76%,筋力低下70%と報告されています.K欠乏のため筋肉の症状がメインであると捉えており,これらの症状をよく呈する印象を私ももっています.
さて遺伝子検査についてですが,Gitelman症候群の遺伝子検査は商業ベースで可能です.厳密に言えば「尿細管性電解質異常症」としてBartter症候群,Gitelman症候群,Liddle症候群などをまとめて検査することができます(ただし,2023年8月時点では保険適用にはなっていませんので患者負担となり,倫理的な配慮も必要です).一方で,実際に遺伝子検査を勧めるかどうかは悩ましいです.理由はGitelman症候群の遺伝子変異があったとしても治療介入が現時点では変わらず,KとMgを補充するくらいだからです(例えばFabry病に対する酵素補充のように明らかに有効な治療があれば遺伝子検査の意味合いも違ってきます).そのため,患者さんに「自分の身体に生じていることをこれまでの科学で説明できるかもしれませんが,治療法は変わらない可能性が高いです」と伝えたところ,「考えてきます」とのことでした.あくまで患者さんの希望があればということで,③は条件付き正解とします.
結局,この患者さんは既知の遺伝子に新規の異常がみつかりました(遺伝情報の機微があるため,ここでは明らかにはしません).一応,遺伝子検査をしたことで,偽性Gitelman症候群を来す疾患,例えば,ミトコンドリア病,常染色体優性低Ca血症,先天性腎尿細管疾患,囊胞性線維症,先天性クロール下痢症の可能性が著しく下がったと考えられます.ただし,完全に否定するのであれば,これらも検索しなくてはなりません.
さて,残るはサイアザイド系利尿薬です.Gitelman症候群はサイアザイドの作用点であるNa-Cl共輸送体(NCC)の障害ですので,サイアザイドは無効です〔ここがBartter症候群のNa-K-2Cl共輸送体(NK2Cl)の異常との違いです〕.よって④は不正解です.
以前はこのサイアザイド系利尿薬の有効性が鑑別診断に使われていたこともあるようですが,現在ではBartter症候群とGitelman症候群の鑑別には使いにくいことも報告されています 3).この2者の鑑別は非常に奥が深いので,興味がある方はまず文献4を読むのがよろしいかと思います.
今回はちょっと難しめの問題でしたが,摂取が足りないから低K血症なのか?出ているから低K血症なのか?を考える癖をつけていただければと思います.
Dr. 長澤印 輸液・水電解質ドリル
輸液・水電解質のリアルに挑め。経験豊富なDr.長澤の思考過程がみえる20症例。
<内容紹介>輸液・水電解質のリアルに挑め。経験豊富なDr.長澤の思考プロセスがみえる20症例!つまずきやすい輸液や水電解質をDr.長澤が初学者にもわかりやすく解説。1章(総論)で学んだあとは、2,3章(各論)の症例問題を解いて、どんどん実践すべし。わからないところがあったらいつでも1章(総論)に立ち返ろう。解き終えた後は付録の関連検査値・式、逆引き疾患目次、Learning Pointまとめもご活用ください。
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