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第3391号 2020年10月12日


名画で鍛える診療のエッセンス

大学の総合診療科医でもある著者が,教育・診療の視点でアートの可能性を探ります。

[第1回]どうして医学教育にアートが必要なの?

森永 康平(獨協医科大学総合診療科 助教/ミルキク 代表)


 本紙の座談会記事『対話型鑑賞で鍛える「みる」力』(第3379号)は,分野を越えて大きな反響を持って受け入れられました。名画の鑑賞は診療にどう生きるのでしょうか? 今号から月1回,実際に名画をみながら,医学教育におけるアートの可能性を広く探っていきます。


みているようで,観察していない

 さて,さっそくですが次の絵画()を見てみてください。

 モナ・リザ(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

 「あ,モナ・リザでしょ? 知ってる知ってる」と言わずにもう少しじっくりと。作者や作品の美術史的な情報はネットで検索すればすぐに出てきます。しかし絵をみずに「人物の左右にそれぞれ描かれているものは?」や「手はどちらを前にしている? どのように組んでいる?」と聞かれたら即答できますか?

 実は私たちの目はみているようで,観察していないのです。つまり私たちの目は一度大まかな輪郭や色合いをみて「あ,モナ・リザだ」と認識すれば次の関心事に“目移り”してそれ以上細部をみることも,時間を掛けて注視することもしなくなる「サボりたがり」です。

 医学部の授業では,観察することや話を聞くことが診療に重要だと教わります。一方でそれらの具体的な実践法について時間を掛けて習うことはほとんどなく,臨床での経験で自然に培われるものと認識されています。同様に「問題を解く力」は徹底して教え込まれますが,試験問題には「問題文に記載していない情報は全て正しく,解答に影響しない」や,「問題文で記載してある情報は絶対無二の『事実』で疑う余地はない」などの大前提や暗黙の了解が存在します。一方で実臨床では,見聞きした情報が正しい保証はなく,また手持ちの情報だけで解決法がみつかるとは限りません。そもそも情報自体,医療者自身が主体的に現場から集め,さらに取捨選択して活用しなければならないのです。

アートが秘める大きな可能性

 では医学とアートにはどんな関係があるのでしょうか。従来,アートは他分野との関係が薄いと考えられてきました。しかしアート作品を題材にすることで,これまで医学部の授業や指導で教わらなかった観察力や言語化能力,対話力,ひいては感性や美意識まで鍛えられるかもしれないとしたらワクワクしませんか?

 そもそもアートとは途方もない量の経験や情報が蓄積して生成された結晶です。われわれが目にするアートは複数の時代を跨ぎ,無数の人間たちの鑑賞や推理,分析に耐え,選び抜かれたものばかり。正解の解釈がないアートだからこそ,人種や身分,表情,服装,体型など普段であれば扱いにくいデリケートな話題であっても,じっくり観察し,解釈や推理を述べ,物語を紡ぐことが自由自在にできるのです。

 現代では私たちの手元にはスマートフォンがあり,わからなければすぐに調べる習慣が身につきました。その結果,事前知識や他者の解釈・意見などの情報なしで眼前の対象に五感をフル活用して向き合う機会は加速度的に減少しています。アートは主体的な観察力と思考力を取り戻す格好の呼び水となるのです。

 もう一度「モナ・リザ」を前にまっさらな状態で観察してみましょう。目を見開き,作品に集中し,描かれているどんな情報も見逃さぬように身構えましょう。これまで何千回みても気付かなかった絵の細部に,すぐにあなたは気付いたのではないでしょうか。

 この連載では残りの11回を使って,医学教育におけるアートの可能性を広く探っていきます。回を重ねるごとに観察力や対話力などを研ぎ澄ましていけるプログラムをめざしております。ぜひご期待ください。

(つづく)

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