医学界新聞

対談・座談会

2019.04.15



【対談】

7つのコアコンピテンシーで高める
感染症外来診療術

羽田野 義郎氏(東京医科歯科大学医学部附属病院感染制御部副部長)
北 和也氏(やわらぎクリニック副院長)


 外来の感染症診療で苦労した経験は誰しも一度はあるのではないでしょうか。感染症は診断・治療のバリエーションが多彩な上,選択する薬も多く,治療方針を誤ってしまうと患者さんに与える影響が大きいため,ともすると苦手意識を持ちかねません。Commonな疾患の治療はもちろん,uncommonな感染症の鑑別と後方医療機関への適切な紹介,抗菌薬の選択や予防を見据えたフォローアップなど,外来診療で担うべきマネジメントは多岐にわたります。

 診療所や在宅など地域のプライマリ・ケア領域において感染症を専門としない医師は,感染症診療のスキルアップをどう図れば良いのでしょう。『トップランナーの感染症外来診療術』(医学書院)の編者二人が,診療所・在宅,病院とそれぞれ異なる立場から,感染症外来診療にかかわる医師が備えたい7つのコアコンピテンシーを提案します。


羽田野 外来の感染症診療に苦手意識を持つ方は多いのではないでしょうか。

 ただ,感染症の基本マネジメントは外来診療にかかわる全ての医師に求められるため,避けては通れません。

羽田野 そこで,地域のプライマリ・ケア領域こそ感染症診療の底上げを図りやすいのではないかと考え,地域の感染症診療に貢献したいとの思いを強く持って取り組んでいます。

 急速に変化する最新情報を,地域でどう共有し広げるか。感染症専門医ではない私も,常々考えています。

周囲への啓発に不可欠な能力(コンピテンシー)

 感染症外来診療7つのコアコンピテンシー(クリックで拡大)

羽田野 診療所・在宅のセッティングで診療する北先生は,感染症診療の現状をどう見ていますか?

 研修医教育の段階で既に感染症教育が進み,レベルの底上げが進んでいます。今後はソロプラクティス(個人診療所)を念頭に,周囲に啓発するフェーズに差し掛かっているのではないでしょうか。

羽田野 地域の勉強会などに参加する機会が少なく,経験則で感染症を診ているような,本来伝えたい方々にどう理解してもらうか,ですね。

 はい。感染症はマネジメントを誤ると,時に凄惨なアウトカムを招くことがあるにもかかわらず,診療プラクティスが見直されず繰り返される状況があります。院長の父と一緒に診療していると,確かに父の世代には感染症診療を得意としない方も少なくないと感じます。それでも互いに情報を共有し,多職種で協力しつつシステムを改善することで,父はどんどん診療スタイルを改良してくれました。

羽田野 限られた感染症医だけでノウハウを啓発するのではなく,感染症を得意とする非専門医も参画して周囲の医師に助言する機会が必要でしょう。

 そこで今日の対談に先立ち,羽田野先生と互いに課した宿題が,「感染症診療のコアコンピテンシー」を考えるというものです。

羽田野 早速,北先生と検討したを見てみます。まず「1)人として/医師として,ジェネラリズム」を掲げました。この意図は何ですか?

 偉そうに聞こえるかもしれませんが,自戒の念を込めてです。感染症は全身臓器,全年齢にまたがり,診療の場を問わず医師のジェネラリズムが求められます。例えば高齢者の誤嚥性肺炎などは典型で,単に抗菌薬の選択を考えるだけではうまくいきません。発症の背景として口腔内衛生や食事介助の方法,そして治癒後は再発予防に向けた栄養状態やリハビリテーションなどのアセスメントが大切です。食事に対する本人の価値観を知ることも重要ですし,実際に食事介助をする家族や介護者との連携も不可欠なため,医師として幅広い視野が求められます。

羽田野 免疫不全患者を市中の非専門医が診ることも日常となっており,感染症のリスクは見逃せません。

 HIV患者,膠原病や呼吸器疾患でステロイド投与の患者,脾臓摘出後の患者などは意識から抜け落ちがちです。

羽田野 免疫不全患者に対する基本知識は,ワクチン接種のキャッチアップの把握にも必要です。地域で外来診療に携わる先生方には予防まで見越した感染症の知識を持ってほしいです。

Commonを制する者はUncommonを制する

 次に「2)Commonな感染症の診断とマネジメント」です。近隣の市中病院で週に1回,非常勤で感染症のコンサルテーションを受ける私の実感では,感染症医でなくても対応できるcommonな内容が多くを占めています。

羽田野 Commonな感染症を知り,「ちょっと違うな」と気付ければ,①診断とマネジメントの完遂,②診断および初期対応,迅速・安全な紹介,③退院後の長期フォローについてそれぞれ対処できますね。

 Commonを制する者はuncommonを制する。

羽田野 まさにそう!

 ①では具体的に,急性上気道炎,急性下気道炎,尿路感染症,急性下痢症,皮膚軟部組織感染症です。手足口病,口唇ヘルペス,帯状疱疹などのウイルス疾患もcommonです。

羽田野 白癬は診療所でもcommonな疾患ですよね。

 はい。皮膚科医でなくても白癬のマネジメントは大切です。

羽田野 白癬は蜂窩織炎の原因となるため,予防の観点は持ちたいものです。

 蜂窩織炎の原因が足の衛生状態や白癬が原因ということは多々あり,これらを改善させることが蜂窩織炎の根本解決になります。

 ②で後方医療機関の紹介に確実につなげたいのが,化膿性椎体炎や排菌している肺結核など。さらに,③の退院後の長期フォローでは,長期入院になりがちな化膿性椎体炎,および状態の安定している非結核性抗酸菌症患者を診療所の外来で対応できると良いでしょう。

羽田野 Uncommonな感染症のピックアップはいかがですか。

 実は先日,風疹の患者さんが来院しました。発熱,皮疹,後頸部リンパ節腫脹,結膜充血と典型的な所見でしたが,前医は鑑別に挙げていませんでした。とても熱心な先生にもかかわらず,です。診療所での感染症外来診療スキルは,私たちが思っている以上に共有できていないのかも,と感じました。

羽田野 ソロプラクティスで診断の答え合わせが難しい状況だったかもしれませんが,発熱+皮疹を見て思考を停止させないことが大切です。麻疹,風疹の他,HIVや伝染性単核球症,結核はcommonとは言えないまでも,感染症医の立場からは診断の際に念頭に置いてほしい疾患であり,鑑別に挙げる力が求められます。

 他にも,若年成人の急性多関節痛と聞けばパルボウイルスB19を鑑別に挙げる必要があります。「おかしいな」と思ったら,その違和感を言語化し周囲と共有することが大切で,もしわからなければ,わかる人に紹介すれば良いのです。

羽田野 診療所でのマネジメントの完結は必須ではありません。外来で対処できるか,紹介し入院させるかの見極めは,その先生のバックグラウンドによって異なります。違和感を察知し紹介できれば,非専門医の感染症診療においては十分ではないでしょうか。後方医療機関に送る/送らないの線引きを自身の中に明確に持ち,一歩先を見通す力を備えてほしいと思います。

フィードバックなくして改善なし

 臨床での判断力を養うにはフィードバックをかけるシステムや勉強会の機会もほしいですよね。

羽田野 わかります。自分の判断が適切か自信を持てないことは何年経験を積んでもあります。

 前医に対する忖度や年配の先生への言いにくさからフィードバックをためらうこともあるでしょう。しかし,プロフェッショナルとして伝えなければプラクティスが変化する機会は訪れません。診療所で適切な培養を取らずに抗菌薬の投与が始まったため,感染性心内膜炎や化膿性椎体炎の起炎菌がつかまらず,治療に難渋するケースが後を絶ちません。検査に出すこと自体抜けている施設も残念ながらあります。

羽田野 「後医は名医」,失敗はゼロではないので完璧を求めないことも必要です。前医も,もしかしたら化膿性椎体炎が頭によぎりながら「抗菌薬で何とか改善すれば」と処方したかもしれません。ですので,「疑った際は血液培養(血培)を取るか,ご紹介いただけると幸いです」と丁寧なフィードバックが必要かもしれませんね。

 「幸いです」の配慮は大切です(笑)。培養結果が出たら前医は後方医療機関と共有します。後医も前医へ抜かりなくフィードバックしてほしいです。

羽田野 感染症に対する苦手意識が定着すると,背景,臓器,微生物など,感染症診療の原則を考えることなく広域抗菌薬を選択する診療に陥りかねません。もちろん広域抗菌薬が必要な場面はありますが,単に「重症だから」広域抗菌薬を選んだのか,感染症診療の原則をしっかり考えた上で選択したのかの差は大きいです。「原則」に基づき,原因微生物を想定した抗菌薬を選択する胆力こそ必要で,そこから成功体験を積み重ねていけると良いですね。

 成功体験から診療スタイルが変わ

ったのが私の父です。かぜ診療に抗菌薬を使わずとも大丈夫と実感し,今では血培もオーダーしてくれます! 息子の意見を素直に取り入れアップデートする父はカッコイイと思います。

羽田野 北先生が横で診療する環境が大きいのでしょう。

 感染症を鑑別する検査セット「3)Fever work-up」もコンピテンシーに盛り込みました。北先生の診療所は看護師も血培を採取するのですか?

 はい,基本的に全て看護師です。当院では,医師が抗菌薬の点滴を出そうとすると,初回培養を取るか電子カルテに表示され,看護師が「血培,痰培取っておきますね」と言ってくれます。施設内に血培ボトルを設置し,多職種にも採取方法と意義を共通認識として持ってもらう教育も大切です。

羽田野 電子カルテの工夫は素晴らしいですね。医療は医師だけで行うものではありませんので,システムの改善やタスクシェアリングによって効率よく最良の医療を提供したいものです。

 Fever work-upを徹底し,抗菌薬も2~3種類の特徴を理解して使いこなせれば,十分対応できるはずです。

 経口抗菌薬では,細菌性咽頭炎や肺炎などで使用するペニシリン系抗菌薬のアモキシシリンとアモキシシリン・クラブラン酸,皮膚軟部組織感染症などで使用する第1世代セフェム系のセファレキシン,あとマイコプラズマ肺炎などに使うドキシサイクリン,尿路感染症で使用するST合剤くらいで,他はほぼ使用しません。受験予定の学生でどうしても早く治癒させたいカンピロバクター腸炎に対し,まれにアジスロマイシンを使うくらいでしょうか。

羽田野 研修医への指導も「初めに覚える内服抗菌薬は7つ」と教えています。少なくて良いので,よく使う抗菌薬の特徴を深く知る。これに尽きます。

 「4)薬剤耐性(AMR)対策を意識した抗菌薬の適切な選択」の基本です。

 抗菌薬の選択や投与量の他,広域抗菌薬から狭域抗菌薬に絞り込むデ・エスカレーションやその逆のエスカレーションの方法,梅毒検査やHIV検査の解釈などは,非専門医からよく相談を受けます。どう周知すれば良いでしょう。

羽田野 切実に困っているから聞くので,「マニュアルに書いてある」と言うだけでなく,地道にコンタクトを取り続ける活動も必要です。カルテに記載すれば良いとの考えもあるかもしれませんが,私はなるべく直接会い,会えなければ電話で治療方針とその先の予防を伝えるようにしています。

自施設の困り事は地域で共有を

羽田野 「6)ワクチン接種」も,外来で担いたい感染症対策です。

 当院は,肺炎球菌とインフルエンザを筆頭に,ワクチン接種には力を入れています。

羽田野 まずはその2つを押さえれば大丈夫でしょう。海外渡航のワクチンはカバーできずとも,地域社会の予防に通じるワクチンの知識は不可欠です。

 プラスαで麻疹,風疹,水痘,流行性耳下腺炎とB型肝炎,破傷風でしょうか。

羽田野 はい。抗菌薬の選択もワクチンの接種も,ミニマムリクワイアメントを示した確実な実践が,非専門医の底上げにつながります。「5)外来での感染症対策」にある針刺し事故発生時の対応も診療所で可能ですか?

 針刺し事故は誰にでも起こり得るため,地域の基幹病院や地元医師会と連携したフォロー体制が必要です。つい先日,発生時にどの後方医療機関に依頼するか当地区の医師会長に相談したところ,医師会から地域の基幹病院への依頼がすぐ決まり,針刺し時のワークフローができました。

羽田野 素晴らしい実践です。

 日頃から関係性が築けていたことも大きいですね。早速,勉強会を開催したところ,周囲の診療所も同様に困っていたようで,感謝されました。

 感染症は臓器横断的で地域社会に密着したテーマのため,医師同士で話題にしやすく多職種も関心を持ちやすいんです。感染症のテーマを地域密着で伝えるのも「7)地域社会への貢献」として求められるコンピテンシーです。

 感染症を得意とする医師や多職種,そして患者さん・市民も巻き込んだ医療を展開することが,将来の感染症診療の底上げには欠かせません。

羽田野 10年で大きく変化し,今も急速に進歩し続ける日本の感染症診療の最新情報を常にキャッチアップし,地に足の着いた診療が大切だと日々実感します。今の立ち位置を知るためにも,コンピテンシーを役立ててほしいです。

(了)


はだの・よしろう氏
2005年宮崎大卒。国立国際医療研究センターで臨床研修後,洛和会音羽病院総合内科後期研修,12年静岡県立静岡がんセンター感染症内科フェローシップ修了。その後聖マリア病院感染症科などを経て18年より現職。日々の疑問を自身で解決すべく臨床と臨床研究の両立をめざす。臨床熱帯医学修士(タイ・マヒドン大)。著書に『トップランナーの感染症外来診療術』(医学書院),『抗菌薬ドリル』(羊土社)など。

きた・かずや氏
2006年大阪医大卒。府中病院にて臨床研修後,府中病院急病救急部,阪南市民病院総合診療科,奈良県立医大感染症センター,西伊豆病院(当時)などで研鑽を積む。15年4月より父親が院長を務める地元奈良の診療所において,地域医療に貢献すべく奮闘している。編著に『今日から取り組む 実践! さよならポリファーマシー』(じほう),『トップランナーの感染症外来診療術』(医学書院)。

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