“思考の型”を持って病棟に(皿谷健)
連載
2017.07.10
身体所見×画像×エビデンスで迫る
呼吸器診療
肺病変は多種多彩。呼吸器診療では,「身体所見×画像×エビデンス」を駆使する能力が試されます。CASEをもとに,名医の思考回路から“思考の型”を追ってみましょう。
[第1回]“思考の型”を持って病棟に
皿谷 健(杏林大学呼吸器内科 講師)
十数年前,筆者の研修医としてのスタートは呼吸器内科でした。意気揚々と研修を開始しましたが,COPD急性増悪で入院した担当患者の苦しむ姿を見て(当時はあまり有用な治療法がなかったのです),呼吸器内科は“なんとなく敬遠する科”でした。
ではどうして今,呼吸器内科医として働いているのでしょうか? それはその後5年間の研修生活で,多くの科にまたがる“全身疾患の障害部位の一つ”としての肺病変の多彩さに驚き,勉強してみようと思い直したからです。肺こそ,ダイナミックかつ繊細に全身疾患が出現する部位なのです。
鑑別診断は病歴聴取,身体診察,画像所見,その他の検査所見を全て勘案して行います。特に呼吸器内科では胸部CTの高度な解析が可能となり,画像診断の重要性が高まっているように思います。
一症例を大事にする意味とは?
さて,あなたは外来でさまざまな主訴を持ってやってくる患者を相手にします。まだ呼吸器疾患かどうかはわかりません。診断する上で,筆者のお勧めは“思考の型”を持つことです。これはあまり難しく考える必要はありません。臨床医なら常に頭でやっていることだからです。
70歳男性患者がここ数日の湿性咳嗽と呼吸困難を主訴に来院したとします。重喫煙者ですが,入院歴はありません。主治医の頭の中では,過去に経験した症例から直観的に診断するSnap diagnosis(一発診断)ができる場合もありますが,多くは病歴や主訴,症状,身体所見,画像所見を合わせ,想定する疾患群の疫学的なデータ(好発年齢や性別など)も勘案して診断していきます。その時,図1のような鑑別の“思考の型”を想起すれば,ストーリーが出来上がり診断に近づきます。この繰り返しが臨床医の経験値となっていくと考えられます。
図1 鑑別の“思考の型”(クリックで拡大) |
また,一症例を丁寧に吟味していけば思いがけず他疾患でも類似した病歴(ストーリー)があることに気付くでしょう。ある病歴を持った一症例の理解の深化と他疾患/類似疾患との関連付けを行っていき,それを特徴のある集団として認識できる能力,この差が研修医と指導医の違い,すなわち“経験値とされるもの”ではないかと筆者は考えています。
臨床経過からの鑑別の重要性:絵巻物のススメ
疾患のテンポを“受診までの経過/受診後の経過”で把握することも極めて重要です。筆者は紙カルテの時代,複雑な病態の症例ではA4の紙をテープでつなげて絵巻物のようにして,症状出現前後からの全ての経過を書き込みカルテに貼るという作業をしていました。なにせ,研修医の時には木を見て森を見ず,のように大事なことを見落としている場合があるからです。
さらにこの作業は思考の整理にも役立ちます。研修医3年目の時,当時の上司と絵巻物を見ながら肺胞出血後の顕微鏡的多発血管炎の患者に生じた血小板減少についてdiscussionする中で,末梢血スメアを施行するように指導され,血栓性血小板減少性紫斑病の迅速診断に至った症例がありました。初期・後期研修医では目立つ症状だけに気を取られ,その背後にじわじわとやってくるサインに気付かないこともあるので,病態が複雑な時ほど,絵巻物とともに立ち止まって考える習慣をお勧めします。
肺病変があった場合,急性(数日の経過),亜急性(数週間),慢性(数週~数か月)の3つに大きく分けて考えます。急性でない場合は,ゆっくり考える時間があります。同じ急性の疾患でも真の急性なのか,慢性疾患の急性増悪なのかの鑑別も重要な情報です。
また,なるべく前医でのX線撮影などの画像所見を取り寄せましょう。肺の画像読影では完成してしまった病変よりも“今まさに起き始めている画像所見”の中に疾患のヒントが隠れている場合が多いからです。
呼吸器症状が急性の経過で出現・消退する症状や画像所見を見たら,アレルギー(好酸球が絡むことが多い)や心不全(に伴う溢水)を第一に考えます。9.11テロの際,大量のがれきの粉じんを吸い込んで急性過敏性肺炎が生じたことが報告されました。こうした場合,入院により抗原回避の状態となると,症状が急速に改善することもあります。
VINDICATEの活用:木を見て森を見ず,にならないために
診断戦略やClinical pearlに関しては参考となる良本が出ています1~3)。ここでは診断を漏らさないための鑑別診断の想起に焦点を当てます。ローレンス・ティアニー先生らによる方法を参考に,筆者は呼吸器領域の疾患をざっくり図2のように分類しています。このVINDICATEの分類は図1で紹介した“思考の型”の一要素です。鑑別を絞り込むにはVINDICATEに加え,病歴や身体所見などの他の要素から想起される疾患との重なりを意識するとよいでしょう。
問診ってどうするの?
問診にはOpen-ended question(なぜ・何を問う質問)とClosed question(Yes/Noで答える,より疾患特異的な質問)があります。最初に「どうして来院したのか?」「何がつらいのか?」などのOpen-ended questionを30秒~1分程度行います。「なぜ症状が起きたのか?」「患者自身ではどう思うか?」を聞くのは診断に役立つことが多いように感じます。
一方,Closed questionは主訴や症状をもとに,ある程度診断を想起した上で行う必要があるため,初期研修医には難関です。筆者が研修医の頃は,「セイントとフランシス」の記憶本で診断の想起漏れを確認し4),『The Patient History』で主にClosed questionをチョコチョコ読んだ記憶があります3)。症候から類推すべき疾患群は,他人が作成した記憶術やゴロ合わせでは覚えにくいことが多いので,どんどん自分流のアレンジや作成を行うのも“思考の型”を増やすのに役立つと思います。
たくさんの経験は,経験のための経験であってはなりません。自分なりの“思考の型”を持つことの重要性は症例が複雑になればなるほど,求められることになるのです。
(つづく)
【参考文献】
1)志水太郎.診断戦略――診断力向上のためのアートとサイエンス.医学書院;2014.
2)ローレンス・ティアニー.ティアニー先生のベスト・パール2.医学書院;2012.
3)Henderson M,et al.The Patient History:An Evidence-Based Approach to Differential Diagnosis.2nd ed.McGraw-Hill Medical;2012.
4)Saint S.Saint-Frances Guide to Inpatient Medicine.2nd ed.LWW;2003.
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