医学界新聞

連載

2017.07.03



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第16回]高齢者の慢性便秘への適切な介入とは?

関口 健二(信州大学医学部附属病院/市立大町総合病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 認知症,高血圧,逆流性食道炎,骨粗鬆症,便秘症で外来通院中の要介護1の84歳女性について,主介護者の長女から質問があった。「最近おばあちゃん,便の出が悪いらしくて。何かお薬いただけませんか?」


ディスカッション

◎高齢者の便秘の特徴は?
◎高齢者の慢性便秘への適切な介入とは?

 長期予後の改善よりも日々の生活の快適さが重要度を増す高齢者において,生活の主要素である「食べる」「寝る」「排泄する」の改善は,低侵襲でQOLを改善させ得る3大要素でもある。

 排泄が障害された状態が便秘であり,高齢になるとその有病割合は一気に増す。そしてその多くは慢性化し,生涯にわたり付き合っていかねばならない。慢性便秘は,患者のQOLを著しく低下させるものであり,ぜひ毎日の外来で積極的に介入していきたい。

患者の「便秘」を定義する

 正常の排便とされるものの範囲が広いため,便秘を正確に定義することは難しい。多くの人々は少なくとも週に3回は排便し,週3回未満の排便回数は便秘症診断の1要素である。しかし,排便の頻度が少ないということだけでは,便秘の診断基準とするには不十分である。Rome IV基準1)を参照し,排便頻度と便の性状(硬さ),過度の怒責(力み)の有無,下腹部膨満感,残便感などの症状から,患者の訴える「便秘」が本当は何を意味しているか,医学的に正しく定義し直すことが適切な介入への第一歩である。毎日排便することを重要と考える患者が毎日排便がないことを便秘として訴える場合や,近時記憶障害のために排便したことを忘れて便秘だと訴える場合など,医学的には便秘と考えられない例では患者や家族への教育が適切な介入となる。

 ひとたび医学的に便秘と判断されれば,排便回数・排便量の減少が主体なのか,排便困難が主体なのかを分類する。また,それが新規発症であればもちろんのこと,慢性便秘であっても治療反応性が悪い場合,体重減少,下血,便潜血,貧血を認める場合は,消化管疾患を必ず鑑別する2)。さらに,消化管疾患がなくても簡単に「慢性便秘」とするのではなく,便秘を増悪させ得る要因がないかを常に念頭に置きながら診療を進める必要がある。

老年症候群としての便秘

 高齢者の便秘診療が難しいのは,その原因となる複数の要因が複合的に関与して便秘という問題が表れているためである。以下に主な要因を示す3)

ポリファーマシー/薬剤有害作用:市販医薬品も含めて必ず全ての薬剤を確認する。6剤以上内服の患者は便秘発症リスクが有意に高いことが知られているし4),抗コリン作用を有する薬剤など,多くの薬剤で大腸通過遅延(腸管運動低下)を来し便秘を惹起する5)

併存疾患:大腸通過遅延を来し得る全身性疾患を表1に示す。鑑別診断を意識した問診,直腸診・便潜血,神経診察,腹部単純X線写真(宿便を疑うとき)1),採血(血算,カルシウムを含めた電解質,甲状腺機能)は必須である。

表1 高齢者の便秘の原因となる主な疾患(消化管疾患を除く)(文献7より一部改変)

運動量の低下:運動量が低下すれば腸管刺激も低下する。また,サルコペニアに至れば臥床しがちになり,腹筋群の筋力低下から腹腔内圧を上昇させることも難しくなる。高齢者の便秘で「そこまで来ているのに出ない」と排便困難を訴えることが多くなる理由である。したがって,高齢者の便秘評価では直腸診が欠かせない。腫瘍や便塊貯留の評価のみならず,肛門括約筋のトーヌス・随意収縮,痛みの有無(感覚障害),会陰下降の程度などを確認することで,スムーズな排便のために不可欠な骨盤底機能の障害の存在も評価することができる6)

食事内容の変化:加齢により食事量は減少する傾向にあるが,経口摂取不足のみでも機能性便秘は起こり得るし,口渇中枢感受性の低下による水分摂取量の減少も便秘を惹起する。食物繊維摂取不足もその要因であるが,咀嚼能の低下や義歯不具合があると特に,食物繊維を含む食材を避けることになり,摂取不足が助長される。プルーンジュースや乾燥プルーンが便秘を改善したとのRCTは複数あるが,いずれも超高齢者を研究対象に含んでいないことには注意が必要である。

生活環境の変化:独居であれば食材調達,調達した食材の調理,社会的孤立が食事量や栄養バランスに大きな影響を与える。また,頻尿症状を緩和するために飲水を我慢して脱水になったり,要介護者は介護者への遠慮から排便を我慢したりするようになり,便秘を惹起し得る。

認知機能低下:排泄時の失敗で着衣を汚したことを叱責されたことを契機に排便を我慢するようになったり,認知機能障害が進行して便意を認識できずに結果として排便を我慢してしまったりすることで便秘を惹起する。

慢性便秘への治療的介入

 上記疾患群を鑑別しながら,表2のごとく段階的に治療的介入を行う。介入の最も望ましいアウトカムは,生理的腸管運動機能の回復であり,Step 1が最も大切である。特に便意が乏しい高齢者においては,“朝目覚めたときに腸が動き出し食事により腸運動が活発化する”という生理的特徴を生かして,毎日朝食後にトイレに座る(座らせる)ことで,排便習慣が回復することも少なくない。

表2 慢性便秘への段階的アプローチ(文献8より一部改変)(クリックで拡大)

症例その後

 内服薬にカルシウム含有の健胃薬,ビタミンD,サイアザイド系利尿薬が含まれており,高カルシウム血症を来していたことが判明し,薬剤を調整。日中臥床している時間が長いことも考慮に入れ,デイサービスへの参加頻度を増やすとともに,朝食後のトイレ着座を習慣にしたところ,食事量も増え,刺激性下剤を使用せずに2日に1回の排便習慣に改善した。

クリニカルパール

✓日々の外来診療に「食べる」「寝る」「排泄する」の評価介入を取り入れよう。
✓「便秘」を正しく診断し,排便回数・排便量減少が主体か排便困難が主体かに分類しよう。
✓薬剤の有害作用,併存疾患,生活環境や認知機能の変化が複合的に関与していることを意識して介入しよう。
✓介入の最も望ましいアウトカムは生理的腸管運動機能の回復!


一言アドバイス

●便秘は排便の問題だけにとどまらず,尿閉やせん妄,食欲不振などの老年症候群を引き起こす可逆的な原因の一つにもなり得ることを心に留めておきたい。(狩野 惠彦/厚生連高岡病院)

●便失禁もまた高齢者のQOLを左右する排泄の問題。宿便に伴う溢流性のこともあり,加齢現象と安易に考えることなく,しっかり病歴・身体所見を取って評価しよう。(許 智栄/アドベンチストメディカルセンター)

つづく

参考文献
1)Gastroenterology. 2016[PMID:27144627]
2)CMAJ. 2013[PMID:23359042]
3)Harari D. Chapter 108. In:Howard M, et al. Brocklehurst's Textbook of Geriatric Medicine and Gerontology:Expert Consult. 7th ed. Saunders;2010. 909-25.
4)Gerontology. 1983[PMID:6852545]
5)Arch Intern Med. 2008[PMID:18332297]
6)Gastroenterol Clin North Am. 2009[PMID:19699408]
7)Best Pract Res Clin Gastroenterol. 2009[PMID:19942165]
8)American Geriatric Society. Geriatrics At Your Fingertips 2015. 17th ed. American Geriatric Society;2015. 188-93, 308-14.

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