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医学界新聞

寄稿

2017.06.12



【寄稿特集】

医学生・研修医に薦めたい
ベッドサイド・ライブラリー

就寝前の30分間が医師人生を切り開く


 臨床医学の父,ウィリアム・オスラー博士(1849~1919年)は,リベラル・アーツ(人間教育)の必要性を説き,医学生に就寝前30分間の読書を習慣付けるよう勧めました。オスラーは著書『平静の心』の中で,「医学生のためのベッドサイド・ライブラリー」として聖書やシェークスピアなどを挙げています。

 本紙ではその現代版として,第一線で活躍する方々から,医学生や研修医へお薦めの本をご紹介いただきました。この中の一冊との出合いが,あなたの人生を大きく変えることになるかもしれません。ピンときたものがあれば,ぜひ本棚に加えてみてはいかがでしょうか。

水野 篤
広田 喜一
河合 真
錦織 宏
青木 眞
市原 真
江口 重幸


水野 篤(聖路加国際病院 循環器内科)


❶ダニエル・カーネマン/村井章子訳『ファスト&スロー』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
❷小野寺牧子『にほんご万華鏡』(中央公論新社)
❸日野原重明『生と死に希望と支えを』(婦人画報社)

 日野原重明先生(聖路加国際病院名誉理事長・名誉院長)がオスラーの精神を含めて自身の“ベッドサイド・ライブラリー”を紹介しているのはご存じでしょうか(本紙第2384号)。『週刊医学界新聞』でも数回,今回のような本を紹介する企画がありました。しかし,本を紹介されただけで読みますか? いいえ,読まないことも多いでしょう。では,なぜこのような企画があるのか?

 本というものには出合うタイミング・読むタイミングがあります。その時その時の自分の人生に照らし合わせながら読む,そうでなければ,本を読む意味は少なくなることでしょう。『週刊医学界新聞』でのこれらの情報が先生方の未来に役に立つ時がきっと来るはずです。私もそうでしたので。

 私自身は数年前から,本との付き合いが深くなりました。いわゆる活字本は元々大嫌いでした。「大切なことは全て漫画で学んだ」という人生です。中でも『昴』,『宇宙兄弟』などは本当に自分の人生の心の支えとなっています。

 今回は,あえて漫画以外で3冊選ばせていただきました。まず❶『ファスト&スロー』,これは必読です。行動経済学って聞いたことがありますか? 私は本書を読み,臨床現場での考え方の甘さ,バイアスというものに打ちひしがれました。医学生・研修医のみならず全ての医師の最低限の教養として,これは読んでおいてほしいと思います。理系の頭に比較的親和性が高い書籍です。さらに,この本に出合ったことで,私は本が好きになり,今ではひたすら読書しております。そのようなきっかけにもなり得るポテンシャルの高い書籍です。

 2点目は❷『にほんご万華鏡』です。本書のイメージを一言で申し上げると「品格」です。おそらく日本語のこういった類いの書籍は多々あると思いますが,自分が出合ったのはこの本でした。日本語・日本人ということをしっかり感じ,四季を感じ,言葉で表現できる,そのような日本人としての品格を学ぶ本を読んでほしいと感じます。と,関西弁丸出しの私が申し上げても,説得力がないかもしれませんが……。

 最後に日野原先生の著書,❸『生と死に希望と支えを』です。残念ながら入手できるかどうかわかりませんが,『今日すべきことを精一杯!』(ポプラ新書)という現代版の書籍になって復刻しています。日野原先生が医師人生で初めて出会った少女の話は,医師としての辛い使命,そして温かさをも表現しています。医師と患者,これはオスラーからの影響を受け,それを日本人の感覚にマッチさせた深い一言一言がありますね。一般向けの部分よりも,そのあたりを医師として読み解くことこそが本書の魅力です。まさかの,このタイミングで本書をある方からいただきました。本と人生がつながる瞬間が必ずあります。その時に本を受け入れられる自分であり続けたいと思います。


河合 真(スタンフォード大学 睡眠医学センター)


❶遠藤周作『海と毒薬』(新潮文庫)
❷ウィリアム・C・デメント/藤井留美訳『ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか?』(講談社)
❸中井久夫『いじめのある世界に生きる君たちへ』(中央公論新社)

❶この本には医者が登場する。腕はいいのだが,暗い過去を持つ医師だ。決して「医者って素晴らしい」という本ではない。にもかかわらず私に医学の道を志すことを強く意識させた。初めて読んだのは中学生の頃だったと思うが,それ以来古本屋に売られることもなく私の本棚に鎮座している。この本は全編を通じて「正義とは何か?」を訴え掛けてくる。それと同時に,この本は人間の多面性を考えるきっかけも与えてくれる。医師として患者と向き合うとき,その人の「患者としての一面」しか私には見えないし,患者にとってみれば私の「医師としての一面」しか見えていない。その中で患者の「個人」としての多面性に想いをはせ,最善の診療を提案したいものだと思わせてくれる。

❷今では当たり前のように使われているレム睡眠という言葉がどうやって生まれたのか。まさに言葉通り夢を剝奪されたらヒトはどのように反応するのか。眠りとは何か? 眠気とは何か? そんな睡眠に魅入られた著者による,睡眠医学創世期の話である。決して快眠本ではないが,身近な睡眠というものを素朴な疑問から解きほぐしていく過程から,どの科学の創世期にも共通する医学研究者の興奮が伝わってくる。

 この本をきっかけに私は睡眠医学の道に進むことを決意したのだが,この本に登場する人物がいまだに存命していて,一緒に働く機会がまだあることを非常に光栄に思う。同時に睡眠医学がまだ若い分野であることを改めて認識させられる。この本を読んで睡眠医学に興味を持ってもらえればうれしいが,そうでなくても全てのヒトは眠るのだから,どの科に進むにしても必ず一度は睡眠を学んでおく必要がある。

 ちなみにこの和訳に頻出する「睡眠障害」という言葉が何を意味しているのか最初はわかりにくいかもしれない。実はsleep disorderという睡眠医学が扱う疾患全体(睡眠関連疾患と呼ぶことをお勧めする)を意味している。脳内でうまく翻訳して読み進めてほしい。

❸医師としていじめにかかわることは多い。もちろん小児科医になろうという人たちにとっては絶対に知っておかねばならないことだが,子どもとかかわることはどの科に行ってもあり得る。そして結婚して子どもができたりすると当事者になったりする。この本ではいじめの構造について非常にわかりやすく記載されていて,その中で大人の果たす役割の大きさを痛感させてくれる。

 いじめをやめさせることで被害者を救えるのは大人しかいない。そしてそれに気付ける瞬間はポロっと訪れる。外来で仲良くなって,親にも話していないことを子どもが医師に打ち明けてくれるかもしれない。身体表現性障害だなと思っていろいろ聞いてみると虐待の被害者だと判明することもある。そんな時,医師としての自分だけが助けられる立場にあることがある。いじめについて大人がきちんと「知ること」は最大の武器であり,それによって救える命がある。


青木 眞(感染症コンサルタント)


❶Yuval Noah Harari『Homo Deus』(Harper)
❷山本七平『「空気」の研究』(文春文庫)
❸『聖書』

❶最近読んだ本。古来,人類は「飢餓と疫病と戦火」を恐れてきたし,現在も恐れている。しかし今日,飢え(Eating too little)で亡くなる人よりも食べ過ぎ(Eating too much)で亡くなる人の数が多く,鳥インフルエンザやエボラで亡くなる人よりも加齢で亡くなる人の数のほうが多い。テロや災害で亡くなる人の数よりも自死を選ぶ人の数が多い反面,Googleは20億ドル掛けて死を克服する技術を開発中。100年以内には人間は死を克服すると予想する科学者もいる。さらに生物学とコンピューターサイエンスの進歩により,人は固有な「個」としての存在から機械的な「アルゴリズム」となり,チェスで人類を負かしバッハやベートーヴェンをしのぐ作曲もこなす人工知能の出現は機械と人の境界を消し去り始めている……(といったようなことも書いてあったような気がします)。

 再生医療や遺伝子診断その他,目覚ましい医学・科学の進歩に「心」が付いていけなくなった医療従事者の一人として考えさせられることの多い本であった。

❷25年前に読んだ本。25年前,帰国時,EBMという概念を木っ端みじんにする日本の臨床現場を支配する「空気」に悩んでいたときに筆者は本書に出合い救われた。流行の「忖度」という言葉を醸成する組織や,「忖度から以心伝心を引き算するとGreedが残る」といった構造を理解するにも,そして何より読者の診療現場を,よりリアリティーのある安全な空間とするためにも,最適な書物かもしれない(難産の新専門医制度や○△療法学会のガイドラインを理解するためにも有用か……?)。

❸物心付いたときから読んでいる本。❷の著者でクリスチャンの山本七平氏の講演を何度か拝聴する機会があったが,クリスチャンという語感から想起される情熱・愛情・優しさといった雰囲気からは程遠い,極めて冷徹・合理的・現実主義的リアリティーのある方であった。「宗教はSupernatural(超自然・神秘)とかSuperstition(迷信)と混同されるべきでない。科学はFact(事実)を扱い,宗教はValue(価値)を扱う」とは❶の著者Harari氏の言葉である。

 聖書に出てくる荒唐無稽に見える奇跡物語が,科学の進歩により合理的に説明可能となったとしても決して信仰する気持ちが強められるわけではない……という気付きも大切かもしれない。


江口 重幸(東京武蔵野病院副院長 精神科)


❶正岡子規『病牀六尺』(岩波文庫)
❷柳田国男『遠野物語・山の人生』(岩波文庫)
❸アンリ・エレンベルガー/木村敏・中井久夫監訳『無意識の発見』(弘文堂)

❶今年は,正岡子規生誕150年を記念して関連行事や書籍の刊行が相次いでいる。本書は子規最晩年に書かれた新聞連載。これに先立つ『墨汁一滴』と病床日記『仰臥漫録』を含む3冊は,いつ読んでも不思議な勇気を吹き込まれる。亡くなる1年程前の,絶叫し号泣する日々の記載には鬼気迫るものがあるが,その分さらに子規の底知れぬ人間的魅力に引き込まれることになる。慢性疾患に関心を持つ私にとって,何よりも優れた闘病記であり,ケアへのヒント満載の書である。さらに『漱石・子規往復書簡集』を読むと,漱石の繊細で卓越した励まし手ぶりにも感心させられる。現在の病院に勤めて10年目の記念に購入したのも『子規全集』全25冊(講談社)であり,いまだに家宝のごとく大切にしている。

❷柳田の著作はなぜこうも刺激的なのか。民俗学という枠組みを越えて,私たちの暮らす社会や制度の何たるかを驚くような仕方で照らし出してくれるからだろう。かつて関西の山村で憑依事例の医療人類学的なフィールドワークをしたことがあるが,その際『山の人生』にちりばめられた発想に完璧に打ちのめされた。その冒頭の炭焼きの挿話は衝撃的だが,谷川健一『柳田国男の民俗学』(岩波新書)に後日談が記されている。こうして読書の連鎖につながる楽しみがある。もちろん『遠野物語』も無尽蔵に深い世界であるが,優れた注釈書がいくつかあり,その助けがあるとさらにいい。本書は,買ってでも人に読ませたい書物である。ちなみに,『巫女考』や『毛坊主考』も(これらも結構読みにくい文体だが)その内容たるや,恐ろしいまでにスリリングである。

❸本書はやや専門領域に立ち入るが,力動精神医学の歴史を描いた名著である。約四半世紀前,本書を書くための全資料が著者から遺贈されたサンタンヌ病院(パリ)の一室を訪れたことがあり,その時の,著者がその場にいるかのような静謐な迫力を今でも時々思い出すことがある。精神医学史を大胆に紹介しながら,そこには小さき者,マイナーな者の視点が貫かれている。精神療法を志す人には,仕事に就いて10年程を経て自分の臨床スタイルがやや固まってから読むことを勧めている。本書を読むと過去の高名な臨床家(私の場合シャルコーやジャネ)が,眼前に現れて語りだす錯覚に陥る。これを可能にするのはやはりエレンベルガーの構想力と筆力なのだと思う。

 最後に,あくまで私見だが,総じて読書は,これと思う本に出合ったら,(時間がないと嘆かず)3度読みをし,その間に(厄介でも)後日検索可能な程度の要旨をメモしておくことを勧める。洋書の場合,それでも愛着が残るようなら,翻訳してしまうのがいい。その過程で,文字通り著者との日々の対話を重ねられるからである。


広田 喜一(関西医科大学附属 生命医学研究所 学長特命教授)


❶J-P・サルトル/伊吹武彦訳『実存主義とは何か』(人文書院)
❷熊谷晋一郎『リハビリの夜』(医学書院)
❸渡辺淳一『白夜』全5巻(中央公論新社)

 枕頭の書という求めですが,研究室の本棚から3冊選びました。

❶高校1年の夏に読んだ大江健三郎さんの『個人的な体験』でサルトルに目覚めた,と思った。『実存主義とは何か』は1945年に行われた講演の記録。古本屋で購ったクールな装丁のサルトル全集の一冊(1970年の改訂版)が今でも手元にあります。紅衛兵のスローガン「造反有理」とカフカの「君と世界の戦いでは,世界に支援せよ」と共にサルトルの「実存は本質に先立つ」は高校生の時代からぼくの座右の銘でダメな自分をいつも肯定してくれる言葉となっています。

❷医学書院の《シリーズ ケアをひらく》の一冊ですがこれを一般的な意味での医学書として読む人はいないだろうと思います。『週刊医学界新聞』で紹介されていたのを偶然見掛けて読んでみました。著者は脳性麻痺を患っている熊谷晋一郎さん。ご自身のリハビリ体験が赤裸々に語られます。第三章「リハビリの夜」と第四章「耽り」でのセクシュアリティ論から出発して,著者が小児科医として勤務してからの体験が語られる第五章「動きの誕生」はこの本の白眉です。極めて興味深い身体論が展開していきます。この部分だけでも,全ての医療人,とりわけ今年スタートしてまだ医療現場になじめずプライドをずたずたにされている研修医に読んでもらいたいと思う。随分楽になるし絶対に“気付き”があると思います。

 個人的には「敗北の官能」という言葉で著者が表現する「快楽」の一形態にはとても興味を持ちました。大きな力に身を任せ,敗北の快楽に飲み込まれたときにこそ自由が立ち上がるとする考え方に影響されました。

❸自身も整形外科の医者だった渡辺淳一さんの「自伝的」小説。ぼくが高校生の時から大学卒業までの時期にちょうど重なり5冊にわたって出版されたビルドゥングスロマン(自己形成小説)です。一般人が「渡辺小説」に期待するような要素は一切含まれていません。身内や親戚に医療関係者がなく医師をめざす必然もなく自分の成績で合格可能という理由で医学部受験をしたぼくは,それ故理論武装する必要があると当時は思い込んでいたのです。森鷗外から始まって手塚治虫,安部公房,北杜夫,チェーホフ,クローニン,加賀乙彦ときて加藤周一まで読みあさった中の一作品。ベタすぎてそれはないだろうというようなエピソード満載なのですが,たぶん全部実際に起こったことで,読み返すとこの大河小説にぼくは確実に影響を受けていることがイヤになるほどよくわかる。今日の医療を取り巻く未解決の問題のほとんどがそのまま提示され,今日的価値は十分にあるというか,ここ35年間ぼくら何してきたのかと毎回思う。


錦織 宏(京都大学医学教育・国際化推進センター 准教授)


❶吉田敦彦『一冊でまるごとわかるギリシア神話』(だいわ文庫)
❷岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
❸新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫)

 20年ほど前,私が国家試験に合格して研修医になった時に精神科医である父から読むように勧められたのが,『ギリシア神話』であった。父が私に勧めたのは「人間の犯しやすい過ちのほとんどが網羅されている」という理由であったが,そのまま私から皆さんへの推薦理由としたい。❶のようなビジュアルに溢れた本も多く出版されているので,読みやすそうな本から手に取ってみるとよいだろう。人間理解のための古典の一つであり,今日的・西洋風の言葉で言えば,医学書ではなかなか学べないナラティブがちりばめられている。星座にまつわる話も多いので,当直の夜に眺める星空が違って見えるようになるかもしれない。

 数年前に❷『嫌われる勇気』を読んで強い衝撃を受けたのは,医療・教育の現場に立っている自分の中に必要以上の承認欲求があることに気付かされたからである。医学部に合格するまでの間の過度な競争によって,対人援助にかかわることになる皆さんが過度の承認欲求にとらわれているのではないかと類推することが,本書を推薦する理由である。他者貢献感や共同体感覚といった概念について理解を深めることで,ワークライフバランスも含めて,医師の利他的な姿勢の在り方について考えてみてほしい。なおアドラー心理学は実践とその分析を通して学ぶことが望ましいとされているため,本を読むのみにとどめず,野田俊作氏を初代会長とする日本アドラー心理学会などでの活動を通して理解を深め,❷を批判的に読むことも勧めたい。

 私自身の論文でも取り上げた❸『武士道』を推薦するのは,グローバル化のさまざまな影響を受ける今日,皆さんにはこれまで以上に国際社会と接する機会があるのではないかと考えるからである。海外の医師・研究者と交流する際,本書に書かれた内容が自身の価値観に意外にも大きく影響を与えていることに気付きながら,それを一つのレンズとして自己を相対化していってほしい。また世界的な西洋覇権主義によって私たちの日常の臨床現場にもカタカナ語が増え続けているように感じているが,目の前の患者を救う際に求められるのは現場で生まれた実践知であり,輸入した西洋由来の概念を文脈を考慮せずに適用することではない。地に足をつけて診療する,別な言葉を使えば,福澤諭吉の言う「一身独立」の精神を大事にして医療を実践する上で,新渡戸稲造が本書を記したプロセス自体が皆さんの一助となるだろう。

 いずれも行動規範について考える機会を与えてくれるこれらの本を推薦するのは,新自由主義隆盛の現代社会に対して,一医師として私なりに対峙したいと考えているからである。「それってやる意味があるんですか?」という問いに表現される消費者主義的な判断基準に支配され過ぎていては,正直,医者の仕事を続けるのは難しいと感じる。これら先人の知恵から,自分なりに医師としての価値観を構築していってもらいたいと願う。


市原 真(札幌厚生病院 病理診断科)


❶月刊誌『本の雑誌』(本の雑誌社)
❷玉村豊男『料理の四面体』(中公文庫)
❸深谷かほる『夜廻り猫』(講談社)

 寝ながら本を読むと,うとうとしたときに,顔に本が落ちてくるんですよ。危ないです。いや,ま,そりゃあね,盛大にお金を稼いで,天蓋の付いたキングサイズのベッドを買って,体より大きなふかふかの枕を背もたれにして,就寝前の30分を天国みたいに過ごせるベテランドクターなら,ハリソンでもアッカーマンでも膝に置いて優雅に読書できるのでしょうが,無印良品のクッションに体を埋めて本を読みながら寝落ちするのが好きなぼくは,京極夏彦でメガネを割ったこともありますし,横山秀夫で唇を切ったこともあります。夜中に分厚い本を読むのは,体のためになりません。

 だったら,どういう本を読むか。軽くて,持ちやすい本です。軽くて,というのは,重量もですが,内容もです。別の人生に突入するみたいなヘビーな本よりも,別の人生をちょっとのぞき見する程度のライトな本。それくらいのスタンスのほうが,睡眠の質にもよさそうですし,意外と心のどこかに引っ掛かっていたりするんですよね。

 例えば,❶『本の雑誌』を読みます。れっきとした誌名です。書評ばかり書いてあるから『本の雑誌』。判型がいいんですよ,A5サイズ。柔らかくて,ざらっとした紙質で,片手で柔らかく持って,さくさく読み進められます。布団にあおむけになって枕元の明かりで30分の読書,ハードカバーなら握力とのチキンレースとなりますが,『本の雑誌』なら安心です。本屋巡りがおっくうになりだした昨今,Amazonのおすすめばかりクリックして,事実上AIが作り上げた本棚を見ながら,人間として反旗の一つも翻してみようかなと思ったぼくは,幾人もの読書人たちがあるときは厚かましくあるときは謙虚にこの本はどうだいこの本もいいよと静かな圧力をかけてくる『本の雑誌』が,好きなんです。

 あるいは文庫本。玉村豊男さんとかどうですか。いいですよ,❷『料理の四面体』。ぼく,元々,分析とか分類が好きでして,そもそも病理医は分析と分類でメシを食うわけですけど,分析と分類って文学になりづらいだろうなあって思います。極めてサイエンス。でも,玉村さんが分析して分類するとアートになるんですね。いやーすごい。めっちゃ影響受けてます。元々はある編集者さんが薦めてくれた本で,その方はきっとぼくに『病理の四面体』っていう本を書いて欲しかったんだと思うんですけど(だじゃれだ),玉村さんの文才を見ちゃうと,とてもじゃないけどオマージュなんて書けないなあと,ま,読んで楽しむだけにしております。

 そうそう,スマホで電子書籍,という選択肢もあります。スマホが顔の上に落ちてくることもありますが,文庫本と同じくらいのダメージですから平気です。ページをまたぐ表現がないマンガはKindle向きですよ。例えば,❸『夜廻り猫』。集会猫の話が好きですね。ぼくが患者なら,「前の晩に『夜廻り猫』を読んだ医者」に診てもらったら,たぶん信頼するだろうなあと思います。

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