医学界新聞

連載

2017.03.27



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第15夜(最終回) 複雑な病態(循環)

志水太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院7階の混合病棟。時刻は22時――。2年目ナースのおだん子ちゃんは今日も夜勤です。食事の下膳が終わったころに救急入院があったりと,今夜はバタバタしていました。ようやくひと段落ついたので,気になっていた患者さんの部屋に寄ってみます。副田さん(仮名)71歳男性。今日の日中に,心不全の治療のために入院した方です。1週間ほど前から熱があり,ぐったりして入院したという引き継ぎ報告を受けています。夜勤開始時にあいさつに行ったきり,訪室できていませんでした。


(おだん子) 「(トントン)失礼します。副田さん……あれ?」

 16時ごろには意識状態に問題はありませんでしたが,今見るとしんどそうにぼーっとしています。パッと見て気になったのは,呼吸数が上がっていることです。6時間前の記録と比べると,24回/分→30回/分。持っていた酸素飽和度測定計で測ると,SpO2も低下しています(93%→90%)。サッと測った脈拍も120拍/分を優に超えていました(100拍/分→130拍/分)。

(おだん子) 「状態が悪くなってる!」

 呼吸が苦しそうなので,前回(第14夜/第3213号)のように痰が詰まっているのではないかと胸壁に手を当ててみましたが,痰による振動は感じられません。しかし聴診をすると,両側の肺で,吸気では水っぽいブツブツという音,呼気ではヒューという高めの音がします。

 速い呼吸と肺の雑音で,心音ははっきり聞こえません。ベッドの頭部を45度挙上して寝ている患者さんの首を見ると,左の頸静脈が6時間前よりもはっきり怒張しています。

(おだん子) 「原因は何? 治療が足りない? 心電図,利尿薬,陽圧換気……」

 エリザベス先輩と一緒に急性心不全の患者さんに対応した第6夜(第3180号)のことがフラッシュバックします。急変基本のBへの対応として第8夜(第3188号)を思い出し,とりあえず酸素投与量を増やそうとしたとき……。

(エリザベス) 「ちょっとあなた」
(おだん子) 「うわっエリザベス先輩!」 
(エリザベス) 「どうなさって?」
(おだん子) 「えっと,副田さんの心不全が悪くなっているみたいなんです」
(エリザベス) 「なんですって?」

 先輩は患者さんの手を取り,ダブルハンド法などもサッと使いながらバイタルをその場で確認しています。

(エリザベス) 「脈圧が随分高くなっているわね」
(おだん子) 「へっ?」
(エリザベス)「6時間前の記録では,脈が100拍/分で血圧が130/80 mmHgなのに,今は脈が130拍/分で血圧が120/40 mmHgしかないわ」
(おだん子) 「たしかに,収縮期と拡張期の血圧の差(脈圧)が80 mmHgもある!」

急変ポイント⓯
「バイタルはトレンド(前後の変化)を見る」

 バイタルサインはそのときの値も重要ですが,心電図やX線写真などと同じく,以前との比較が重要です。

 無意識かもしれませんが,おだん子ちゃんも6時間前のバイタルと現在のバイタルを比較しています。パッと見ただけでもわかる顔色や雰囲気の変化も大事ですが,急に状態が悪くなっているときには,具体的にどう悪くなっているのかを鋭敏に示す具体的なサインの把握も重要です。そしてそれは,バイタルサインの変化にも表れます。

 脈圧は普通40 mmHg程度です。しかし,大動脈弁の器質的な問題や,貧血・脱水・発熱などの機能的な問題によって上昇することがあります。脈拍の上昇も合わせると,上記のような理由による循環動態の変化が考えられます。さらに,脈拍や血圧は運動などにより急速に変化することもありますが,脈圧は通常であれば急激に変化することはありません。6時間前と比べてこれだけの変化があるということは,脈圧が上がる何らかの器質的または機能的な変化がある状態と言えます。

(エリザベス) 「熱もありますわね。あなた,この所見をご覧になって?」

 エリザベス先輩がライトで照らした患者さんの爪には,ポツポツと赤黒色の点があります。

エリザベス先輩のキラキラフィジカル⓯
「真実は末梢に宿る」

熱の原因が不明の患者さんでは,次の4つをチェック!
①爪の点状出血
②手足先の出血斑(有痛・無痛)
③眼瞼の点状出血
④口腔内粘膜点状出血

 これらの所見は全て,末梢塞栓のサインです。代表的なものでは,細菌性心内膜炎が生じた際に,菌と免疫複合体によって血管が詰まったことで血管壁が炎症を起こし,微細な出血を招いた場合にこのような所見が見られます。細かい血管が塞栓するので,爪,手指の先,足の先,眼瞼,口腔内などの末梢で所見を観察できます。いずれも目が届きにくい場所ですが,日ごろから気を配って観察する習慣を身につけておくと,自然にできるようになります。ぜひ習慣づけてみてくださいね。

(エリザベス) 「これは急ぎですわね。心内膜炎による弁破壊があって,急性心不全になっているのかもしれませんわ」

 駆け付けたドクターがエコーを当てると,先輩の言う通り,大動脈弁にひどい逆流と,その中にひらひらと付着した疣贅(ゆうぜい)が見られました。弁破壊を伴う急性の心内膜炎として,心臓血管外科のある病院にすぐに搬送となりました。

 転送が終わり,一息ついた……とそのとき! 6階病棟から,心肺停止への応援依頼のコールです!

(エリザベス) 「行きますわよ」
(おだん子) 「は,はいっ」

 珍しく髪を後ろに束ねながら走るエリザベス先輩を横目に見たとき,おだん子ちゃんは先輩の首元の小さな傷に気付きました。

(おだん子) 「え,あの傷……」

 急変対応がひと段落つき,二人は7階病棟に戻ってきました。

(おだん子) 「さっきはありがとうございました……」
(エリザベス) 「あら,どうしたの。神妙な顔つきで」
(おだん子) 「先輩,あの,その首の傷って……まさか……」
(エリザベス) 「……気付きましたの?」
(おだん子) 「お姉ちゃん!」

 おだん子ちゃんが6歳のときのことです。事故に遭いそうになった彼女をかばって,姉が首に傷を負ったのでした。事故から1年後,二人は家庭の事情で生き別れになりました。15年経ち,運命のいたずらか,おだん子ちゃんはエリザベスと同じ病院に就職しました。一目見て妹だと気付いたエリザベスは,妹を心配して師長に頼んで夜勤シフトをいつも同じに組んでもらっていたのです。最初は頼りなかった妹ですが,一緒に仕事をするたびに少しずつ成長していく姿を見てエリザベスはうれしかったようです。

 おだん子ちゃんには最初戸惑いがありましたが,こうして二人は姉妹としての再会を果たし,一緒に仕事をしていく大切な仲間になりました――。

 今回は,バイタルサインの推移が,急変の緊急性だけでなく原因まで教えてくれることを示す良い例でした。

 感染性心内膜炎には,発症から24時間以内に命の危険にさらされるような非常に進行が速いものから,数週間以上かけて比較的ゆっくり進行するものまであります。菌が弁に付着し,菌の塊である疣贅をつくり,それが弁破壊を引き起こした場合には,急性心不全になり,緊急手術が必要になります。そうした急速な進行例では急ぎの対応が求められます。本症例では,大動脈弁の破壊により急性大動脈弁閉鎖不全が起こりました。それが脈圧の増大として観察されたのです。

 熱がある心不全には,2通り考えられます。1つは,何らかの熱が原因で代謝が上がり,心臓が頑張り過ぎたことで起こる(高拍出性による)心不全です。今回はもう1つの,心臓の異常そのものが原因で熱が出ている例でした。末梢に表れる塞栓症状から,心内膜炎のサインを見つけたのです。診断をつけること自体はナースの仕事ではないですが,末梢の皮膚所見に気付く観察力はとても大事です。大切な学びのポイントかもしれません。

 さて,この連載は一区切りとして今回が最終回です。今までご愛読ありがとうございました。これまでの回を復習すれば,急変フィジカルの基本は一通りできるようになると思います。頑張ってくださいね!

おだん子のメモ

3月27日
●バイタルは「変化」を見る!
●末梢にもヒントがある!
●これからもお姉ちゃんと一緒に頑張るぞ!

(了)

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