医学界新聞

連載

2016.07.04



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第4回]高齢者の血圧,目標値は?

狩野 惠彦(厚生連高岡病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 83歳男性。脳梗塞,軽度認知機能障害,不眠症,高血圧,脂質異常症,逆流性食道炎,便秘症の既往のため複数の服薬あり。高血圧に対してはカルシウム拮抗薬を服用中。かかりつけ医変更の希望があり受診。血圧129/60 mmHg,脈拍数72回/分。


ディスカッション

◎高齢者の高血圧の特徴は?
◎血圧コントロールの目標値は?
◎高血圧診療における注意点は?

 高血圧はプライマリ・ケアの診療において最もよく見られる疾患の一つであり,治療することで心筋梗塞や脳梗塞,腎不全といった合併症のリスクを減らすことができる。高血圧患者は高齢者全体の約60~80%を占めると報告されており1),進行する超高齢社会においてその治療は重要と言える。

高齢者高血圧における特徴を理解する

 高齢者の高血圧では血圧の動揺性が大きく,測定条件によっても測定値が変化しやすい2)。また聴診間隙による血圧の読み間違いや,偽性高血圧(動脈が高度に石灰化しカフで十分に圧迫できないために,実際の血管内血圧より血圧が高く測定される状態)などの可能性も十分考慮する必要がある3)

 60歳以上の高齢者では,正常血圧患者・無治療の高血圧患者どちらにおいても収縮期血圧が上昇し,拡張期血圧が低下する傾向にあることが報告されている4)。このため,高齢者では収縮期高血圧症が高血圧患者全体の60~80%を占める5)

Start Low and Go Slow開始は少量,増量は慎重に

 高齢者で降圧薬を開始する場合,「Start Low and Go Slow」の原則に基づき,少量の降圧薬から開始し,ゆっくり増量していくことが大切である。診察時には,新たな既往歴の追加や転倒などのエピソードがないかを毎回確認すると同時に,立位の血圧を評価した上で,現在の治療が適切かを判断する。80歳以上の患者において,各臓器への循環障害を来し得る血圧は不明だが,130/65 mmHgを下回る血圧は避けるべきであるという報告もある6)

 さらに,高齢患者の問題の一つにポリファーマシー(多剤処方)が挙げられる。高齢患者は平均的に6種類以上の処方薬を服薬しているとも報告されている6)。そのため,ノンアドヒアランス(適切な内服を行っていない)による高血圧や,NSAIDs服用の副作用による二次性高血圧の可能性の評価だけでなく,すでに処方されている内服薬と降圧薬との薬物相互作用などにも注意が必要である。

高齢者高血圧治療の目標値を示すデータはない

 日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2014」2)においては,原則65~74歳では140/90 mmHg未満,75歳以上では150/90 mmHg未満(忍容性があれば積極的に140/90 mmHg未満)をめざすことが推奨されている。また,ACCF/AHA(米国心臓病学会財団/米国心臓協会)が発表した高齢者の高血圧治療に関する2011年エキスパートコンセンサスでは,79歳以下の収縮期血圧の目標は可能であれば140 mmHg未満,80歳以上は収縮期血圧140~145 mmHgも許容範囲だと述べられている6)。一方,2014年に発表されたJNC 8の米国高血圧治療ガイドラインでは,60歳以上の目標値は150/90 mmHg未満との記載にとどまっている7)

 80歳以上の高齢者の高血圧治療効果を示すデータが乏しい中,治療根拠としてはよくHYVET8)が引用される。これは80歳以上の高血圧患者3845人を対象に行った二重盲検試験で,治療群において2年後の致死的脳梗塞の発症率が有意に低下した(治療群血圧143/78 mmHg vs.プ...

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