医学界新聞

連載

2016.06.06



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第3回]認知機能低下,運転は大丈夫?

玉井 杏奈(台東区立台東病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 軽度認知機能障害と診断されている83歳男性の娘が,「父親に運転をやめさせたい」と相談に来た。男性は60歳の定年時まで車で通勤しており,現在も買い物や囲碁の集まりには車を使用している。しかしながら,車線変更で衝突しそうになる,歩行者に気付かないといった出来事が相次ぎ,同乗する妻が恐怖を訴えている。


ディスカッション

◎高齢者の運転に関する危険とは?
◎認知機能低下を疑うケースでは,運転はやめさせるべき?
◎運転継続可能かの判断基準は?

 近年,高齢者のかかわる交通事故がメディアでも多く取り上げられ,その危険性が認知されるようになった。高齢者の自動車運転継続に関して,医師が意見を求められる機会もますます増加していくだろう。そこで今回は,高齢者の自動車運転に関するエビデンスを整理したい。

75歳以上の死亡事故件数割合は75歳未満の約2.6倍

 免許保持者10万人当たりの死亡事故件数は,75歳未満が4.1なのに対し,75歳以上では10.5と,約2.6倍に上る1)。特に交差点や合流地点など,同時に多くの情報を処理しなければいけない場面に集中する2)。しかしながら,ハイリスクと考えられる高齢者が自主的に運転を中止するとは限らない。米国の前向き研究によると,運転中に事故を起こし救急を受診した高齢者のうち,6週間後の調査で運転をやめたと回答したのはわずか4%であったという3)

 日本では,75歳以上の運転者は3年ごとの免許更新時に認知機能検査が課されている。2015年にはさらなる事故の減少をめざして道路交通法が改正され,道路の逆走といった認知機能の低下が疑われる違反を行った運転者に対しては,臨時の認知機能検査が義務付けられた。ところが,認知機能の低下した高齢者による運転の安全性の担保や事故率の低下を評価する方法はまだ存在しないのが現状である4)

認知機能と運転能力は必ずしも相関しない

 認知機能低下のリスク因子として知られる心疾患や糖尿病の患者を対象とした縦断研究において,MMSE(Mini-Mental State Examination)の点数と将来の事故率は相関を示していない5)。運転技能との相関がより強いと考えられる検査として,視覚情報の処理速度も計測するTMT(Trail-Making Test)が挙げられるが,認知機能障害がないケースでも10人中9人の割合で運転中止すべきと判定される可能性があることから単独使用は適さないとされている6)。また,認知症患者であっても長期的・日常的に運転をしていれば,運転能力が比較的保持されるケースも認められる他,男性は女性と比較して運転能力の自己評価が高く,認知機能低下が進行するまで運転をやめない傾向にあり,社会的役割の性差も影響する可能性がある7)。このように,運転能力に影響を与える因子は視力,視野(特に有効視野),聴力,反応時間や運転操作に必要な筋力など多岐にわたる()。したがって,認知機能だけで運転継続のリスクを推測することはできない。

 高齢運転者において運転能力に影響する因子2)

 実際には健康状態の悪化以外にも,経済的な理由や生活環境の変化なども運転の中止原因となり得るし,医師の勧めや家族の介入が中止の契機となることもある8)。視覚障害を自覚した高齢者は,運転を日中に限定するなどの代償行為を行うか,中止を選ぶことが多いのに対し,認知機能が低下した高齢者ではこの傾向はあまり見られない。MMSEが23点以上の高齢者を5年間......

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