スタチン,いつやめる?(許智栄)
連載
2016.05.09
ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス
高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。
[第2回]スタチン,いつやめる?
許 智栄(アドベンチストメディカルセンター 総合診療科)
(前回よりつづく)
症例
72歳女性,最近アルツハイマー型認知症と診断された。健康診断にて血圧が155/89mmHgと高かったものの,治療歴はなし。糖尿病の既往や喫煙歴もない。血圧が高いことから,主治医は血圧治療もさることながら,心血管系疾患のリスクも考慮した。ASCVD(動脈硬化性心血管性疾患)のリスクを計算すると,10年での発症リスクは16.9%。高齢者で認知症も発症しているが,ガイドラインではスタチンが推奨されているため,スタチンを開始した。
ディスカッション◎高齢者に対して,心血管系疾患の1次予防目的でスタチンを使用するべきなのか?
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冠動脈疾患死亡の80%以上が65歳以上の高齢者であり,心血管系疾患の多くが高齢者に起こる1)ことを考えると,高齢者における心血管系疾患予防は大切なことと言える。HMG-CoA還元酵素阻害薬(以後,スタチン)はASCVDの予防に広く使われており,ACC/AHAの治療ガイドラインでも適応が拡大されている2)。
しかし,高齢者(特に後期高齢者)へのスタチンの1次予防効果は疑問視もされており3),ガイドラインに沿って高齢者にスタチンが使用されているとは言い難い。そもそもリスク計算の問題や,多疾患を併せ持つ高齢者にどのようにガイドラインを適応するか,明確な指針がないのが現状である。今回は,高齢者におけるスタチンの1次予防効果に焦点を絞り,考えてみたい。
高齢者への1次予防効果は明確には認められていない
まず,75歳以上へのスタチンの適応についてガイドラインの推奨を見てみると,日米ともに現場の判断に任されている。今回の症例のように年齢以外際立ったリスクがないように見えても,日本ではカテゴリーII(中リスク群)に分類され,ACC/AHAのガイドラインでも10年以内の発症リスクが7.5%以上となることから,1次予防のためのスタチンが適応となる2,4)。
では,本当に投与を始めるべきだろうか。そして効果はどの程度期待できるのか。結論から言えば,明確な効果を認めたエビデンスはない。なぜなら,高齢者への1次予防効果だけを検証したランダム化比較試験(RCT)はこれまでに存在しないからである3,5)。高齢者も含めた大規模なRCTとしてはAFCAPS/TexCAPS6)やPROSPER7),JUPITER8),日本でのMEGA9)などが挙げられるが,対象は2次予防やハイリスク患者であり,高齢者以外も含まれる。高齢者の1次予防効果のみを検討した研究がない以上,これまでの研究のサブグループ解析を手掛かりにせざるを得ない。筆者の知る範囲では該当する研究は3つしかない(表)。高齢者だけを対象とした研究はPROSPERのみで,この研究ではスタチンの効果は認められていない。2013年に8研究,2万4674人を対象としたメタアナリシス10)が発表されたが,高齢者以外も含まれること,NNTの算出に疑問があることから,結論が出たとは言い難い11)。そもそもACC/AHAが推奨するリスク計算は超高齢者に対応しておらず,75~150%過剰評価することが指摘されている12,13)。したがって現状では,高齢者への適応については患者やその家族と話し合い,慎重に検討することが望ましいと言える。
表 高齢者のスタチンの1次予防効果について述べた大規模RCT研究(クリックで拡大) |
また,スタチンを開始しても他の併存疾患により健康が損なわれるようなことがあれば,スタチンは不利益になるだけである。では,スタチンはどれぐらいの期間使用すれば効果を発揮するのだろうか。全死亡抑制効果には1.5~3年,心筋梗塞予防効果は2~5年と,効果が期待できるまでに約2年必要だと報告されている14)。その間に他疾患による影響が考えられる場合には,開始しないほうがよいだろう。
終末期のスタチンの中止は患者の不利益にはならない
症例のようなケースは日常診療でも多く見られ,スタチンの継続・中止の判断は臨床医を非常に悩ませる。明確なエビデンスがない以上,悩み続けることが重要である。老人ホームに入所するような状況では,スタチンの効果は期待できないと考え,使用を中止することもあるかもしれない。しかし,効果がないと本当に言い切れるだろうか。反対に,中止直後に悪化する危険性はないのだろうか。
老人ホーム入居高齢者を対象とした1年間のコホート研究15)によると,スタチン内服群は非内服群よりも全死亡率が低く(ハザード比:0.69,95%CI 0.58~0.81),利益がないとは言い切れない。ただし,入院率や機能温存には差がないことを考えると,内服による苦痛が利益を上回ったり,副作用を認めたりするようならば,中止を選択するほうが現実的である。何を目的として治療を行うか(アドバンス・ケア・プランニング)が大切になる。
中止後の症状については,余命が1年以内と見積もられた患者のうち,3か月以上スタチンを内服している患者381人を,スタチン中止群と続行群に分けて比較したRCTがある16)。結果としては60日以内の死亡率に有意差はなく,QOLと予後に関しては中止群のほうが良い結果が得られている。終末期が視野に入ってくるような状況において,スタチンの積極的な中止をサポートするエビデンスと言える。
しかし,実際に終末期にスタチンが中止されているかというと,そうとは言えない。なんらかの摂食障害を持つ重度認知症患者のスタチン中止率を検討したコホート研究で,90日間あるいは患者死亡までフォローした結果,中止されていたのは37.2%にとどまっていた17)。虚弱高齢者や多疾患併存患者では,予後やQOL等を評価した上で,患者のためになるようであれば中止を選択する姿勢も求められる。
症例その後
6年後,認知症はさらに進行し,食事摂取も減り,体重も減少している。自宅でのケアが困難となり,老人ホームに入ることとなった。心血管系疾患の予防は大切であるが,予後も限られているため,家族とも協議しスタチンは中止とした。
クリニカルパール✓ 1次予防でのスタチンの適応は,リスク計算や年齢だけでは判断できない。
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一言アドバイス●スタチンによる筋痛,筋炎,肝酵素上昇などの有害事象の多くが,量/強度依存性と考えられている。継続の利益が甚大なケースであれば,一旦中止の上,少量かつ弱いスタチンでの再開検討が理にかなっている。(玉井 杏奈/台東区立台東病院) ●研究に含まれていない超高齢者は,スタチンによる有害事象発症率も不明で,報告よりも高頻度で有害事象が発生する可能性を念頭に置きたい。ポリファーマシーによる薬物相互作用の観点から,脂溶性でCYP代謝を受けるスタチン(プラバスタチン以外の多く)は特に注意が必要である。(関口 健二/信州大病院) |
(つづく)
【参考文献】
1)Curr Atheroscler Rep. 2014[PMID:24781597]
2)Ann Intern Med. 2014[PMID:24474185]
3)J Gen Intern Med. 2014[PMID:25092007]
4)日本動脈硬化学会.動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症治療のエッセンス.2014.
5)J Am Geriatr Soc. 2014[PMID:24801130]
6)JAMA.1998[PMID: 9613910]
7)Lancet. 2002[PMID:12457784]
8)Circulation. 2010[PMID:20026779]
9)Lancet. 2006[PMID:17011942]
10)J Am Coll Cardiol. 2013[PMID:23954343]
11)J Am Coll Cardiol. 2014[PMID:24727256]
12)Lancet. 2013[PMID:24268611]
13)Ann Intern Med. 2014[PMID:24473832]
14)Drugs Aging. 2013[PMID:23749475]
15)J Am Geriatr Soc. 2002[PMID:12164995]
16)JAMA Intern Med. 2015[PMID:25798575]
17)J Am Geriatr Soc. 2014[PMID:25369872]
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